琴音様





†リクエスト内容
 曹操。
 相互依存。




 私は戦渦に巻き込まれ、その時の傷がもとで足が動かなくなった。

 母も父も、まだ上手く喋れない弟ですらも戦渦の中で失い、天涯孤独の身になった私は父の主に好意で引き取られた。
 だが、彼がしてくれたのは本当にそれだけだった。彼の身内にも父の同僚だった筈の人達にも足が動かないことを蔑まれ、足の火傷跡を醜いと女官達に陰口を叩かれる毎日で、言わば二次災害……いや、二次人災だ。

 言葉もほとんど発することも無くなり、私はいつしか話せなくなってしまった。表情も、浮かべるのが昔と比べて随分と苦手になってしまった。


「あの子、一体いつまでここにいるつもりなのかしら」

「曹嵩様も、どうしてあんな面倒な子を引き取られたのかしら。邪魔なだけじゃない」

「馬鹿ね、あの子の父親に任されていた土地は領地の中では一番肥沃なのよ。それに民にも慕われていたから、その娘をぞんざいに扱ったりしたら民が他に靡いてしまうかもしれないの。元々彼女の父親が繋いでくれていたようなもので民は曹嵩様に対して良い感情を抱いていないみたいだし。あそこ、他にも色々と有益だそうで、曹嵩様も手放したくはないのよ」

「それなら余所の屋敷に閉じ込めておけば良いじゃない。私、嫌だわ。あの子の足、気持ち悪いんだもの。世話をするこちらの身にもなって欲しいわね」

「それ、口にしない方が良いわよ。私まで罰せられてしまうじゃない」

「あら、大丈夫よ。女官長だって同じことを言っていたから。これは女官全体の総意よ」


 ……それを、私の目の前で堂々と言わないで欲しいのだけれど。
 私は声帯や足どころか耳も機能していないと誤解されているのか、彼女らは声を抑えることも無く、私の前で嘲笑を浮かべながら談笑している。

 私だって、苛立つことはある。殴りたいと思う。ただ、動けない足がそれを邪魔するだけ。

 私だってこんな居心地の悪い場所にはいたくない。
 何度自害しようとしたか分からない。でもそうすると必ず私を監視している女官に止められるのだ。自害でもして父を慕っていた兵や民が反旗を翻すことを危惧しているからだ。
 武将は薄情だが、兵士達は親身になって私を心配してくれる。といっても、足や監視のこともあってなかなかここから出られず、彼らに会うことすら難しいのだけど。

 ここの毎日は正直苦しくて重い。慣れてもやはり辛いものは辛いのだ。

 誰か、連れ出してくれれば――――なんて、そんな夢のような願いを、諦めの悪い自分はいつになったら捨て去れるのだろうか。


 死ぬまで、かしらね。



‡‡‡




「あっ」


 しまった。
 椅子から落ちてしまった私は痛みに呻きながら腕だけで何とか上体を起こした。
 私としたことが、椅子に座ったまま寝てしまった。そのまま倒れてしまうことなんて有り得そうなことなのに。

 この部屋には今私以外誰もいない。うたた寝する前には関羽さんや劉備さんとお茶をしていたのだけど、もう帰ってしまっている。
 従って、自力でどうにかしなければならなくて。

 私は何か掴む物を求めて周囲を見渡した。

 寝台に座ればなんて思うけれど、寝台までは遠く、そこに行くまでには段差がある。高くはないが、これは厄介だ。
 ……困ってしまった。


「ど、どうしましょう……」


 と一人頭を抱えたその時である。
 廊下の方が慌ただしくなって扉が乱暴に開かれた。


「○○!」

「え? あ……」


 息急き切って私に駆け寄ってきたのは私の夫だ。


「曹操様。ああ、ようございました」

「何をしているのだ! どうして椅子から、」

「非常にお恥ずかしいのですが、うたた寝をしておりまして、それで倒れてしまったのです。曹操様がお出で下さいまして、本当に助かりました。私一人ではどうすることも出来ずに……」

「怪我は? 怪我は無いのか!?」


 血相を変えて私の身体をまさぐる彼に私は苦笑して手を押さえる。


「大丈夫です。ただ少し打ち付けただけですから。痛みももう収まっております」

「そう、か……」


 そう言うと、彼は全身から力を抜いて安堵した。
 私の頭をとても優しい手つきで撫でると、そっと私の身体を仰向けにして抱き上げてくれた。そっと寝台に下ろしてくれる。


「心臓に悪いことはしないでくれ。お前に何か遭ったかと思うと私は……」

「大丈夫ですよ、曹操様。私の身体は、丈夫なのですから」


 ぎゅっと抱き寄せられて首筋に曹操の顔が埋まる。
 その背中に手を回せば、彼はそのまま体重をかけてくる。抵抗なんてしなかった。彼の望むまま寝台に横たわり、彼の髪を梳(す)く。

 その後のことをしようとしないのは、単に私に甘えたいからだろう。とても嬉しい。
 彼の妻になって数年。私はほぼ監禁に近い状態になり始めた頃に曹操様に見初められたのだ。何故私が父の主の息子と、なんて不思議に思ったけれど、窓から外を眺めていた姿を見られたんだって、後から知った。たまに欠伸をしていたように思うのだけど。

 私が曹操様のもとに嫁いでいなかったら、私の心はどうなっていたんだろう。声も表情も失われたままで……。


「どうした? ○○」

「いいえ。私は、あなたがいなければ生きてはいなかったのだろうと、昔を思い出しておりました」


 曹操様は、妻の私を大事にして下さる。
 特に彼の秘密を知ってしまった今は、依存されていると言っても良い。

 けれどそれと同じ程、私も曹操様に寄りかかって生きている。そうしなければ、足の不自由な私は生きてはいけないし、彼の側の心地よさを知ってしまった以上、どうしても手放したくないのだ。
 彼が私を捨てた時、私はきっと自害するだろう。
 それ程に他人を愛すなんて、昔の私では考えられなかった。それがとても幸せなんだってことも知らなかった。


「○○。私を見てくれ」

「はい」


 間近に迫った黒の双眸を見つめ返し、私は彼の頬をそっと包み込んだ。
 自分から曹操様に口付けると、彼は吐息を漏らす。
 確かめるように、今度は曹操様から口付けてきた。深く重なる湿ったそれに身体が歓喜に震える。


「○○。お前は私のものだ。お前の一生も、心も――――何もかも」

「はい。曹操様」

「ああ、○○……」


 甘えてくれる彼が愛おしくて、私は笑う。

 私達は互いに依存している。
 だけど決して拘束されるものではなく、互いを包み込むのだ。
 私は曹操様に寄り添って、曹操様は私に甘えてくれて。

 私にとって、とても、とても、心地よい関係なんだ。
 良かった。
 彼に見初められなかったら、一生閉じ込められたままだったに違いない。
 こうして愛しい人と過ごすことも、猫族のお友達とお茶を飲んだりすることも無かった。
 私は曹操様の優しく頭を撫でた。



●○●

 琴音様リクエストです。

 相互依存、……なってます?(・・;)
 ちょっと薄いでしょうか。
 穏やかな依存を書きたかったんですが……難しいですね。
 夢主は以外と気が強い子です。それだけは全面に押し出しておきます。


 琴音様、この度はリクエストありがとうございました。ちゃんと間に合ってますよ(^-^)

 このような作品ですが、お気に召していただけたでしょうか?
 長編や他の作品同様、楽しんでいただけましたら嬉しく思います。

 また、長編の夢主を可愛いと言っていただけるなんて、身に余る光栄です。

 企画にご参加して下さり、本当にありがとうございました。