怜奈様





†リクエスト内容
 夢主は劉備と同じ劉一族で、婚約者。張飛にべったり。
 劉備は関羽に恋心は抱いていない。
 切甘。




 猫族の呪いは、劉一族に最も強くかかっている。それは等しく彼らの成長を妨げた。
 劉備も、○○も、例外ではなかった。
 劉備は十五、○○は関羽と同じ年だというのに、二人はほぼ同じ幼さだ。無邪気に遊び、純粋なまま。
 そんな二人は一応の婚約者であった。ただ、本人達はその幼さから互いを友人としか認識しておらず、劉備は関羽に懐き、○○は張飛に懐く。とても婚約者同士とは思えない。非常に仲の良い幼なじみだ。


「アニキー!」

「お、何だよ○○。今日は偉く機嫌が良いな!」


 張飛の腰に抱きつく彼女は、張飛よりも年上だというのに、彼を兄のように慕う。
 彼もまた、劉備同様彼女のことを妹のように可愛がっていた。

 頭を撫でられ、○○は嬉しそうに笑う。


「今日ね、関羽にかみをむすんでもらったの!」

「髪……? ああ! 道理でいつもと違ぇと思った!」

「似合う? 似合う?」

「おう! いつもと雰囲気違うけど、それもそれで良いんじゃね?」


 実のところ、張飛のこの言葉は口から出た出任せである。彼はついさっきまで変化に気付かなかったし、似合うと問われても全く分からない。
 それでも○○ははにかんで飛び跳ねる。


「張飛ー! ちょっと良いか? ――――っと、○○様。張飛と一緒だったんですか」

「あ、関定!」


 張飛に手を振りながら近付いてくる少年は関定だ。
 彼は張飛に抱きつく○○に気が付くと、軽く会釈した。そして、彼女の髪型がいつもと違うのに気付いて目を軽く瞠った。


「あれ、何か髪型、違ってます?」

「姉貴に結ってもらったんだと」

「へえ〜。とっても似合ってますよ、○○様」

「へへへ、ありがとう」


 張飛に抱きついたまま、○○は関定に頭を下げた。


「で、何だよ。関定」

「ああ、そうだ。今からちょっと山に行くんだけど、張飛も手伝ってくんね?」

「良いぜ。あ、○○も行くか?」

「おいおい、○○様は駄目だろ」


 ○○様は女の子だし、劉備様の婚約者なんだからさ。
 関定が苦笑混じりに言うのに、○○はきょとんと首を傾ける。

 たまに、彼らは○○のことを劉備の『こんやくしゃ』と言う。その意味は全く分からない。
 世平や関羽に訊ねてみても、ずっと一緒にいましょうねって約束した人のことなんだって言うけれど、それは『おともだち』ではないのだろうか。
 『こんやくしゃ』って、何だろう?
 ○○は張飛から丁寧に離されて寂しく思いながら、頬を少しだけ膨らませた。



‡‡‡




 ○○は、劉備と繋がる形で呪いの影響を強く受けている。
 ただ、彼のように凶悪な衝動に駆られているのではなく、彼の中で金眼が彼を呑み込もうとする都度、彼が金眼の力を使う都度、凄絶な痛みが○○の全身に走るのだった。気が遠退く程のそれにも、兆しがあるのがせめてもの救いだろうか。


「……あ」


 関羽に手を引かれて平原を駆け抜けていた○○は、不意に関羽の手を振り払って足を止めてその場に座り込んだ。


「○○?」

「関羽、また来るよ。劉備が金眼の力を使っているみた――――」


 直後、○○は心臓を抑えてその場にうずくまる。
 心臓を打ち抜かれたような衝動と痛みの後、じわりじわりと手足に広がっていく。呻きつつ奥歯を噛み締めて痛みに耐える。今となっては何度目だろうかと、痛みに慣れ始めた頭の片隅で思う。昔はのたうち回るくらいに苦しかったそれも、今では微かな余裕が生まれる程になっている。痛みが強くならないのは非常に助かる。
 痛みが収まると、○○は長々と吐息を漏らして荒い息を繰り返した。

 その背に手を置き関羽が○○の顔を覗き込む。


「○○、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがとう。ごめんなさいね、私がこんな体質だから、我が儘に付き合ってもらってるのに迷惑をかけちゃって」

「ううん、良いの。劉備を止められるのはあなたしかいないと思うから」


 関羽は○○の身体を支えて、彼女が走れるようになるまで待つ。
 痛みのある前後、彼女の精神は偃月の日のように本来の年齢相応のそれとなる。
 そんな前兆があるから、ある程度状況に備えて行動することも出来るのだ。今はそんなこと考える必要は全く無いのだけれど。


「曹操達が兵士達の相手をしてくれているうちに、私達は早く劉備の元に行かなくてはね」

「ええ」


 関羽が頷いた途端、○○は目を伏せる。そして、次に目を開いた時には、その金の瞳はあどけなかった。


「関羽。劉備は?」

「……ええ、今から会いに行くの。もう少し、頑張れる?」

「うん。早く劉備にあいたい。それでね、張飛といっぱい遊ぶんだ」

「そうね」


 関羽は力強く頷いた。



‡‡‡




 ○○は血塗れの間に立っていた。
 そこにぽつねんと立っているのは白銀の長い髪を血に染め上げた、『婚約者』。


「劉備」


 彼女は関羽を背に庇って、彼を呼ぶ。
 この城――――劉備の領域に踏み込んだ瞬間から、彼女の幼さは消え失せていた。
 一歩劉備に近付き、手を伸ばす。


「帰ろう? 私達の居場所はここではないのよ、劉備。金眼に呑まれては駄目」

「……ははは、は」


 嫌だ。
 劉備は凶器の笑みで拒絶する。

 ○○はそれでも穏やかに問いかける。


「どうして?」

「君も、僕も。金眼の妖力に頼らなければ幼くて無力な役立たずのままなんだよ? そんな惨めな生活に戻れって?」

「それでも、あなたがそんな風になるよりは、ずっとましだわ」


 淡々と、しかしはっきりと断じる○○に劉備は苛立ちを露わにする。それを、近くの兵士に当てた。遺体を蹴りつけて転がす。


「止めて劉備!」


 関羽が止めるが、劉備は彼女を睨みつける。関羽は怯んで口を噤んだ。

 ○○は目を細めた。
 こんな劉備は、間違いだ。
 彼も劉備であることは認める。○○だって、こんな残酷な己を抱えているのだ。だが、これが彼の本来あるべき姿だとは思わない。

 彼女は劉備に近付いた。


「劉備。私はね、たとえ呪いで幼くったって良いの。無力であることは確かに辛いわ。でもね、私達にも出来ることは、探せばあると思うの」

「……」

「私ね、最近医学の勉強を始めたの。勿論、幼い私じゃ全然はかどらないけれど、偃月の日に、出来るだけ多くの本を読もうって、関羽にも手伝ってもらっているのよ。あなたから大事な関羽を奪っちゃって、申し訳ないのだけれど」

「……来るな」


 ○○は足を止めない。

 劉備は後退した。いやいやをするように緩くかぶりを振って「来るな」と繰り返す。
 それでも、彼女を止めるには至らない。


「劉備も、一緒に探そうよ。幼くても出来ること」

「来るな! 来るな! 僕はようやっと○○も猫族も守れる力を得られたんだ!! 今更無力になんか戻りたくない! やっと、やっと……この力で○○を手に入れられるのに!」

「劉備」


 ○○は不意に駆け出した。関羽が咄嗟に手を伸ばすが、間に合わなかった。
 劉備が逃げる前にその腰に抱きついた。

 劉備は目を剥いた。


「は、な……!」

「放さないよ。絶対に放さない。だって劉備が好きだもの、こんなあなたは見ていたくない」


 幼い身体のままの自分が憎らしい。
 関羽くらいの身長があれば、その胸に顔を埋めることも出来るし、自分から口付けることだって出来る。
 婚約者として。

 ずっと抱きついたままでいると、徐々に劉備から力が抜けていく。
 彼は、足を曲げ、その場に座り込んだ。○○はその際腕を弛め、背中に回した。
 劉備が○○の身体を抱き締めた。啜り泣くような声に、○○も涙腺を刺激される。


「一緒に、戦おうよ。関羽も張飛も、世平も蘇双も関定も趙雲も、皆みんな助けてくれるわ。さって私達は仲間なんだもの。大丈夫よ。ね? 劉備」


 劉備は答えない。
 ただ、ただ、激情を水に変えて流すだけだ。

 ○○は彼の頭を優しく撫でながら、何度も何度も語りかける。


「怖くない。私がいるから。私達は二人で一つだもの」




‡‡‡




「――――○○」


 優しい声で呼ばれ、○○は瞼を押し上げた。
 視界に映り込んだ白銀に口角が弛む。


「劉備」

「もう夕方だよ。お昼寝にしては、随分と寝ていたね」

「とっても、長い夢を見ていたの。走馬灯に近いかしら」


 ○○が上体を起こすと、劉備が彼女の背中を払ってくれる。

 二人揃って精神が戻ることは珍しかった。


「夢って、何?」

「私の半生。今までこうして生きてきたんだよって、自分自身に教えたかったのね」


 否定してあげないで。
 昔の無力な自分を否定しないで。
 そう、自分自身に言っている気がする。
――――大丈夫、否定しないよ。
 否定したら、劉備だって否定することになるんだもの。
 薄く笑って、橙から濃紺に変わっていく空を仰いだ。

 すると、脇に置いた手を、劉備に握られるのだ。


「劉備?」

「……ありがとう」


 ○○は笑った。
 彼が何に礼を言っているのか、彼女には訊かずとも分かった。
 手を握り直し、指を絡ませる。


「だって、私達は二人で一つだもの」


 ずっと、一緒。
 だから、婚約者。
 分からなかった単語も、今なら分かる。
 一緒にいようねって、そういう意味なんだよね。


「○○」

「ん?」

「大好きだよ」

「うん。私も大好きだよ」


 握り合う手を持ち上げて二人は額を合わせた。



○●○

 怜奈様リクエストです。

 呪いを受け入れてから恋仲になるまで、とあったのですが……すみません。受け入れた後のことを書けていません。
 言い訳をしますと、二人が同様の呪いを……と考えたらどうしても劉備暴走を書かなければという気になってしまいまして……入らなくなってしまったんです。本当にすみません。

 なのでここで入れる筈だった部分を補足として書かせていただきますと、先に好きになったのは劉備です。けども夢主は劉備が暴走してから徐々に徐々に自覚していきます。
 受け入れた後に、確実に二人の精神が戻る偃月の夜に語り合って、徐々に想いを通わせていく、といった形です。やっぱり、入らないですね……ちょっと(いやかなり)細かく設定しすぎたかな。ストーリー的には気に入っているんですが。(・・;)


 初めまして、怜奈様。
 この度は企画にご参加いただきましてまことにありがとうございました。

 私の力不足により、折角いただいた設定を生かせずに本当に申し訳ありません。こんな作品でも気に入っていただけたら幸いです。


 お持ち帰りは怜奈様のみになります。



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