詩様
†リクエスト内容
劉備。
甘。 麗(うらら)らかな春。
温暖な気候の下、風に花々は揺れ、雪解けの喜びに動物達が歌い踊る。
花の香りが鼻孔を擽(くすぐ)り、幽谷は口元を綻ばせた。
ようやっと猫族の元に戻ってきた平穏。
それまでに多くの血が流れたが、それでも幽谷にとってはかけがえの無い平和だった。
今、彼女は大木に寄りかかって座っている。
その膝には長い銀髪の、猫族の少年の頭が乗っていた。彼は健やかな寝息を立てている。
その秀麗ながらに無防備な寝顔は、幽谷に安らぎをもたらした。
と、ふと小鳥が彼女の肩に停まる。
幽谷が人差し指で頭を撫でると、心地良さそうに顔を擦り寄せてきた。愛らしくて笑声が漏れてしまう。
長閑(のどか)である。
いつまでも、このような穏やかな時が続けば良い。もう誰も、傷ついて欲しくはなかった。
「ん……」
不意に劉備が身動ぎする。
幽谷は声を漏らした。起こしてしまっただろうか。
瞼が震え、ゆっくりと押し上がる。
「……幽谷?」
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか」
「ううん。良いんだ。ごめんね、足、痺れていないかい?」
幽谷は微笑し、かぶりを振る。
劉備は起き上がると、幽谷の頬に口付けた。彼女の肩の小鳥にも手を伸ばして小さな身体を撫でてやる。小鳥は嬉しそうに鳴いた。
「夢を見ていたよ」
「夢、でございますか?」
「うん」劉備は笑いかけて立ち上がる。両手を天に突き出して背伸びした。
「ずっと、僕達は穏やかな日々を過ごしていた。それが、僕達の未来なら、良いのに」
彼はこの数年で呪いが薄まり、身体も急激に成長した。今まで呪いを抑える為に成長を妨げられた反動なのだろうと、世平は言っていた。
この姿を初めて見た時、彼は金眼の呪いに呑み込まれ、凶暴な衝動のまま決して許されないことをした。
その果てに、曹操より人の寄りつかぬ場所を与えてもらって、人間との接触を断絶せざるを得なくなった。徐州の人々とも、もう未来永劫会えないだろう。会ったとしても、彼らはどう思っているか……。
幽谷は立ち上がって劉備に寄り添うように立った。
時折、彼はとても悲しそうな顔をする。自分のしたことを思い出しているのだ。今もそうなのではないかと、不安になった。
「劉備様」
「……何? 幽谷」
「……いいえ。今日は風が強うございます。もう、村に戻りましょう」
「ああ。でも、もう少しこの景色を見ていても良いかな?」
「御意のままに」
幽谷が頭を下げると劉備は眉尻を下げた。
彼女と劉備は恋仲だ。
けれども、彼女は常に劉備に対してまるで部下のような態度をとっている。
こればかりは、どうにかならないものだろうか。
「ねえ、幽谷」
「はい、何でしょう。劉備様」
「僕はやっぱり、君の主人なのかな」
彼女は首を傾けた。
「主人、ですか? いえ、私は違うと認識しておりますが……」
「じゃあ、恋人?」
言葉を詰まらせた。さっと頬に朱が走る。
「……そうであるかと。何かご不満でも、」
「うん。ちょっと気がかりなことがあるんだ」
劉備が言うと彼女は瞠目した。
彼女が妙な勘違いをする前にと、言葉を続ける。
「言葉遣い」
「え?」
「君はずっと僕に敬語で、まるで部下みたいだ。それがとても寂しい」
関羽と二人きりの時、彼女は女らしい口調に戻る。
なのに、自分の前では戻らないのだ。
幽谷にとって関羽は絶対の主人で、親友だって分かってはいる。
けれど、それでも――――。
「駄目、かな……? 幽谷が嫌なら、構わないけれど」
「……駄目、ではありませんが……」
幽谷は視線を横に流す。
劉備は首を傾けた。
「じゃあ、どうして?」
「今更変えるとしましても、…………気恥ずかしいものがあると言いましょうか」
一応、変えようと思ったことは何度もある。されど、やはり恥ずかしくて結局はこのままを維持していたのだった。
そう視線を合わせずに語る幽谷に、劉備はほうと安堵した。彼女の中で、恋情の上に忠義があった訳ではなかったのだ。
「良かった」
「……申し訳ありません」
心から漏らすと、幽谷は気まずそうに俯いて謝罪する。
劉備は彼女の顔を両手で優しく挟み込んで持ち上げると、触れるだけの口付けをする。
「ゆっくりで良いんだ。対等な存在として、接してくれないかな」
「分かっ……りました」
惜しい。
咄嗟に敬語に戻してしまった幽谷に苦笑を漏らし、劉備はまた彼女に口付けを落とすと手を握って歩き出した。
「帰ろう」
「は……ええ」
「無理はしなくて良いんだ。君の調子でしてくれれば」
幽谷は困ったような顔をして、彼に謝罪した。
時間はとてもかかるだろう。
そう思うけれど、口調を変えてくれるのならば構わない。
幽谷はずっと自分の側にいてくれる。それを知っているから、待てる。
「幽谷」
「はい」
「僕の我が儘を聞いてくれてありがとう」
幽谷は即座に言葉を返そうと口を開き、迷うように閉じた。
それからややあって、
「我が儘だとは、思っていないわ。劉備」
躊躇いながらも、そう言ってくれた。
彼女の肩から、小鳥が飛び立つ。
強い風に乗って、舞う花弁と共に何処かへと飛び去っっていく。
劉備は大地を埋め尽くす花々のように、嬉しそうに口許を綻ばせた。
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詩様リクエストです。
突然ですが、春は良い季節です。劉備には春がよく似合う気がします。個人的な感覚ですが(^_^;)
甘くしたつもりですが、ほのぼのした風もあります。
初めまして、詩様。
詩様のお言葉に笑みが隠せません(^-^)本当にありがとうございます。
この作品、ご希望に添えられたでしょうか? お気に召していただければ嬉しく思います。
これからも、少しでも詩様に楽しんでいただけるようなお話を書いていけるよう、頑張って参ります。
企画に参加いただきまして、ありがとうございました!
お持ち帰りは詩様のみとなります。
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