桜様





†リクエスト内容
 張飛。
 猫族嫌いの人間夢主。
 甘。
 文字数の関係で詳しい設定は省略しています。




 何故だ。
 何故懐かれた!?
 ○○は頭を抱えてその場にうずくまった。

 最近、この洛陽で十三支を見かけるようになった。正直気味が悪くて仕方がない。
 だのに、だのに!


「あ、いたいた、○○!」

「げっ!!」


 来た!
 ○○は頭から手を離して即座に駆け出した。脱兎の如くその場から逃げ出す。


「あっ、おい待てって!」

「止めろこっち来んなあたしに近付くな十三支ぁ!!」


 全速力で後ろから迫る少年を引き離さんと走った。
 これはいつものこと。そう、いつものことなのだ。
 十三支がこの町に現れるようになって、○○の気は安らぐことを忘れてしまったかのようにささくれ立っていた。

 それもこれも、後ろを走る彼の所為だ。


「今日こそ手合わせしてくれってば!」

「絶っっ対に嫌!!」


 あれはそう、十三支を生まれて初めて見た昼のこと。
 迷った彼――――張飛の姿を見た瞬間嫌悪が勝って散々貶し洛陽から追い出そうとした。

 しかし張飛は血気盛んな性格で、まさに売り言葉に買い言葉。激しい喧嘩に発展してしまった。
 そして最終的に○○の手が出て……張飛を殴り飛ばしてしまったのだった。

 ○○の家は洛陽でもなかなかに名の売れた道場の一人娘だった。小さい頃から父に師事して道場一番の腕っ節であった。生半可な男には負けない自信があった。
 それが裏目に出るなど、誰が予想し得ただろうか。


『お前……人間の割につえーんだな!』


 ○○に殴り飛ばされたことで、彼の中で○○が何かにハマったんだろう。
 以来、彼は何かと○○を探しに洛陽にやってきては、こうして手合わせを強要して来るようになってしまったのだ。


「いーやー!!」

「頼むって! 手合わせしてくれー!!」

「だぁれが十三支とやるかあぁぁっ!!」


 道場の一人娘が十三支と手合わせ? というかそれ以前に接触があるとか、道場の名に深い深い傷が付くじゃないか!
 そんなの許すまじかと○○はひたすらに逃げる。

 大体、彼はやがて諦めて帰って行く。
 されどどうしたことか、張飛は今日はいつも以上にしつこく追いかけてくるのである。
 呼び止める張飛の声にも、切羽詰まったような、懇願するような響きが聞こえる。


「ちょっと張飛! 何をしてるの!」

「げっ! 姉貴!」


――――ああ、良かった。
 十三支の娘に呼び止められたようだ。
 振り返らずにまた速度を上げると、彼らの声がどんどん遠ざかる。


「早く曹操のところに行かないと!!」

「わ、分かってるって! ……最後だったのによ……」



‡‡‡




 その日から、張飛や十三支の姿はぱったりと見なくなった。
 最後に張飛に追いかけられた日の夜、曹操が董卓の暗殺に向かい、失敗したらしい。両親がその翌日に朝餉を口にしながら名残惜しそうに話していたのを覚えている。

 曹操が、董卓を……。


『早く曹操のところに行かないと!!』


 十三支の娘の声が脳裏に反響する。
 まさか、なんて一体何度思っただろう。

 《まさか》なんて思う必要は無い。
 曹操が十三支を従えていたのは、一部の民も知っている。
 予想じゃない、推測じゃない。これは確定した事実。
 十三支は曹操の董卓暗殺に荷担し、叛徒となった。そして洛陽を去った。

 この町に張飛が現れることは、もう無いのだ。


「嬉しい、ことじゃない……」


 だのに。
 だのに何故?
 何故こんなにもつまらないのだろう。
 大好きな鍛錬に集中出来ないし、町を歩いて何度も振り返ってしまう。

 気持ち悪い十三支が消えて清々した筈なのに、全然すっきりしないのである。

 道場からは聞き慣れた声が聞こえてくる。
 それすらも、つまらないと感じてしまう自分は、一体どうしてしまったのだろうか――――?



‡‡‡




 火が放たれた。
 暴虐極まる猛々しい紅蓮はあっという間に洛陽を包み、人々を追い立て、或いは呑み込んで焼き尽くす。
 凶悪な炎に苦しみもがく人々の悲鳴、建物の崩れていく轟音。かつての洛陽は絶望の朱に彩られた。
 その中を、○○も逃げ惑う。両親とはぐれた彼女は、洛陽の町を小さな女児の手を引いて走っていた。

 炎だけが驚異ではない。
 この機に乗じた董卓軍の兵士が民衆から金品を強奪しているのだ。その上で董卓へついて行くように強いている。
 兵士達から隠れながら、洛陽の町を出ようと走り回った。
 しかし行く道全て炎に阻まれる。


「お、お姉ちゃん、あたまいたいよぉ……きもちわるいよぉ……」

「ごめんね……やっぱり、何処か安全な場所を探した方が良いかも」


 炎の中では下を行け。隠れるなら地下に。父にそう教わった。
 道場の近くに祖父が作ったという地下室があった筈だ。今は物置になっているが、あそこなら煙からも兵士からも逃げられる。


「まだ走れる?」

「……うん」

「よし、こっち!」


 今まで走っていた方とは逆方向に走り、○○は自身の家に舞い戻る。道がまだ残っていて本当に良かった。
 焦げ臭い中を懸命に走り、道場の裏手にある石を積み重ねて造った小屋に入る。それから真っ暗な階段を慎重に下りて堅く閉ざされた扉をこじ開けた。


「ここに隠れましょう」

「でも、お母さん達が……」

「一旦火が収まってから洛陽を出ましょう。董卓が何処に都を移したか分かれば、お母さん達の居場所も分かる筈だわ。今は、生き残ることだけを考えて」

「……うん。分かった」


 地下室はひんやりとして埃っぽい。
 ひとまず一息ついて○○は女児を抱き締める。

 これで一晩もすればきっと火も収まる筈だ。
 安堵する反面、地下室の暗闇と静寂が恐ろしくなる。

――――こんな時、あの無駄に元気な張飛がいれば、少しは気分も違ってきたかもしれない。
 ほうと吐息を漏らした。



‡‡‡




 女児を一睡させて地下室を出ると、もう日は高く昇っていた。明るい視界に立ち眩みがした。


「……眩しい」


 明るさに慣れてから周囲を見渡せば、灰色の煙と、黒い塊ばかり。申し訳程度に元の形状を残した物もあるが、ざっと見渡しても、以前の洛陽の面影はほぼ皆無だ。
 あんなに美しかった洛陽が……なんて無惨な姿に。

 董卓の命令で火を放つ兵士に、○○は何も出来なかった。何としてでも止めていたら――――。
 ○○はぎりっと歯噛みした。


「行こっか。まだ残っている人達もいるかもしれないから、まずはその人達と会おう。それと何か食料も探さないと、ね」

「うん」


 勿論、この有様で食料も生存者も在る可能性が低いとは○○も分かっている。
 けどもそれくらいの希望が無ければ自分も女児も何もかもを諦めてしまいそうなのだ。


「誰か! 誰かいませんか!?」


 声を張り上げて周囲に呼びかける。
 されど、なかなか人は見つからない。


「いないねぇ」

「うーん。皆上手く逃げたんだね。あたし達も、早めに洛陽を出て、追いかけないといけな――――」

「春々!」


 不意に声がした。
 振り返れば一人の若い夫婦が煤だらけの顔をぐちゃぐちゃにしてこちらに走ってきていた。

 途端、女児が○○の手を離して駆け出した。そして勢い良く二人に抱きつくのだ。
 あの子の両親だったんだ。
 良かった。

 ○○は三人に頭を下げて歩き出した。

 けれど、


「お姉ちゃん!!」


 悲鳴に近い女児の声に、○○は足を止めた。
 突如耳に入ってくる軋みにえっとなって顔を上げる。

 視界に収まったのは空と、


 こちらに倒れてくる黒い物。


「な――――」


 潰される!?
 ○○の足は竦(すく)んで動かない。

 潰されたらどうなるんだろうか。
 やっぱり、死ぬ?


 直後である。


「○○!!」


 彼女の身体は何かにさらわれた。

 それは一瞬のこと。
 ○○が自身を抱き上げる人物に気が付いたのは、目まぐるしく動いた視界が収まってからであった。

 ○○は《彼》を見上げて驚愕した。


「ちょ、張飛……!?」

「あー、ビビったー……!!」


 ○○を地面に下ろすと強く抱き締められる。

 途端、○○の顔が爆発した。


「なっ!? ち、ちょっと十三支……何でここに、っていうか放せ馬鹿!」

「だってさぁ!! やっと洛陽に戻ったと思ったら火が放たれててよ……すっげー心配したんだぜ!?」

「ぎゃあぁ鼻水ついたぁ!」

「ついてねーし!! ちっと鼻すすっただけじゃん!」

「とにかく放せ! 今すぐ放せ十三支ぁ!!」


 放してもらわないと困る。非常に困る。
 だって心臓が煩いのだ。
 何で、何でこんな騒ぐんだ。

 いや有り得ない。
 十三支に抱き締められてこんな恥ずかしいとか……有り得ない有り得ない絶対有り得ない!

 これじゃ、まるで、あたしが――――。


「マジで良かった! オレ、ずっと○○に会いたかったんだ!」


 この十三支を好きみたいじゃないか!!


「んで、手合わせして――――」

「死ね十三支ぁ!!」

「ぐはっ!?」


 ○○は、そこから逃げ出した。
 真っ赤にになって熱を放つ自分の顔を押さえながら、有り得ない有り得ないと繰り返して張飛から逃げようとした。


 ……結局捕まってしまうのだけど。



‡‡‡




「あら、張飛は?」


 火を放たれた痛々しい洛陽に顔を歪めていた関羽は、ふと張飛の姿が何処にも見当たらないことに気が付いた。


「張飛なら、血相変えて真っ先に洛陽を走ってったよ」

「多分、洛陽で惚れた女の子を探しに行ったんじゃね?」

「女の子って、手合わせ手合わせって張飛が迫ってた子?」

「そうその子。ま、それ口実なんだけどな。あいつにしちゃ頭回った方」


 関定が「恋の力って奴か」と感慨深げに呟くのに、関羽はぐっと眦を下げる。


「でも、ほとんどの人達は董卓について行ったって……」

「けど、何人か残ってるみてぇだし、……何よりあいつ馬鹿だから」

「全然理由になってないわよ」

「……あ、来た」

「え? あ」


 蘇双が見やったその先に、確かに張飛の姿がある。
 その前に、彼が元の洛陽で追いかけていた少女の姿も。幸い、怪我はしていないようだ。いつか見た時程ではないけれど、元気に走り回っている。

 が――――。


「「滅茶苦茶逃げられてんじゃん」」

「ちょっと! 暢気に言ってないであの二人止めなくて良いの!?」

「いや、張飛凄く嬉しそうだし」

「何より面倒臭い」

「二人共!」


 見かねた関羽が止めに入るまで、後少し。



○●○

 桜様リクエストです。

 甘い……というかギャグになってます。
 張飛が殴られて懐いて(惚れて)、夢主は彼に少しずつ少しずつ惹かれているにもかかわらず認めないで逃げまくってます。
 最後は甘く……を目指しましたがそんなに甘くないですね(^_^;)
 夢主が素直でないので、二人がくっつくのはまだ時間がかかりそうです。

 桜様、この度は企画にご参加いただきまことにありがとうございます。
 リクエスト間に合ってます!
 作品を楽しんでいただけたら幸いです(^-^)

 本当にありがとうございました!

 お持ち帰りは、桜様のみになります。



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