瑠菜様




†リクエスト内容
 悠璃様リクの続編。
※文字数の関係で省略しています。




 ○○の周囲がまた変わった。
 劉備に強引に猫族の村に連れ戻されて、以来べったりと劉備に懐かれてしまっている。
 おまけに曹操からの呼び出しがあっても、彼が気付かないうちに村を出て行かなければならなかった。まあ、それでも帰ってきた時には拗ねられているのだが。

 しかし、猫族の村の居心地の悪さは変わらなかった。ただ、種類が違う。
 猫族の村を歩いているといやに視線を感じた。昔程刺々しくないのだけど、話しかけてくる様子も全く無いし、これもこれでかなり居たたまれない。

 周囲の異変は○○を戸惑わせるには充分だった。


「○○〜」

「……あ、劉備様」


 ぼふっと後ろから抱きついてきた劉備に、○○は思考を中断する。白い頭を撫でてやれば、彼は嬉しそうに笑う。
 本来の劉備が○○への愛情を表に出してから、この幼い劉備も○○に好意を見せてくる。
 今まで金眼の呪いで○○が傷つかないようにと敢えて遠ざけていたそうだが、急にがらりと変わってしまっても、嬉しいけれど今更どうすれば良いのか分からない。

 まだ、ここにいて良いのかすらも分からないのに。


「ここにいたのね、劉備!」


 そのまま劉備と笑い合っていると、建物の影から関羽が現れた。
 彼女は劉備に笑いかけるが、○○に気が付いて凍り付いてしまった。ぴたりと足が止まる。

 ○○は目を細めて劉備をそっと離した。


「劉備様。私は少し山へ山菜を取りに行って参りますね」

「あっ、○○……」


 関羽が彼女を呼ぶ。

 けれど、○○は早足にその場を立ち去っていく。関羽の声に振り返ることは無かった。

 劉備が、眦を下げる――――。



‡‡‡




 木漏れ日に目を細めて○○は溜息をついた。
 自分は猫族の村に戻ってきて本当に良かったのだろうか?
 これは長の意思。だけど彼以外には認められていない。劉備が良くても周囲が良くないのだ。彼らが曹操のところに居着いて戻ってきた彼女に良い気がしないのは当然である。
 やはり出て行くべきか。そうしたら、猫族達も安心して暮らせる。
 また溜息が漏れた。


「お母さん、私はどっちなんだろうね」


 天を仰げは、真っ青な空に雲は無い。

 ○○の母親は人間だ。戦禍で村を失い、単身幽州へ逃れてきた娘。猫族の村近くをまろびながら歩いていたのを父が見かねて助けたのだと言う。

 母のことを父は幼い○○に誇らしげに語った。母は父を猫族と知っても、恩人として繰り返しお礼を言っていたそうだ。
 母はとても純粋な女性だった。父に『あなたを愛してしまったの。どうしたら良いのかしら』と真剣に相談してきたくらい、天然が入ってもいた。

 そんな彼女は元々弱かった身体を戦禍に痛めつけられていたからか、○○を生むと同時に亡くなった。だから○○は母を父から聞いた話でしか知らない。
 だけどとても優しくて良い人だったとは、話していた父の顔の穏やかさを思えば容易に想像できることだった。

 生まれたばかりの○○は父に猫族の村に連れてこられた。勿論風当たりは強かった。劉一族とは言え、人間との間に生まれた混血児をどうして猫族が受け入れられようか。物心つかぬ内でも幼いなりに周囲の厭悪は察していた。
 それでも、父から母の話を聞いている内は心が安らいだ。辛いことを忘れていられた。

 その、○○の心の拠り所だった父は、関羽が猫族の村に入った数年後に病に倒れ世を去っている。
 臨終する間際、彼は最愛の娘にこう言い残した。


『お父さんも、お母さんと一緒にお空からお前を見守っているからな。○○が、猫族の奴らと仲良くなれる時まで……いや、多分、それからもずっと』


 劉備の護衛に就いたのは父の死の直後である。父の指示だった。唯一まともに相手をしてくれたのが、まだ善悪も分からぬ幼児の劉備だけだったからかもしれない。

 あの言葉があったからこそ、今までやってこれた。
 天を仰ぎながら、○○はふと笑った。


「……なんて、どっちでもないんだよね」


 人間でも猫族でもない。
 私は関羽とは違う。あの子は猫族だ。混血でも猫族の一員だ。それに強い。劉備の護衛は彼女で十分。

 ああ、やっぱり自分は不要じゃないか。
 父が劉一族だったから、劉備の叔父に当たる人だったから自分は猫族の村にいられた。それだけ。
 劉備が嫌うフリをしていなかったとしても、きっと私は猫族として認められない。劉備が好きでいてくれても、私は猫族にはなれないんだ。

 滑稽。
 笑声が、漏れた。



‡‡‡




 ○○は山を下りた。
 あのまま曹操のもとに行くことも本気で考えたが、よくよく考えてみれば長年愛用してきた自分の矛が無ければ自分は戦えない。曹操軍の矛は、どれも合わなかった。


「○○!」


 村に入るなり関羽に話しかけられた。

 ○○は足を止め、駆け寄ってくる関羽に数歩後退してしまう。


「……何?」

「あのね、○○。わたしたちから大事な話があるの」

「は、なし……」


 存外である。
 猫族が○○に大事な話があるなんて――――。

 ……ああ、そうか。
 出て行ってくれと、言われるんだ。
 じゃあ、戻ってきて丁度良かったじゃない。


「良いわ。何処に行けば良いの?」

「ありがとう。こっちよ」


 ○○が頷いた直後関羽は表情を晴れやかにした。そんなに、○○に村を出て行ってもらいたいのか。
 ○○は手を引いて歩き出す関羽に眉根を寄せた。

 関羽が向かうのは、劉備の家だ。
 ○○を追い出すことに劉備も賛同したのだろうか。
 そう思うと、胸が重たく沈む。
 そんな○○の心中など知らない関羽は扉を開けて声を張り上げた。


「皆、○○を連れてきたわ! 誰も料理に手を付けていないわよね?」

「はい?」

「大丈夫だよ。張飛は柱に縛り付けてあるから」

「チクショー! 何でオレばっかり!!」


 ……ちょっと待って欲しい。
 料理? 大事な話があるのに、料理?
 ○○は探るように後ろから関羽を見つめる。


「関羽、話が読めないのだけど」

「あ、ごめんなさい」


 そこで関羽は○○を振り返り、すっと眦を下げた。かと思えばがばりと身体を折るのだ。


「へ?」

「今までごめんなさい」

「は……、は? 何、いきなり……ごめんって何」


 ○○はつと家の中にいる猫族の者達に目を向ければ、彼らも一様に膝を折り、深々と頭を下げる。

 驚くよりも何よりもまず混乱した。何故謝られているのか、この状況が理解できなかった。
 そろりと片足を後ろにやると、関羽が彼女の手を握り直して中へ連れ込んでしまう。


「わ……!」

「わたしも皆も、あなたに謝りたいの。今まで勘違いして、あなたを傷つけていたから」


 勿論許してもらえるなんて思っていないけれど、あなたも猫族なんだって思って欲しくて。
 関羽は言いながら○○を部屋の奥に座らせる。

 ○○は信じられないとでも言わんばかりに関羽を見上げる。


「私も猫族、なんて……そんな今更、」

「ええ。……本当にごめんなさい。わたしたちが間違ってたのに、あなただけ傷ついて……何度謝っても足りるものじゃないけれど、」


 今更だ。今更そんなこと言われたって信じられる筈がない。困る。
 そう思うけれど、それとは裏腹に○○の視界は滲んでいった。胸も、じんわりと熱くなっていく。

 都合が良い。
 そんな虫の良い話があって――――。


「……っ」


 嬉しい。


 胸の中に浮かぶその感情。
 許す許さない、怒り困惑……それらを押し退けて胸を満たしていくのは歓喜だ。
 上手すぎる話なのに、嬉しさが先に立つなんて……。
 ぽろりと、○○の黒の瞳から涙が零れ落ちる。
 一度堰を切ったように溢れ出した涙は止め処なく頬を伝い、膝に落ちる。服を濡らした。

 関羽達はそれを困惑してその様を眺める。己らのしたことの罪悪感から、彼女に近付けずにいるのだ。

 ○○は暫く、泣き止まなかった。



‡‡‡




 宴を終えると、○○は宴に参加しなかった劉備を捜して家を出た。

 彼は村の中にいた。
 関羽と世平の家近くの井戸に座って月を仰いでいたから、さほど時間をかけずに見つけることが出来た。
 月光を反射し神秘的な雰囲気をまとう劉備に、○○は足を止める。

 そう言えば今日は偃月だと思い出す。
 そこで声をかけるか躊躇してしまうのは、未だに年相応の彼に困惑を感じてしまうからだ。彼は劉備とは違い、幼さの消えた恋情を真っ直ぐぶつけてくる。劉備に想いを寄せる女として嬉しくない筈はないが、優しくもあまりに直線的で、気圧されてしまう。

 逡巡していると、劉備が○○に気付いた。


「○○」


 彼はとても嬉しそうに笑った。


「宴は終わった?」

「はい。今は、ほとんどの方々が眠られて……」

「良かった」


 「おいで」と手招きされて、○○は劉備に一礼して隣に座る。距離が少しだけあるのは仕方がない。

 彼もその理由を知っているから何も言わずに微笑む。


「今日の宴はね、僕が関羽に勧めたんだ」

「劉備様が?」

「そう。皆、○○と仲直りしたがっていたけど、どうしても声をかけられないって困っていたから、宴を開いて皆で一緒に謝ろうって」


 彼は○○の手を握る。

 どくりと心臓が跳ねた。駄目、静まって。
 顔に熱が集まる。ああ、止められない。


「僕も、君に謝らなくちゃいけない」

「え?」

「こんなことになったのは僕の身勝手さの所為だ。ただ君を守りたかっただけなのに、結果的に君を深く傷つけてしまった。愛しい人に、してはいけないことをしてしまったんだ」


 手に力が籠もる。


「でもね、僕は君が欲しいんだ。何もかも気にせずに君を愛していられたらどんなに幸せだろう……そう思い続けた」

「劉備、様」

「愚かな僕でも許してくれるのなら、○○。ずっと、僕の傍にいてくれないかい?」

「え、あ」


 劉備の顔が近付いた。
 口付けられる。一瞬だけ。


「僕の妻として、一緒に生きて欲しいんだ。この村で、猫族として」

「つ、妻……って」


 ○○は更に顔を真っ赤にした。


「へ……ちょ、妻って、いや、そんな私……!」

「駄目、かな」


 妻、なんて。
 つまりは、夫婦になるってことで。
――――劉備様と。
 ちょっと待って。
 何て反応を返したら良いのか分からない……!


「○○」

「あ、わっ、わたっ、……っ」


 また顔を近付けようとした劉備に、○○は劉備の手を振り払い立ち上がった。
 それから魚のように口を開閉させると、くるりときびすを返して一目散に逃げ出してしまうのだ。
 劉備に対して恥ずかしさから逃げ出すのは、もはや癖のようなものだった。

 劉備はそれが拒絶では無いのだと知っているから、ただ苦笑混じりにその後ろ姿を眺めている。愛らしいと、彼は感じていた。



●○●

 瑠菜様リクエストです。

 夢主はすっかり逃げ癖が付きました。恥ずかしくなると良く逃げます。
 あと劉備はおせおせとあったんですが、しんみりと求婚してます。

 瑠菜様、この度は企画にご参加いただきありがとうございました。参加して良かったと思っていただけるような作品になっておりましたら、幸いです。

 瑠菜様は勿論、及び元の作品をリクエストをなされた悠璃様もお持ち帰り可能です。


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