百合子様
†リクエスト内容
張遼。
END後。
甘。
人の一生とは短いものである。
その中で何をし、何を感じたのか――――周囲に記憶されるそれは、恐らく命よりも儚く、脆い。
死した後、故人は他人の誰かの記憶の中に生きると言う。されどそれとて、一時の命である。
だからといって、人生の全てを事細かに書に著したとて、無機質なそれにその故人の生が感じられるであろうか? その書を読む見も知らぬ人物は、その故人の人生をありありと脳に刻み込めるだろうか?
このまま身体と共にこの想いが消えてしまうのは、口惜しい。
この愛は、自分が人間になれた証であり、自分が彼女と同じ人の心を持ったという証なのである。
どのような形でも良い。
永久に、生き残らす方法は無いのだろうか?‡‡‡
「張遼殿」
背後から、彼女が近付いてくる。
その気配に張遼はゆっくりと身体を反転させた。そうして、淡く微笑むのだ。
「幽谷さん」
「どうかしたの? 朝から、ずっとここにいるようだけれど」
首を傾げる恋人に、張遼は頷いてみせる。
「ええ。今朝、良いことを思い付いたので、実行していたところです」
……そうだ。
彼女にも見てもらおう。《これ》は、彼女の為に用意したも同じ物なのだし。
張遼は幽谷に歩み寄ると、その手をそっと握って《それ》の前に立たせた。
「どうぞ、幽谷さんもご覧下さい」
「? 見るとは、何を――――」
張遼の指差す物を見下ろし、幽谷は動きを止めた。
そこには岩がある。人一人座れる程の岩が。
それだけなら、極々普通の光景だ。
だが、そこには普通ならぬものがあった。
文字である。
彫刻刀か何かで深く彫られたそれは、よくよく見れば幽谷の名も彫られている。
幽谷は漠然とした予想をしながら、恐る恐ると言った体(てい)でそれを呼んだ。
『幽谷さん、私はあなたを愛しています。張遼』
「……あの、張遼殿」
「はい。何か」
「こ、これは一体、どういう、こと……なんでしょうか」
何故こんな言葉が彫られている。
ちょっと……ここだと皆の目に留まるのでは?
そうなれば、揶揄されるのは必定だ。
冷や汗を垂らしながら幽谷は張遼を見上げた。
張遼は、微笑んでいる。嬉しそうだ。
「はい。これは、証を残そうと思ったのです」
「あ、証?」
「私はありがたくもあなたから半分の命をいただき、この今を生きています。その所為で、あなたの寿命は縮んでしまった」
「それは、私が勝手にしたことだから、あなたが気にすることではないわ。自分の寿命より、あなたが消えてしまうことの方が恐ろしかったのだから、後悔も何もしていない」
幽谷の頬を張遼の手が撫でる。愛おしそうに。
彼の紫色の双眸が揺れた。
張遼は呂布に仙術で作り出された土人形。その命は呂布が在ってこそ。
呂布亡き今、本来ならば彼は消失している筈だ。
されど理を越えここに在るのは、呂布の持つ桃源鏡の力を用いてのことなのだった。
「あなたはそう仰いますが、私はあなたに何かをお返ししたい。何も無い私ですが、あなたに永久の愛を捧げることは出来るだろうと、そしてその証をどのようにして色褪せること無く、鮮明に残せるか、考えたのです」
その結果が、これと言うことか。
張遼らしい気もするがこれは恥ずかしすぎる。
幽谷は苦笑し、こめかみを押さえる。
……困った。どうしよう。
「……けれど、ただ岩に文字を彫るだけでは鮮明に残りはしないのでは?」
「石には記憶が残るのです。ですから、私が幽谷さんへの気持ちをお話ししながら彫れば、きっとこの岩にはその記憶が残ると」
「え」
言いながら?
幽谷は口角をひきつらせる。
……その場にいなくて良かったと思う。いたら恥ずかしさでその場から逃げ出していた筈だ。
張遼の精神は人より純粋であるが故、幽谷に恥ずかし気も無く率直に想いを伝えてくる。幽谷は嬉しいけれど、これには戸惑ってばかりだった。この鷹揚な張遼に、こんなに自分の調子を崩されるとは思わなかった。
「あの……張遼殿。ちょっと、それは……」
「ご迷惑でしょうか? でしたら、申し訳ございません」
「……い、いや、……いえ、良いです」
――――止めよう。
これも、彼の純粋な好意の形なのだ。恥ずかしくても、やはりとても嬉しいもの。
幽谷は困ったように微笑みながら張遼に「ありがとう」と。
「あなたの愛を、ありがたく受け取ります」
張遼は一瞬瞠目し、またすぐに笑った。
「幽谷さん……良かった」
心底嬉しそうに言う彼は、そっと幽谷を抱き締める。
幽谷は目を伏せ、張遼の胸に顔を寄せた。
「愛しています。この身体が朽ち果てても、永久に」
囁きかけるような声に、幽谷の胸がじんわりと温かくなっていく。
張遼の想いを岩は記憶しているのだろうか。
この岩に、永久に残るのだろうか?
……いや、考えるのは止そう。
現実的な思考は、捨て置く。
信じれば良い。彼の、純粋な想いを信じれば……きっと真実になると思うから。
そう思ってしまうのは、自分が張遼を愛しているが故。
対になった自分達は死ぬ時も一緒。寿命は半分なのだから。
それでもずっとこの愛が続くのなら、それはとても幸せで素敵なことではないか。
「……ええ。私も。死した後も、私の心はあなたの心の側に在るわ」
彼の背中に手を伸ばし、ほうと吐息を漏らす。
「はい。ありがとうございます」
頭を撫でられ顔を上げれば、緩慢に張遼の顔が近付いてくる。
幽谷は淡く笑んだまま、静かに目を伏せた――――。
●○●
百合子様リクエストです。
多分この後夢主はこっそり岩を動かすんじゃないでしょうか。嬉しくても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいということで。
初めまして、百合子様。
夢主を気に入っていただいて本当に嬉しいです。
戦うヒロイン良いですよね! 私も大好きです!(^-^)
百合子様のお言葉に、むしろ私が嬉しくてにやにやが止まりません。緩む頬が自分では止められないです。鷲掴んだ百合子様の胸の奥、これからもそのままでいられるよう精進して参りますね!
微力だなんてとんでもないです。百合子様の応援、大きな活力になります。
百合子様も、どうかご自愛の上、厳しい暑さをお過ごし下さいませ。
この度は企画にご参加いただき、まことにありがとうございました。
なお、お持ち帰りは百合子様のみとなります。
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