紫優様





†リクエスト内容
 張蘇双。
 夢主は武人(人間)。
 甘。




 蘇双はこめかみをひきつらせていた。
 原因は目の前にいる妙齢の女性である。
 彼女は蘇双の得物を持ってまじまじと興味深そうに眺めていた。


「ふむ……猫族の方々は本当に様々な得物を使われるのだな。貴殿らの武術も今まで見たことが無い」

「ああ、そう。気が済んだ? ならさっさと右北平に帰りなよ」

「趙雲殿にはすでにこの村に泊まることを伝えてある故」


 居座るつもりか……。
 蘇双は頭痛を覚えて眉間を押さえた。

 この○○という女、女だてらにかなりの剛力で趙雲と並ぶ猛将とされている。女だからと公孫賛や趙雲以外からは良い扱いを受けていないようだが、それを気にするような素振りを見せないし、彼女自身そんな神経をしているとは思えない。
 猫族に偏見を持っていない彼女は彼らを尊敬すべき武人集団と捉えており、趙雲より頻繁にやって来ては猫族の人間に手合わせを申し込んでくる。だがその対象になるのはほとんど蘇双だ。一番仲が良いと思われているかもしれない。
 今日は珍しく関羽に挑みあっさりと負けていたが、へこむなんて無くむしろ同性でこのような強さを持った者に会えるなんてとか言って本気で感動していた。

 この女は頭がおかしいのではないかと、蘇双は思う。
 ○○が落ち込む姿なんて見たことが無いし、全く女らしくない。いつもへらへらとしていて、武のことしか考えていないで……言っては悪いが浅学そうだ。

 張飛とすぐに仲良くなったのも、よく分かる程、彼女は裏というものが無かった。いつも有りの儘でいて、非常に打たれ強い。
 人間にしては、珍しい。


「……で、一応訊いておくけど、何処に泊まるつもりなの」

「む。そうだな……この近くに寄りかかるのに丁度良さそうな岩があってな。ただ、誰から寝具を借りようか考えてるのだが……」


 野宿するつもりだ。
 誰かの家に世話になろうと言う気は無いのだろうか。いや、それ以前に彼女の頭はそこに至らないのだろうか。
 呆れなど通り越し、嘆息しか出ない。


「誰かの家に泊まりなよ。ボクは嫌だけど」


 風邪を引かれては迷惑だ。
 そう思って彼は勧めた。

 しかし――――。


「それは駄目だ。貴殿らは猫族を蔑む人間が嫌いだろう? 人間の私が泊まれば家主やそのご家族に不快な気持ちを与えてしまうではないか。尊敬する猫族の者にそのような思いをさせてはならぬ。故に、私は外で結構。確かに今日はまた一段と冷えるようだが、これも修行の一環だと思えば何ともない」


 にへら、と彼女は笑う。

 ……○○は、本当に不可解な人間である。
 溜息を禁じ得なかった。



‡‡‡




 ○○の思考が周囲とズレているのは公孫賛軍の中でも有名な話である。
 彼女の扱いが軍功にそぐわないのも、女であることに含め、それが原因である。○○は付き合いにくいと感じる人間の方が圧倒的に多いのだ。

 公孫賛や趙雲とは上司や同僚として上手くやれている方だが、それでも何かと風当たりのキツい右北平よりも、この穏やかな猫族の村の方が、○○は落ち着けた。

 岩に寄りかかって星空を仰ぐ。その顔には穏やかな笑みがあった。


「綺麗な星ね……」


 ぼそりと呟く。そこにいつもの堅苦しさは無かった。
 こんな星空、右北平で見てはこのように美しく思えなかっただろう。

 右北平は○○には窮屈だ。
 寛恕(かんじょ)な公孫賛の治める幽州ではあるが、○○には肩身が狭い。

 階級も武に見合わないと趙雲からよく言われるし、公孫賛も時折階級を上げようとしては公孫越に阻まれる。それがとても申し訳なかった。
 この世は所詮、男尊女卑。女の役目は夫を影で支え、子を産むこと。甲冑を着込んで戦に出て男のように刃を振るうなど、以ての外だ。

 しかし、今は亡き父の代で没落した○○の家を支える為には、身体の弱い兄に代わって○○が家を助けてくれた公孫賛に戦功を捧げねばならなかったのだ。

――――今はもう兄も母も他界し○○一人なのだけれど、恩義は未だ返せていない。
 返すには、まだ沢山の時間が必要になる。

 それ以上の思考を無理矢理に終わらせて、○○はぐんと背伸びした。こんなこと、ここでは考えたくない。

 欠伸をすると不意に、背後に気配を感じて首を巡らせる。


「やっぱり。借りてない……」


 呆れたように言う彼に、○○は笑った。


「おお、蘇双殿」

「ほら、これ。風邪を引かれても気分が悪いから、かけて寝なよ」

「……これは、忝(かたじけな)い!」


 実を言うと、夜具のことは忘れていた。
 それは言わずにおいて、○○はありがたく夜具を受け取る。

 蘇双は吐息を漏らした。片手に持っていた茶を差し出す。
 もうもうと湯気立つそれに○○は目を緩く瞬かせた。


「これは?」

「少しは暖まると思って。心配しなくても毒なんて入ってないから飲みなよ。ああ、ほんの少し酒は入れてあるけど」

「毒? 貴殿らはそのようなことなさらぬ。そのような懸念を持つ理由は無いが……」

「……良いから」


 押し付けられる。
 ○○は礼を言って受け取ると、一口すする。
 蘇双が隣に座り込むのに、不思議そうに彼を見た。

 それに、蘇双は吐息混じりに答える。


「湯飲み、持って帰らないといけないんだけど」

「おお、そうだった。あいすまぬ。急ぎ飲んで――――あつっ」

「……馬鹿でしょ」


 口を押さえて俯く○○を見、蘇双は呆れた。


「ゆっくりで良いよ。ボクもまだ眠くはないし」

「だがそれでは蘇双殿が冷えてしまう。……そうだ」


 と、彼女は何かを思いついたようだ。夜具を広げて、自らの左肩から蘇双の右肩までをばさりと覆った。

 蘇双はぎょっとする。それがかかった瞬間、夜具のものではない甘い匂いが鼻孔を突いたのにも、驚いた。否が応にも身体が強ばってしまう。


「なっ」

「これで寒くはないな。我ながら名案だ」


 満足そうに頷く○○に、恥ずかしがる素振りは全くない。
 ……驚いた自分が馬鹿のようだ。
 何度目だろうか、溜息を禁じ得ない。


「む、どうかなされたか?」

「……良いよ、もう」

「左様か。では、寒いとあれば仰ってくれ。夜具で身体を包めば……」

「良いから、さっさと飲んでよ」

「……承知した」


 不思議そうに首を傾げ、○○は再び湯飲みに口を付ける。先程舌を火傷してしまったのか、今度は慎重に飲んでいる。

 その様を眺めながら、蘇双はあることに気が付いた。
 横髪に隠されている耳。そこには赤い宝石が埋め込まれた耳飾りがあった。細やかな細工などは無く質素であるが、彼女も女らしく着飾っていたようだ。それに唇にも紅が塗ってあるような気もする。少しだけ、意外だった。
 いつも武人としてこてこてな話し方をしているのに、そういうところは隠れているなんて。

 そんな風に考えていると、不意に○○が蘇双の肩に頭を寄せてきた。


「……え?」


 蘇双は瞠目した。かと思えばぼっと赤面する。


「なっ、何……っ」

「……私、ひとりぼっちなの」


 がらりと、口調が変わってしまった。
 戸惑いは一層増す。


「ちょ、何言って――――」

「父様も兄様も死んで、私は独り。でも恩義を返さないと、いけなくて」


 でもね、右北平は窮屈で。
 何処か舌が回っていないような科白に、蘇双はまさかと思う。
 いや、でも、茶に入れたのはほんの少しだ。身体が温まるように。
――――それで普通酔う?


「ちょ、○○」

「ここはすっごく居心地が良いの。猫族に生まれたかったくらい。本当よ」

「分かったから、取り敢えず――――」

「だけどね、どうしてか、蘇双殿の側だけは何処か落ち着くようで落ち着かないの。安らぐけど、たまに胸が苦しくなって、どうしようもなく痛くなって、でも心地よく感じてしまうの」


 「どうしてかしら」――――そう呟いて、ふっと○○の身体から力が抜ける。
 蘇双は恐る恐る彼女の様子を窺う。

 ……寝息が、聞こえた。


「寝た……」


 安堵に胸を撫で下ろす。

 が、ふと彼女の発言を思い出し、一人赤面するのだ。
 ああ、何でボクがこんな目に。
 片手で顔を覆い隠し、蘇双は呻く。


「ん……てんし、ん」

「……」


 ……軽く頭を叩いておいた。



○●○

 紫優様リクエストです。

 趣向を変えて恋人でないけれど甘く、を目指してみましたが、……甘いの最後だけですね(^_^;)
 武人として話し方がこてこてなのは夢主自身が無理矢理そんな風にしているからです。本当は女らしい人です。でも実際こんなに酒に弱い人っていないですよね。精々缶一杯、くらいでしょうか。

 初めまして、紫優様。
 この度はリクエストありがとうございました。
 糖分は足りましたでしょうか? サイト同様、少しでもあなたの癒しになれば幸いです。(^-^)
 紫優様こそ、体調を崩されませぬよう、ご自愛の上お過ごし下さいませ。

 本当にありがとうございました。

 紫優様のみのお持ち帰りになります。



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