悠様





†リクエスト内容
 夏侯惇。
 関羽の双子の妹。
 ※文字数の関係で詳しい設定を省略しています。




 私が髪を切ったのは関羽と間違えられない為だ。
 私達は双子で瓜二つ。だから、よく張飛に関羽と間違えられては落胆された。他の猫族も、絶対に私を関羽と間違える。けれど何故か関羽を私と間違えることは絶対に無い。
 関羽と世平おじさんだけしか、私を見分けてくれない。

 認識されない私は、本当に存在しているのだろうか?

 比べられて、間違えられて――――どんなに関羽よりも武が勝っていようと、それだけ。誰も《私》を見てはくれなかった。

 私は、《何》だろうね。




‡‡‡




「なあ、姉貴。○○の奴、どうしたんだ?」


 陣屋で洗濯物を干していた関羽は、張飛の声に振り返った。

 張飛は彼女のすぐ側に座り込んで見上げてくる。


「どうして?」

「いや、だってさ、最近あいつ曹操んとこばっか行ってるんだぜ? 劉備んとこには行ってねぇみてぇだし」

「夏侯惇と鍛錬をしているのよ。あの子、強くなるのに一生懸命だから」


 だから関羽も武では努力家の彼女には敵わないのだ。いつも身体に傷を作るから、心配ではあるけれど。

 戦では、彼女は猫族とは戦わない。離れた場所で一人戦うのが常だった。

 双子の妹は、猫族の皆を避けていた。関羽も避けられている。

 ○○が何故自分達に強い苦手意識を持っているか、関羽も世平も分かっていた。けれどもこればかりは仕方がないから何も出来ず、ただ世平と関羽が後から慰めたりしているが、それも逆効果だ。
 ○○が髪を切ったのだって、それが原因。されども間違われることに変わりは無い。彼女にとってそれがどれだけ苦痛か、よく分かっているつもりである。


「夏侯惇は、わたし達を間違えないのよ」

「は?」

「張飛は気付いていないかもしれないけど、皆絶対に○○をわたしだって間違えるの。髪を切っっても結局それは変わらなくて、わたし達を避けているのよ。元々引っ込み思案な子だからため込んじゃって」


 けれど、夏侯惇は絶対に○○を関羽と間違えない。髪の長さや身形で判断しているのかもしれないけれど、○○にとってはとても嬉しい筈だ。よしや、彼らが人間であっても。


「間違えない人がいるから、心地が良いのかもしれないわ。……わたしがそういう存在になれないのは悔しいけれど」


 自分達は双子だ。一緒に生まれ、一緒に育った。
 彼女とて避けられて寂しくない筈がないのである。



‡‡‡




 曹操の屋敷にて鍛錬を終えても、○○は真っ直ぐに帰らない。陣屋近くの林で更に鍛錬をするのだ。
 それは誰も知らない。関羽ですら。

 だが、運悪く道程で関定とかち会ってしまった。


「あれ? 関羽……じゃ、ねぇな。○○か。今日も夏侯惇のとこ行ってたのか?」


 こくり、と頷く。
 関定は「そっか」と返し、何かを思い出したように視線を上げた。


「そう言えば、オレの服畳んでくれたの○○だよな」

「ええ」

「畳み方が結構雑だったからさ、すぐに分かったよ。双子でもやっぱり関羽とは違うんだなぁ」

「……」


――――自分は関羽より劣っている。関羽一人だけで良い。
 そう言われたような気がした。


「……私、出来損ないだから」


 やっとのことそう返して、○○は関定の脇を通り過ぎた。

 別に、関羽に武以外で勝る筈がないことは、自分がよく分かっている。諦めてもいる。
 だけど存在までは否定して欲しくない。ただそれだけ。

 内気な彼女は、何でも悪い方向に考えるきらいがあった。
 関定がそんなつもりで言った訳がないとは、考えるべくもなく分かる筈である。

 いつもの場所に着くと、○○はそっと右手の手首に巻かれた包帯を解いた。
 そこには幾つもの裂傷があった。沢山の傷跡の上に赤い線が幾つも走っている。
 ○○はそこに、そっと匕首を押し当てた。この匕首は、護身用に関羽とお揃いで持ったものだ。
 すっと横に引けば、新たな線が生まれる。つ、と血が伝った。

 それに、深く深く安堵する。

――――きっかけは鍛錬中の怪我だった。
 誤って手首を切った時、流れた血を見て思ったのだ。
 嗚呼、私は生きているのだと。
 以来毎日のように手首を切るようになった。跡が残ってしまったからと包帯を巻いておけば、不審には思われない。

 ○○は傷口を撫でる。
 血が薄く広がり素肌を汚した。

 私は、存在している。
 大丈夫。大丈夫。
 だってまだ夏侯惇さんが私を見てくれるから。関羽と間違えないでいてくれるから。
 たとい、私の武にしか興味が無いとしても、それで構わない。


 ○○は薄く、笑った。



‡‡‡




 今の世は激しく、性急である。
 ○○の周囲は息つく暇も無く目まぐるしく変わった。

 まず、猫族は曹操の治める兌州に新しい猫族の村が出来た。
 今では曹操軍に猫族を蔑む者もほとんど無い。

 次に、武を見込まれて○○は将として曹操軍に入れられた。猫族の村に帰ることはほとんど無い。ただ、世平や関羽が差し入れを持ってきてくれる程度。猫族の者達とは離れた生活に、○○も比較的気楽だった。
 されど手首の傷は減ることが無く。


「○○」

「あ、夏侯惇さん、夏侯淵さん」


 鍛錬場の隅にいた○○は刃にそりのある刀呉鉤(ごこう)を手に、二人のもとへ駆ける。
 二人は何故かむっすりと唇を引き結んで、○○を見つめていた。


「何ですか?」

「右手を見せろ」

「え」


 ○○は目を瞠った。咄嗟に右手を隠し、後退する。


「えと……どうして?」

「良いから!」


 夏侯淵が無理矢理右手を掴み。袖をめくる。真っ白な包帯が現れた。
 ○○は慌てて下ろそうとするが、その前に夏侯惇が包帯を解き始めてしまった。抵抗しようにも傷が痛んで上手くいかない。いつもなら平気な筈なのに……。

 するすると包帯が解かれて、肌が露わになる。それに合わせて○○の顔は青ざめていった。


「か、夏侯惇さん!!」


 呼んでも彼は止まらない。
 やがて――――全てが晒されてしまった。


「あ……」

「やっぱり、兄者」

「……」


 ○○は俯いた。
 二人の痛々しい視線が彼女に突き刺さる。


「これは、どういうことだ」

「……」

「答えろ○○。……自分でやったのか?」


 ○○は答えない。
 だが、沈黙の後やおら頷いた。

 夏侯淵が手を離すと、彼女はばっと逃げ出した。鍛錬場を飛び出して廊下を走る。

 角で誰かとぶつかった。


「あっ、○○! どうしたの、そんなに慌てて……」


 差し入れを持ってきたのだろう関羽だ。○○とぶつかった衝撃で尻餅を付いてしまったが、差し入れの入った包みだけは何とか守りきった。


「か、関羽……」

「あら? その腕……?」


 手首の傷に気が付いて関羽は眉根を寄せる。

 はっと隠しても遅い。
 手を掴まれてまじまじと見られてしまった。


「何、これ……! ○○、あなたこれどうしたのっ?」

「自分でやったそうだが、双子のお前が今まで気付かなかったのか?」

「夏侯惇! 自分でってどういうこと!?」


 後ろから追いついた夏侯惇が○○を立たせ、右手を掴む。再び凝視した。


「兵士が昨日自分で切りつけているところを目撃している。この傷跡の数を見ても、つい最近始めたものじゃない。何故、お前達猫族は気付かなかった?」


 責めるような響きだ。
 ……違う。
 関羽の所為じゃない。
 私が勝手にやっただけ。
 関羽は何も悪くない。

 皆から愛される関羽が悪い筈がない。


「ち、がうんです。私が、勝手にしたことですから……どうか、気にしないで下さい」


 絞り出した声でそう言うと、夏侯惇は舌打ちした。


「俺はお前のそう言うところが嫌いだ」


 そう言って肩を掴み自らに向き直させると、大きな声で怒鳴りつけた。


「何故主張をしない! 何が嫌で何が辛いのか、声に出してはっきり言えば良いだろう! 何故そんな簡単なことが出来ない!?」

「あ……」

「お前が関羽と違うのなら、それをはっきり主張すれば良いだろう。こんなことをやる前に、出来ることをやれ!」

「――――」


 ぽたり。
 ○○の双眸から涙が零れる。
 主張しても無駄なのだ。そう思い込んできた。誰も、誰も、そんなことを言ってくれなかったから、そうなのだと。
 良いのだろうか?
 自分は存在を主張しても良いのだろうか?
 ○○の心は揺らぐ。今まで暮らしてきた世界が簡単に壊されてしまいそうで、怖かった。

 夏侯惇はまた舌打ちして、○○を抱き寄せた。
 途端に啜り泣き始める彼女の背中を撫でつつ、関羽を睨む。

 関羽はとても辛そうな顔をしていた。泣きそうな顔だ。


「○○、わたし……、ごめんなさ、」


 そっと手を伸ばすと、ふと夏侯淵が横からその手を掴んだ。


「ここは兄者に任せておこう。お前は、猫族の村に戻れ。このことを話してやれ」


 関羽は瞳を揺らした。だが、○○の背中を見やると、夏侯淵に頷きかけて、くるりときびすを返す。

 夏侯淵は大急ぎで村へと急ぐ彼女を見、未だ泣きじゃくる○○を見やった。
 そして、感慨深く思うのだ。長かったなぁと。

 ○○が色々と我慢しているのは随分と前から分かっていた。暗示をかけてまで己を殺す理由は双子の姉だとも何とはなしに察していた。
 猫族の村では皆関羽関羽と、○○を放っておく傾向にある。されどそれは、引っ込み思案な○○よりも、関羽の方が付き合いやすいだけなのだ。
 それが○○に要らぬ思い込みをさせてしまった。早く気付いてやれば、手首もあのようにはならなかったかもしれない。

 だがそれもこれで消える。猫族は基本的に穏やかな種族だ。このことに気付けば、ちゃんと彼女を見る筈。

 兵士が目撃しなければと思うとぞっとする。

 夏侯淵は首筋を撫でると二人に背を向けた。
 このまま二人きりにしておけば、彼らはそういう関係になるだろう。
 この機に乗じてという訳では決してないが、二人が結ばれればそれは互いに良いことだと彼は思う。夏侯惇はずっと○○のことを案じていたし、○○だって彼女自身を見ていた夏侯惇に依存していた節があるから。

 夏侯淵はなるべく静かにその場を離れた。二人が彼の望む結末に行くことを願いながら――――。


●○●

 悠様リクエストです。

 関羽とは正反対に大人しい子になりました。そしてかなりのネガティブ思考です。
 でも頑張り屋なところは、本人達は自覚していなくても似ているのではないかと。

 文字数が半端無いばかりか過程を飛ばし、折角の設定や要望を全て出せなくて本当に申し訳ないです……。書き直しなどはいつでもお申し付け下さい。

 悠様、お気遣いのお言葉、痛み入ります。
 この度は企画参加ありがとうございます。悠様のリクエストが来た時、とても嬉しかったです(^-^)

 本当に本当にありがとうございました。

 お持ち帰りは悠様のみとなります。



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