壱
※一人称『僕』&人外夢主
『……鳥あり。その状は鷄(にわとり)のごとくにして白き首・鼠の足、虎の爪なり。その名をキ雀という。また人を食う。』
‡‡‡
ただ興味を持っただけだ。
生まれてまだ百五十年、子孫を残せる身体にまで成熟してはいるものの、一族の中では僕はまだまだ子供だ。
けど、真実邪悪なる誇り高きキ雀に生まれた僕は、大昔に様々な大妖と一緒に世界を狂乱の渦に巻き込んだ金眼の子孫が物凄く気になった。
なので、十三支に会おうと一族の里をこっそり抜け出した。……抜け出したと言っても、親父には見送られていたんだけど。
人間に化けて話を聞いて回ると、どうも、今十三支は人間の曹操という男の庇護下にいるらしい。兌州ということだったから、僕はすぐに向かった。
人間は、翼も無いし体力も無いから長旅するのはすっごく大変そうだ。
途中美味しそうな女がいたから食べて見たけど、足はちょっと固かった。筋肉が付きすぎるとあんまり美味しくないんだよね。個人……個妖? の好みによるんだけど。
途中腹拵えをしながら兌州の、許昌と言うところに着いた。
……で、今は、曹操という人間がいる城に入ったところだ。
人間の住む場所にしては澱んでる城の中は、滅茶苦茶広い。
「そう言えば、偉ければ偉い程人間は澱んで周りに影響を及ぼす……って親父が言ってたような……ぶっ」
口から骨を吐き捨て僕は部屋の外を見やる。
さっきから聞こえるこの声は怨嗟の叫びらしい。
ここ、結構住み心地が良さそうだ。
この城の女はとっても美味いし。沢山いるし。
「……よし、腹も膨れたし、曹操を探さないと!」
血だらけの服と骨は……放置しても良いよね。
御馳走様でした、と頭を下げて、僕は誰かの部屋を後にする。勿論見つかったら面倒だから隠れて移動だ。
曹操は何処だろなー……っと――――。
‡‡‡
……なんてことだ、曹操が荊州に行っちゃってたなんて!
しかも十三支も荊州に逃げたんだって。間が悪すぎる。
折角良い餌場だったのに、あの城……。
後ろ髪を引かれながら曹操を追いかけた僕だったけど、その先襄陽でも曹操は見つからない。
今度は何処だよ! って……腹立ち紛れに若い兵士を食ったけど物凄く不味かった。やっぱり僕は鍛えた人間の肉は好きじゃないなぁ。
城の中で聞いた話じゃ、今十三支は江陵にいるそうだ。
何かもう、本当なのか分かんないんだけど……行ってみるしか無いよね。
白けた気持ちで、今度は江陵城。
だけど――――。
「あ……!」
城らしき大きな建物からちらついた人影。
それに、僕は大いに歓喜した。
猫の耳がある。
間違い無い。
十三支!!
僕はそれまでより翼を大きく羽ばたかせ速度を上げた。
十三支はこちらに気付いたみたいだ。僕を指差し、何かを叫んでいる。うち何人かが建物の中に駆け込んでいった。
城門の上空を通過して市街に降り立つと、至る所に十三支の姿が。
僕は初めて見る十三支に感動を覚えて叫ばずにはいられなかった。
「すっげー!! 十三支が一杯いる!! 初めて見たーっ! やっと見れたー!」
十三支達は僕の出で立ちに一様に驚いていた。中には人間もいるみたい。これには首を傾げずにはいられない。
「あっれ……人間って、十三支を嫌ってるんじゃなかったっけ?」
「……お前は誰だ」
十三支達の中から現れたのは二人の人間。大きな剣を構えて僕を敵視する右側の男は、僕を誰何(すいか)する。
「僕? 僕は◯◯だよ。でも人間の中では、先に名乗るのが礼儀だって親父から聞いたよ。違うの?」
「……そうだったな。俺は趙雲だ。◯◯、お前はここに何しに来たんだ」
「十三支を見に来たの! ずっと探してたんだよ、三百年前世の中を荒らして回った金眼の子孫!! 僕が生まれたの百五十年前でさ、金眼を知らないの。だから同じ妖怪として、子孫だけでも見てみたかったんだ! ねえ、周りにいるの十三支だよね! 親父から聞いてた格好と同じだもん!」
駄目だ。やっぱり嬉しすぎて興奮が抑えられない。
僕の言葉に、何故か趙雲という人間の男は面食らったような顔をした。
「ただ、彼らを見たかっただけで……ここに来たのか?」
「うん!!」
「……そうか」
「いやいやいや趙雲! それよりも『同じ妖怪として』ってとこに反応しろよ!!」
物影からくすんだ銀髪の十三支の少年が出てきて趙雲にツッコむ。僕は彼に駆け寄って耳をぎゅっと掴んだ。悲鳴が上がる。
「きぃやああぁぁぁ!!」
「すっげー本物! 本物の猫耳! 中途半端な変化みたい!! これで妖怪の子孫とか!」
「趙雲助けてー!!」
「……害意は、無いように見えるが」
「これの何処が!? オレ自称妖怪に襲われてるんだけど!!」
怯える十三支の少年は、僕を引き剥がそうとする。
趙雲は僕の背中に手を置くと、やんわりと少年から剥がした。
「悪いが、良ければ少し、◯◯のことを教えてくれないか」
「ん? 良いよー」
「……関定。彼女は非常に素直な性格のようだぞ」
僕を解放して関定と言う十三支の少年を諭した趙雲に、関定は青ざめて頭を抱えた。
「何で趙雲平気なの!? 天然でも猛者でも限度あると思う!!」
「だが金眼がいた以上、他に妖怪がいてもおかしくはないだろう」
「どんだけ柔軟なんだよ……」
がっくりとうなだれ、彼は僕を警戒するように見る。
「……君は不味そうだから食べないよ?」
「趙雲んん!!」
「まあまあ。賈栩、妖怪の知識はあるか?」
「そう言われてもね。……ああ、確かこの城には山海経(せんがいきょう)があった。あとで、読んでは見るよ」
へえ、あっちの人間は賈栩って言うんだ。
僕を興味深そうに見てはいるけど、物凄く淡泊な顔をしている。人間っぽくないね、何か。
「◯◯。お前は妖怪と言ったな。どういう妖怪なんだ?」
「キ雀! 誇り高い種族だよ!」
「キ雀、か……良ければ資料と照らし合わせてみたい。ついてきてくれないか」
「うん」
この人と一緒に行けば他の十三支とも会えるかもしれない。
お腹も空いてないし、と僕は頷いた。
趙雲という人は、僕に対して怯える様子が全く無い。警戒もさっきに比べたら随分希薄だ。十三支と一緒にいるからかな。
歩き出した趙雲と賈栩の前に回り込み、後ろに歩きながら二人に問いかけてみた。
「ねえ、十三支って人間から嫌われてるんでしょ? 何で趙雲と賈栩は十三支に混ざってるの? ……あ、あっちにも人間がいる。沢山いるけど……全部不味そー」
遠巻きにこちらを見てくる彼らを見、僕は唇を歪める。ここには美味い人間はいないみたい。
十三支は……同じ妖怪だから変な影響受けちゃうかもしれないから論外だしなぁ。
「人間すなわち食料……か」
「違うよ。僕はああいう筋肉の堅い人間は嫌いだもん」
「……なるほど」
「全然分かったって顔してないよね、賈栩」
「生憎と妖怪の感覚は分からないのでね」
「僕も人間の感覚は分かんないや」
「それはそうだろうさ。ところで、そのまま進んでいると視覚的に翼が邪魔になる。隣に並んでくれないかい?」
「翼は隠せるよ」
翼を身体のうちに隠してみせると、賈栩は「凄いものだ」と単調に賞賛した。あんまり嬉しくないよ。
むっとしつつ趙雲の隣に並ぶ。
趙雲が向かった城には、沢山の十三支がいた。その奥へと進んで至った部屋はどうやら書庫のようだ。
賈栩に目配せすると、彼は関羽と張飛という人物にこのことを知らせてくると足早に出て行ってしまった。
僕は黙って書庫の奥へと入っていく賈栩の後ろについて書庫の中を見渡した。
「ここ埃っぽい。ここでご飯食べたら不味そう」
「それはすまないね――――と、どれから読むべきか……」
「あ、長(おさ)じいが言ってたよ。僕らはこれに載ってるんだって!」
山海経のうちの一冊を持って賈栩に差し出す。東山経である。人間の文字は読める。長じいが教えてくれたんだ。
賈栩は淡泊な礼を返してそれを開いた。
暫し読み進め――――見つける。
「北号山に棲む怪鳥……姿はあまり素敵とは言えないか」
「うん。僕もあんまり好きじゃないからほとんど本当の姿にはならないよ。僕、一番不細工なんだ」
「……はあ」
東山経を覗き込むと、賈栩はすぐに閉じて書庫に戻した。
「さて……◯◯。ひとまず欲求は満たされただろうから、このまま帰るんだろう」
「もう少し観察したら人間食べてから帰る」
「だがここの人間は皆不味そう、と言っていたと記憶しているけれど?」
「うん。この辺村とか無い? そっから子供か女一人くらい食べちゃっても良いでしょ?」
「猫族が何て言うか……」
「いやいや駄目に決まってるだろ!!」
書庫に飛び込んできたのは十三支の少年。関定じゃない。茶髪だ。
賈栩が小さく張飛、と呟いた。
「江陵の人達を食べたら駄目だかんな!! 何かの妖怪らしいけど!!」
「良いじゃん一人くらい」
「駄目なものは駄目!!」
「じゃあ血だけは?」
「それもぜってー駄目!!」
「やだ、普通の味でも良いから人間食べたい!! 最後に食ったのくっっそ不味い爺だったんだよ!」
「知るかっ!!」
張飛とぎゃーぎゃー喚き合うと、遅れて書庫に入ってきた趙雲が僕らを宥める。
何か変な奴らだ。僕に全然驚かない。怯えたのだって関定だけ。
とにかく駄目だと怒鳴ってくる張飛に、僕は苛立って趙雲の咽に噛みついた。血を吸い上げると張飛から悲鳴が上がる。
「趙雲に吸い付くなー!!」
「……おえぇっ、まっっず!! 飲めたもんじゃない……!」
ぺっぺっと吸った血を吐き出す。
「おま……っ吸っといてそれ……!」
「不味いか……そうか……」
「もう少し慌てた方が自然だろうに」
「いや、驚いたんだが……こうも強く不味いと断言されると複雑な気分だ」
「あんたの頭の中も分からない。どうして平然と相対しているのか……」
「それ賈栩に一番言われたくねえよ」
唇を歪めて渋面を作っていると、ふと賈栩の首が目に入った。
……趙雲よりは、不味くないかなあ。
趙雲の血の味を掻き消したくて、僕は賈栩の胸座を掴んで首に噛みついた。
張飛が怒鳴ったけれど、これは僕悪くない。クソ不味い趙雲が悪い。
ちゅうっと吸い上げて僕は目を瞠る。
どろりと口内に入ってくる血の味に思わず肉を少しだけ噛み千切った。
「賈栩!!」
「……肉を噛み千切るのならそう言っておいてくれないか」
「……まい」
「は?」
「め……っちゃ美味い!!」
「「「……」」」
賈栩を食べようと手を伸ばすと、張飛と趙雲に背後から拘束された。
「おい何で趙雲が不味くて賈栩が美味いの!? 妖怪の基準て何!?」
「……日頃の行いかもしれないね。妖怪には美味く感じられるんだろう」
「……なるほど」
「納得したけどだからって食わせちゃ駄目だろ!」
賈栩は肩をすくめた。
僕は遮二無二暴れ、賈栩に手を伸ばした。あんなに美味しいの、絶対今だけだ。今食べなきゃ次は無い。
「駄目なら指一本で良いよ!」
「利き手でなければどうぞ」
「駄目だっつの!! 姉貴! 早く来て姉貴ーっ!!」
「たーべーたーいーっ!!」
それから暫く後、拘束されて監視されることとなる。
……賈栩が食べたいだけなのに。
●○●
思い付いた当初はここまで奇妙な展開じゃなかったんですが、途中から夢主が暴走し始めました。
後半はノリで書いてるので収拾がつかなくなって強制終了してます。楽しかったですけど。
張飛エンドのちょっと後。でもうろ覚え。そして賈栩のキャラも迷子。
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