捌―2
もう少し私達でしっかり話し合うべきだと主張したけれど、曹操のことがあってか取り合ってくれない。
姉様も孫権様も尚香様も、私達の身の安全の為にはと周瑜様に協力的だ。ただし、定期的な手紙のやり取りを条件に、だけれど。
周瑜様が私達に付いてくることにまだ納得出来ていない私を知ってか知らずか――――多分、知ってて無視しているんだろう――――周瑜様は出立の日取りも勝手に決めてしまった。
――――そして今、私達は人通りの少ない山道を下っている。
「そんな顔するなって」
心杏の手を引いて前を歩く周瑜様の背を、恨みを込めて睨んでいると、周瑜様が苦笑混じりに振り返る。
「オレが同行するのに納得してないアンタがまだごたごた言うのが分かってたからって、勝手に進めたのは悪かったと思ってるよ」
……やっぱり知ってた。
眉根を更に寄せると、彼は肩をすくめる。
「アンタが納得してないのは、成り行きで夫になっただけのオレが責任感だけでついてきていることだろう? アンタはそれを申し訳ないと思ってる」
小さく頷く。
そう。もし私と周瑜様がお互いが大好きで、一生添い遂げると誓い合っていた仲なら、私だって彼の選択は喜んで受け入れただろう。
だけど現実はそうじゃない。
心杏を放っておけない私に、夫婦だけどただの同居人程度の中でしかない周瑜様を付き合わせてしまっているのだ。
私の中のつっかえの正体は、恐らく罪悪感。
周瑜様が一緒に暮らすなら、きっと私はずっと引きずっていくだろう。
そんな私に、周瑜様は何かを思い付いたらしい。
名案とばかりに得意気な顔で「なら」
「本当に夫婦になるか?」
「え?」
「孫策と大喬のような夫婦に」
周瑜様が心杏の頭を撫でる。
軽い口調だったけれど、冗談という訳ではないみたい。
真面目に言っているようなので、私も一応、足を止めて考えてみる。
本当の夫婦……私と、周瑜様が……。
……。
……。
……。
「……あ、無理かも」
「はっ?」
「私、周瑜様のような殿方は好みではなくて……そうなっている光景が全く想像出来ません。多分そういうの、無理だと思います」
ですから、夫婦ではなく親戚みたいな感じでお願いします。
真面目に考えて出た答えを真顔で伝えると、周瑜様は奇妙な顔で固まった。
それを見た心杏が、ぷっと小さく噴き出す。
周瑜様がはっと我に返って心杏を軽く睨む。
「心杏、笑い事じゃないだろ! オマエだってオレ達がそうなった方が――――」
「好みじゃないなら仕方ないと思う」
「オマッ……!」
心杏は周瑜様の手をやんわりと剥がして、私の隣にぴったりとくっついてくる。
「あたしはお母さんがまた出来ただけで十分嬉しいし、今貰ったもの以上を望んだら罰が当たると思うから、そこまでしなくて良いよ」
「ということですので、その案は無しで」
「……」
周瑜様は承伏しかねるような顔で私と心杏を恨めしく見つめてくる。
私は首を傾げた。
周瑜様だって私のことなど恋愛対象と思っていない筈なのに、どうしてあんなことを言って、こんな顔をしているのだろう。
今更そういう風に見れるようになったとか……?
いやいや、そんなまさか。
有り得ない。
「さあ、暗くならないうちに予定の村へ行きましょう」
「……分かったよ」
周瑜様は溜息をつき、肩をすくめた。
「残念。そうなっても良いって、ちょっとは思えるようになってたんだけど」
本当に心底残念そうに言うものだから、少し驚いた。
周瑜様が歩き出す。
心杏が私の腕を引っ張ってぼそっと言った。
「お母さんとなら、そうなっても良いってさ」
「……うーん……」
私は、首を傾げる。
周瑜様がそう思ってても、私はなあ……。
それにその感情も、私に対する色んな感情が混ざり合って勘違いしてしまったって可能性もある。
でもまあ……『ちょっと』だけって言っていたし、それなら、そんな気持ちもそのうち無くなるかもしれない。勘違いだって気付くことだってない訳じゃない。
私は心杏に苦笑を向けて、彼を追って歩き出した。
この時の私は、自分が本当に周瑜様と姉様と孫策様のような夫婦になるなんて、絶対に有り得ないと思っていた。
そんな私が心杏に弟が出来るなんて未来を、どうして予想出来ただろう――――。
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