※夢主相当口悪い上、一人称が俺です。



 ◯◯は曹操軍の中でもかなりの腕であった。女だてらに戟を振り回し、名だたる将に辛酸を嘗めさせた。

 だが、そんな彼女は曹操軍でも扱いに困られている。
 理由はその生まれによる野蛮な素行である。協調性はまるで無く、気に入らなければ主たる曹操の指示にも従わない。気分が乗らねば戦に参加すらしないのだ。

 元々山賊に身を置いていた彼女が、何故曹操の下に就いたのか……それは曹操の腹心にある。


「よ、惇。相っ変わらず身長低いな!」


 ◯◯は人懐こい笑みを浮かべて片手を挙げる。

 目の前に立つ青年は、彼女を見るなりぐっと眉間に皺を寄せた。


「……っ貴様は、未だに武将としての品格すら無いのだな」

「あんなぁ、俺は山賊だぜ? 野蛮上等下品結構な奴が、今更品行方正に生きたって気持ち悪ぃだけだろ」


 彼女は山賊。
 だがその割には、彼女はある程度の学がある。戦術にも明るく、急所を見抜く慧眼の彼女の軍は奇襲を得意としている。彼女の用兵は突飛であり、曹操以上に敵の意表を突く。

 無駄に防具で身を固めるのを嫌う◯◯は、いつもあの十三支の娘のように動きやすい軽装だ。ただ、◯◯は女としての慎みを何処かに置いて来たようで、太腿から下、上腕、胸の谷間、腹を惜しみ無く晒している。褐色の肌は汗に濡れれば日の光につやと煌めく。

 夏侯惇は目のやり場に困る彼女が大の苦手だった。女が一軍を率いるのが気に食わないと言うのもあるが、どちらかと言えばそちらの方が大きい。

 しかし◯◯は違う。曹操に従うのは夏侯惇の闘う姿に武人として惚れ込んだからだ。
 夏侯惇がどんなに嫌がっても彼女は全く引かない。会う度に仲良くなろうと世間話などを持ちかけてくる。

 夏侯惇にしてみればたまったものではなかった。


「……っ、貴様、くっつくな!」

「まあまあ良いじゃねぇか。武将として仲良くやろうとしたってさ! 俺はあんたの武に惚れ込んでるんだ、お近づきになりたいのは当然だろう。つーか、俺を女と見んなって!」

「その格好で言うなっ!」


 ……腕に当たる。
 柔らかなそれが。
 夏侯惇は顔を真っ赤にしながら彼女から逃げようともがいた。

 が、山賊育ちの彼女は存外力が強い。夏侯惇の力を以てしても離れはしない。

 されどふと後方を見やると、ぱっと離れるのだ。

 夏侯惇は訝しむ。
 しかし彼女が見やった方を見れば納得が行った。


「あ、夏侯惇と◯◯。今日も一緒なのね」


 十三支の女――――関羽だ。
 曹操の計らいでこの兌州に滞在する彼女は、ふわりと二人に笑いかける。

 夏侯惇は鼻を鳴らして彼女から顔を逸らした。


「……」


 ◯◯は忌々しそうに顔をしかめてさっと身を翻す。


「あっ、◯◯!」


 ◯◯の十三支に対する態度は夏侯惇以上である。いつ如何なる時だって十三支と共にいることを極端に嫌う。戦の直後昂ったままで会った関羽を斬り殺そうとしたことだってある。

 人間が十三支を蔑視しているとは言え、彼女の態度は少し異常であった。

 早足に歩き去っていく◯◯を見つめ、夏侯惇は目を細める。

 関羽は眦を下げて肩を落とした。


「やっぱり嫌われているのかしら……」


 女の武人として、関羽は彼女と仲良くなろうとする。
 しかしことごとく避けられるか冷たく拒絶されるかのどちらかだ。

 とても残念そうに◯◯の後ろ姿を見つめる関羽を一瞥し、夏侯惇は声をかけた。


「女、何か用か」

「え? あ、曹操を探しているの。何処にいるか知らない?」

「……曹操様に何の用だ」

「曹操にちょっと訊きたいことがあって」


 内容は言えないけれど。
 それだけ言って、関羽は再び問いかける。

 夏侯惇は眉間に皺を寄せた。


「……曹操様なら、夏侯淵と共に町に出ている」

「そう……じゃあ仕方ないわね。また別の機会にするわ。ありがとう。――――ああそれと、◯◯に今度手合わせをして欲しいって伝えて欲しいの」


 彼女が聞き入れるとは思えないが。
 そう思いつつ、夏侯惇はやおら頷いた。



‡‡‡




 十三支は大嫌いだ。
 皆、一人も余さず死んでしまえば良い。
 ◯◯は大股に町を歩きながら舌打ちを繰り返していた。

 ◯◯の胸の内を黒く染め上げるその感情は、憎悪だ。
 ◯◯は十三支が憎かった。憎くて憎くて仕方がなかった。

 小さな頃から、そうだった。


「……あーくそっ、胸くそ悪ぃ!」


 頭をガリガリと掻いて、◯◯は不意に走り出す。その足は真っ直ぐ、町の外へと向かっていた。

 門を守る兵士達に挨拶も無く、野を駆ける。山で鍛えられた彼女の足は馬にも勝る。人間としての限界を超越していた。

 ◯◯の行く先は一つ。
 町近くの丘だ。そこには彼女の大事な相棒の墓がある。
 丘にぽつねんと岩が置かれているだけの物寂しい墓だ。だかそれは◯◯が手を血だらけにして掘って、痛む身体に鞭打って岩を運んだ場所。

 緩やかな坂を駆け上がり、その墓の前に立つ。この場に立つと、いつも万感が胸に押し寄せた。


「沙羅音(さらね)」


 ◯◯は座り込んだ。

 沙羅音は鷹である。傷を負っていたところを◯◯に救われ、以来行動を共にするようになった唯一無二の親友――――山賊の部下達よりも気の置けない、まったき信頼を寄せた相棒だった。
 だがそれも、先日の山賊討伐で◯◯を庇い命を落としてしまった。

 たかが鷹と周囲は言うが、◯◯にとっては身体の一部を失うも当然である。
 ◯◯は岩に手を当て薄く微笑んだ。


「……十三支なんて皆、死ねば良いんだ」


 あいつらに生きている価値など無い。
 純粋な憎悪を瞳に湛え、◯◯は唸るように言う。微笑みが、更に彼女を恐ろしくする。

 あいつらは俺を《拒絶》した。
 石を投げて追い出した。
 だのに、あの関羽は……!


「……死ねば良い。死ねば良い。死ねば良い。死ねば良い。死ねば――――」


 繰り言のように彼女は呟く。
 そんな◯◯に、後から追いかけてきた人物が声をかけた。


「◯◯、墓の前で物騒なことを言うんじゃない」


 鋭い眼光が彼――――夏侯惇に向けられる。
 そのような眼差しを初めて向けられた彼は、少しだけ後退した。

 相手に気が付いた◯◯は咄嗟に目を閉じ、少し間を置いてから開いて立ち上がる。


「……あんれまぁ、惇。ついてきたのかよ。暇人?」

「……十三支の女から伝言だ」

「ああ、それ要らね。聞きたくねえから忘れて良いぜ」


 ◯◯はひらひらと片手を振って、歩き出した。

 夏侯惇がそれを呼び止める。


「待て、◯◯」

「んー?」

「貴様は何故そこまで十三支を嫌う? 貴様は些か異常だ」


 ◯◯は沈黙する。
 やがて肩越しに彼を振り返ると、うっすら笑って答えるのだ。


「お前らと一緒だよ。十三支は汚らわしい不要な種族だから」

「……」


――――その笑顔に、戦慄(せんりつ)する。



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