賈栩が変なことを言い出した。
 僕を先に食べる……だって?
 妖怪でもないのに、食べれるもんか。


「人間が僕の肉食べても美味しく感じられる訳がないじゃないか。賈栩は馬鹿だね」

「……」


 賈栩は何か思案しているみたいで、僕の言葉を聞いているのか分からない。
 けど、不意に手を離して僕の首筋に顔を埋めたかと思うと、突然噛み付いてきたのだ。


「わっ!」


 痛みを感じて賈栩を剥がそうとすると両手を掴まれて寝台に押し付けられる。
 賈栩は噛み付きながら舐めて肩口まで移動する。

 ……本気で妖怪(ぼく)を食べる気のようだ。
 人間にも好まれる味なんだろうか。だったら自分を食べれば良いのに。


「……っいて!」


 ぶちっと、賈栩の口が戻ってきた首筋に痛み。肉を噛み切られたんだ。
 甘ったるい匂いが鼻につく。賈栩の血の匂いは食欲をそそるけど、同じ匂いでも自分のものだと何だか不快だ。

 口の端に僕の血を付けて、僕の肉を咀嚼(そしゃく)する。やはり甘い、と感慨も無く呟く賈栩にそりゃそうだって心の中で返した。

 けど、僕の血肉って賈栩程に美味いんだろうか。同じ味だけど……違うのかな。
 賈栩を見上げているうちに、そんな疑問が浮かんだ。

 両手を拘束されているから、賈栩がまた顔を近付けてきた瞬間に首を上げて賈栩の口端に舌で触れた。賈栩の身体が引く。
 ……同じ味だけど美味しいとは思えない。やっぱ、自分の肉だからそう感じるのかなぁ。
 首を傾けていると、賈栩が僕が舐めた場所を親指で擦り、また何かを考え出した。今度は焼いて食べよう、とか言い出すのかな。言い出したら焼いた肉は美味くないよって言わないとな。……や、それは人間の肉か。妖怪はどうなんだろ。生でしか食べたこと無いし、里に帰る前に一回試してみよう。

 ……あ、でも帰れるのかな僕。このままだと賈栩に食べられるっぽい。

 まあでも、賈栩ならいっか。

 ……。

 ……。

 ……あれ、何でそうなった?

 何か変だ。
 なんでそんなこと思ってんだろ。
 何か変だ。
 変なの、心の中で呟く。

 と、賈栩が割れに返ったみたいだ。僕に焦点を合わせて顔を落としてきた。
 また肉噛み千切られんのかな。首の、結構痛いんだけどな。


「賈――――」


 賈栩、食べるなら食べられてよ。
 そう言おうとした僕の口は、声を発した瞬間に塞がれた。

 何で塞がれたのか考える暇も無くぬるりとざらざらしたものが入ってくる。
 あ、これ舌だ。
 賈栩の顔が間近にある。ならこれは賈栩の舌で、賈栩の舌で塞がれているんだ。

 これ、人間達の間で何て言うか知ってる。
 接吻って奴だ。
 恋人同士がやるっていう……。

 ……僕達恋人じゃないよ?


「んっ……は、っんン、」


 賈栩の舌が這い回ってる。上顎を撫でられると擽ったい。舌の裏を圧迫されると、口内の唾液が増えた。ヤバいな、と思った時には口から溢れてしまって賈栩のと僕のとが混ざり合ったのが垂れた。うわ、汚ぇ。拭いたくても両手が動かない。
 本気で抵抗する気は、何故だか無かった。むしろ痛くないしこのままでも良いかーとも思う。

 ……いやでも、恋人同時じゃないしな。恋人同士じゃなくてもして良いのかなこれ。
 暫くなすがままになっていると、ふと賈栩が口を放した。糸みたいに伸びた唾液がぷつんと切れて唇に付き、その部分だけが冷たくなった。
 親指で垂れた唾液が拭われる。


「……接吻って言うのは人間が恋人同士でやるって聞いた」

「一般的な意味ではそうだね」

「でも僕達は恋人同士じゃないよ。それに僕妖怪だし」

「ああ。身を以て知っているさ」


 言いつつ、賈栩は僕の服を脱がし始める。解放された両手で賈栩の肩を押した。


「君に食べられると困る。僕は里に帰らないといけないんだ」

「……」


 賈栩の手が止まる。思案するように僕を見下ろし、目を細める。また手が動き始める。露わになった胸に手が這い始めるのに、何となく賈栩のしようとしていることが分かってきた。

 発情期でもないのに交尾するとか、聞いたこと無いな。……や、そもそも人間とやったなんて話、キ雀の中では聞かなかったよ。
 これ、元の姿に戻ったら止めるかな。人間の姿でいるのが悪いんだろうし。

 うん、戻ろう。
 そう思ったのと、賈栩が口を開いたのはほぼ同時だった。


「……どうやら俺はあんたを帰すのが許せないらしい」

『?』


 元の姿に戻って首を傾けると、賈栩は僕の頭を撫でて上から退いた。良かった。やっぱり人間の姿だから駄目だったのか。


「さて……どうしようか」

『ドウスルッテ?』

「……◯◯。聞き取りづらいから、話す時は人間の姿でいてもらえないか」

『……』


 そりゃあ、すみませんでしたね。
 人間の姿になって賈栩を見上げると、今度は服を着ろと言ってきた。我が儘だ。横暴だ。


「人間て本当面倒臭い。妖怪は基本裸で楽だよ。発情期なんて皆その辺であんあんやってるのに。何で服着るの。発情期はどうしてんの?」

「人間に決まった発情期は無いよ。強いて言うなら毎日、ということにもなるだろうが」

「うわ。大変そうだね。じゃあさっきのは発情期?」

「さあね。以前に欲情したことが無いから分からない」

「そう言うの枯れてるって言うんだよ。親父と長じいがそうだったもん。……いてっ!」


 軽く殴られた。
 無表情だから怒ってるのか違うのか分からない。
 殴られた頭を撫でながら賈栩を睨むと、良いから服をと服を押しつけられた。
 着替えながら不平不満を漏らすと、今度は無視だ。


「何だよもー……」

「人間の中に溶け込むなら徹底的に郷に従うべきだろう」

「賈栩達は僕が妖怪だって知ってるじゃーん」

「だからといって人型の裸を見せられて反応しない男がいるとでも?」

「あ、さっき目の前の人に交尾されそうになった」

「……」

「いたたたたっ! 痛い痛い!」


 頬を抓られて僕は抵抗した。
 けれどすぐに押さえ込まれて食い千切られた首筋にまた顔を埋められる。剥き出しになっているだろう肉を舐められ、痛みと同時にざわりと悪寒みたいな感覚が僕の身体を駆け抜けた。


「んぁ……っ」

「……?」


 不可思議な感覚に僕は身を堅くする。何だこれ、噛み千切られた時はこんなの無かったのに、何でいきなり……。
 首を傾けて身を捩るけど、賈栩は何を思ったかまた舐めてくる。ぞくぞくする感覚が何なのか分からなくて何だか気持ち悪い。


「まさか、被虐趣味でも?」

「ひ、ぎゃく……?」

「……痛いことが好きなのかい?」

「は……好きな訳ないじゃん。誰だって痛いの嫌でしょ? っていうか、早く放してよ。さっきから痛いんだよ首筋。賈栩が肉噛み千切っちゃったから……」


 触ってみると結構ごっそり持って行かれてる。賈栩って本当に人間なの?
 べっこり凹んだ傷から手を離せばべったりと血が付いている。


「自分の血は美味しいと思えなかったんだよなあ……同じ味なのは確かなのに」

「一種の防衛本能だろうね。自分の肉を美味いと思ってしまったら、食べたくなるだろう」

「確かに。ってことで賈栩、肉ちょうだい」

「断る」

「えー」


 これは驚きだ。
 賈栩が『断る』と言ったよ。
 今までは猫族がどうこうだから駄目、としか言ってなかったのに。
 まるで賈栩自身が嫌になったみたいじゃないか!
 これは由々しき事態だ。
 このままじゃ今日中に賈栩が食べれない。


「今まで賈栩は嫌がってなかったじゃんか」

「断る理由も無かったからね」

「断る理由が出来たの? 何で」

「今の流れで分からないならそれで良い」


 賈栩は僕の頭を撫でる。にこりと笑って、「残念だが俺の肉はやれない」と。

 唇を尖らせると、賈栩は立ち上がった。


「そろそろ怪我の手当てをしないと、妖怪が嗅ぎつける。いや、妖怪じゃなくとも猫族が心配して来るか……」

「窓開ける?」

「それは手当てが済んでからになる」


 賈栩は僕を寝台に座らせたまま、部屋の隅に備え付けられていた手当ての道具――――あれ結構臭いキツいんだよね――――を持って戻ってきた。

 僕の前に座って首筋に手拭いを当て、てきぱきと手当てを進めた。
 そうしながら、


「まあ、俺に良いと言わせたら、考えようか」

「え、本当に? じゃあ頑張る」


 言うと、賈栩は小さく笑った。まるで何かに満足したみたいな、賈栩にしては珍しい笑顔だ。

 ……あれ?
 何か、引っ掛かるような……。

 まあ、良いか。
 早く賈栩の肉食べて、里に帰ろうっと。



●○●

 ひとまずこの話はこれで終わりです。
 一気に書いてしまったかったので展開は早めに、さっさかと書いてます。

 物凄く奇妙な話になりました。妖怪を夢主にしたのが主な原因ですけども。まともな夢主が思い付かない私が原因ですけども。

 しかし最後に微裏展開になったのは想定外でした。



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