起きた時、何故か僕は中途半端な変化の状態で、賈栩に抱きついていた。賈栩は僕の頭の下に腕を入れているくらいでただ寝ている、って感じ。僕が一方的にしがみついている風だった。

 ……どうしてこうなったのか。
 僕は賈栩を起こさないようにゆっくりと離れて寝台から降りた。
 頭が痛いのも足取りが覚束無いのも、多分寝過ぎた所為。
 どのくらい寝ていたんだろうか。いや、そもそもどうしてこんなにも寝なくてはいけなかったんだっけ。

 ……。

 ……。

 ……あ、そっか。
 僕親父に食われかけたんだ。
 僕が生きてるってことは、親父は死んだのかな。でも何で生きてるんだろ。

 賈栩が助けた? いや、賈栩戦えなくない?
 ああ、猫族か。
 あんだけ妖怪が出てきたらそりゃ気になるよなー。
 実際、見えない分僕が見るよりは少なかったんだろうけど。戦、滅茶苦茶になったんだろうな。

 僕は後頭部を掻き、一旦変化を解いた。すとんと寝衣が落ちた。
 それからすぐさま人間の姿になろうとして――――。


「◯◯、起きてる?」


 扉が開かれた。
 あ、耳まだ機能が完全じゃなかったんだ。聞こえが悪いの今気が付いた。

 中に入って来たのは関羽だ。僕の姿を見て固まっている。
 かと思えば――――。


「か、可愛い……!」

『ハ?』


 ごめん何語?
 関羽は熱っぽく僕を見つめ、耐えかねたみたいに僕に飛び付いた。


『ウギャアアァァァ!!』


 ぎゅうっと抱き締められて僕は遮二無二もがいた。が、興奮状態の関羽はしっかり抱き締めて放さない。
 何で不味い肉に抱き締められなくちゃいけないんだ!
 翼をバタつかせると頬擦りされる。


「この感触とても気持ち良い……! やだ、◯◯ずっとこのままでいられない?」

『イヤダカラ。ナンデボクガニンゲンノマエデブサイクヲサラサナキャイケナインダヨ』

「え? ごめんなさい、よく聞こえないわ」


 ああもう、この姿だと声が聞こえにくい! 何で僕だけ不細工で声も聞こえにくいんだ! 親父達はそんなこと全然無いってのにさ!


『ハーナーセーッテバー!』

「ごめんなさい、もう少しこのままでいさせて!」


 まさか可愛いと言われて飛び付かれるのは予想外だった。だけど何かそっちの方が嫌だ。仮にも誇り高いキ雀なのに可愛いとか

 身を捩って拘束を解き部屋の外へ飛び出そうとすると、背後から胴を掴まれて持ち上げられた。関羽かと思いきや、視界が回って驚いた様子の関羽が映り込む。
 ってことは、僕を持ち上げているのは――――。


「その姿で出ない方が良い」

「賈栩。いたの? ……って、まさかここで寝ていたの!?」

「寝ていた訳ではないけれど……まあそんなところだとでも言っておくよ」


 賈栩は僕を寝台に載せて寝衣を拾い上げた。痛そうに腰を撫で首を回した。


「何か遭ったの?」

「早朝に様子を見に来た時に、まだ人型だった◯◯に抱きつかれて、腰骨を折られる寸前で気を失っただけさ」

「ええっ?」


 え、マジで?
 これも予想外だ。
 寝相は悪い自覚はあるけど、僕後少しで美味い肉を殺すところだったんだ。

 関羽が賈栩の腰を見、「大丈夫なの?」問いかける。


「触った限りでは折れてはいないようだね」

「そう。でも今日は大人しくしていた方が良いわ。痛そうだもの」


 賈栩は肩をすくめた。


「実際、かなりの激痛がある」

「……骨にヒビが入ってるんじゃない?」

「さあ、どうだろう。失神した後のことは俺も◯◯も知らないから何とも言えない」

「念の為にお医者様に診てもらったら?」

「そうするよ」


 賈栩は僕の頭を撫で、関羽に肩を貸してもらいながら歩き出す。それが多分、僕から関羽を引き離す為だってことは、何とはなしに分かった。何とはなしにだから自信は無いけど。
 ともかく危機は去った。
 僕はほっと安堵して、ようやっと人間の姿に変化した。



‡‡‡




 まだ少し、腹の辺りが痛むことがある。
 内臓が完全に修復出来ていないんだろう。どんだけ食われたのか分からないから、完全な回復がいつになるのか不明だ。幸い痛みはそんなに酷いものじゃないから時間はさほどかからないとは思う。

 城の中を歩いていると、猫族達に異常なまでに心配される。怪我は自分では確認していない。でも彼らの反応を見るに猫族にとっては相当な深手だったみたいだ。
 まだ安静にしておけとしつこいくらいに言われるので、少し散歩したら戻ると答えて逃げる。

 僕はキ雀。人間にも目視出来るくらいの強い妖怪だ。過保護にされる程身体は弱くない。
 だのに、何回言っても彼らは全く信じちゃくれなかった。


「妖怪と人間じゃ身体の作りが違うってのにさー……」


 何であいつら信じてくれないかな。
 中庭の池の畔に座ってぶつぶつ文句を垂れていると、背後に誰かが立った。


「身体はもう良いのか」

「趙雲」


 隣に座って、顔色を覗き込んでくる。

 回復は順調だと答えれば彼は微笑んだ。


「それは良かった。しかし、あれだけの傷を、死を免(まぬか)れただけでなく一月と経たずに治してしまうとは、妖怪の回復力は凄まじいな」

「まあね。キ雀だから」


 胸を張ると、趙雲は素直に賞賛をくれる。……やっぱ、こいつ変な奴。
 賈栩もそうだけど、賈栩はただ全部に無関心でどうでも良いだけだ。でも趙雲は違う。対等の存在として認識してるみたいな、そんな感じ?
 猫族と関わったから変になったのか、元々変だったのか……それもよく分からん。


「で、何か用?」

「ああ。……お前を食らおうとしていた妖怪のことを話しておいた方が良いと思ってな」


 途端に趙雲は表情を暗くさせる。
 人間は気を遣う生き物だ。多分、そういうことだろう。


「親父に食われてたね。親父死んだ?

「ああ」

「ふうん。そう」


 人間に簡単に殺されたのか。弱かったのなら仕方がない。
 僕はのんびりと返し、立ち上がった。


「それだけ分かれば良いやー。じゃ」

「待て。何も思わないのか?」

「単純に親父が弱かっただけじゃん。弱ければ里でも食われるだろうし。人間達とは違って、僕達はそんなもんだって、何回も言ってるじゃんかー」


 人間達は、誰かが死ぬと憐れむ。
 けれど僕達妖怪は――――少なくともキ雀は無関心だ。相手が強かったなら死ぬのは仕方がない。相手が強かったなら食われるのは当たり前。
 人間と妖怪じゃ、常識が違う。
 それなのにどうして猫族は僕に人間の常識を押しつけるのかな。それって傲慢じゃないのかな。
 僕は背伸びして欠伸を一つ。眠くなってきたし、そろそろ部屋に戻ろうかな、と思って小走りに廊下を走り抜けた。

 ……ってか、そろそろ里に帰ろうかな。親父が死んだんなら親父の墓、お袋の隣に作ってやんないと。
 その後なら食われてもまあ問題は……無いね。
 別に食われたいって訳じゃない――――実際物凄く痛いだろうし――――けど、これは自業自得だから仕方がないよ。僕がそれまでの存在だったってことさ。次キ雀に生まれる時は親父みたく格好良い姿になれると良いな。あと忘れっぽくなくて長じいの話を真面目に聞けるようになってるとなお良し。

 明日にでも帰ろーっと。

 ……あ、でも賈栩の肉どうしよう……。



‡‡‡




「――――という訳で、今日こそ賈栩の肉食べさせてよ」

「話の前の繋がりが全く分からない」


 僕はその日の夜部屋にやってきた賈栩を寝台に押し倒した。腹を跨いで見下ろす。

 賈栩は困った様子でも無いのに「困ったな」と顎を撫でてる。


「困ってるならもっと困った顔しなよ」

「これでもしているつもりさ」

「すっごいムヒョージョーだけど。本当変な奴。とびきり美味い肉をしてる人間は変な奴だって長じいに言われたけど、本当にそうだね」

「褒められていると思っておくよ」


 僕は賈栩に顔を近付ける。


「今の褒められてると思うんだ。変なの。で、肉ちょうだい」

「血以外をやるなと猫族に言われてる」

「えー。じゃあ血吸い尽くせば良いの?」

「死ぬのがマズいんだろう」

「食うと死ぬよ。普通」

「だから駄目だと猫族が言っているんだよ」

「えー。帰る前に食べて行こうと思ったのに」


 そこで、賈栩は軽く目を見開いた。うわ、表情が動いた。


「帰る? わざわざ、食べられに?」

「食べられるのは目的じゃないね。親父の墓をお袋の隣に作ってあげないと。……あ、でもお袋の墓って何処だったかな?」


 食われてる時親父に教えてあげなきゃって思ってたのに、覚えてないんじゃ教えられないじゃん。
 そんなことを思っていると、賈栩は沈黙して僕に手を伸ばした。
 何をするつもりなんだろうとその手を眺めていると、不意に首を捕らえられて横に倒された。えっと口にする暇も無く今度は僕が賈栩に馬乗りになられた。


「賈栩? え、何これ」

「……いや、一瞬だが―――」


――――先に◯◯を食べてしまうのも手かと考えた。
 彼は、淡泊にそんな風なことを言った。

 僕は呆気に取られて固まった。一瞬、どう返せば良いのか分からなかった。
 暫くして、


「……賈栩って、僕と同じ妖怪だったっけ?」

「いいや。人間だよ」

「だよね……」


 え、じゃあ何でそんな考えが浮かんだのさ。

 賈栩は僕の問いに、首を傾けて見せるだけだった。
 でも賈栩にとっては不味いんじゃないの? 僕の肉……。



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