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 えーっと……まず俺達の親の話から始めた方が良いんだろうな。

 俺の両親はヒノモトから差別から逃れる為にカトライアへ移住した純血の邪眼一族だった。
 ん、その頃にはカトライアがあったかって? そこは殿下、この話ではあんまり重要な問題じゃありませんし、さらっとスルーで。
 で、俺が生まれた数年後に母が亡くなって、また何年か経って……確か、たまたま宿を貸したのが最初だったっけなー。旅芸人の女性と父が恋仲になって結婚、ヘルタータ――――あ、便宜上ヘルタータで通しますよ――――が生まれた。俺にサチェグってもう一つの名前がついたのもこの時だったな。

 ヘルタータは早熟だった。歩けるようになるのも、言葉を話すようになるのも、異様に早かった。父も俺もヘルタータと同じで一般よりも早かったらしいから、血筋だろうと特に不思議に思ってなかった。
 あいつの異常さは、子供の頃はそこまで目立ってなかったな。今思えば、いつも一緒にいた俺の真似をしていただけなんだろうけど。
 両親もそれぞれカトライアで職を持ってて、ほとんど一日中俺がヘルタータの面倒を見てた。勉強を教えるのも、褒めるのも叱るのも俺だった。
 ヘルタータは四六時中俺にべったりだった。他人に無愛想って訳じゃないが、俺の側を絶対に離れない。
 親がいつも家にいないから心細いんだろうと思ってたよ。

 けど、違った。

 ヘルタータにとって俺はずっと、《兄》ではなく《男》だったんだ。

 あいつは思春期に入って身体が女らしく成長し始めると明確に好意を見せつけてきた。
 魔女と邪眼の混血の性質である知識欲は、それまで俺だけに注がれていたんだろうな。俺の趣味も女性のタイプも食べ物の好き嫌いも――――俺の自覚のしていないような些細な癖でさえあいつは全部把握してやがった。

 あ? いやいやいや。阿保か。
 受け入れる訳ないだろ。俺にとっては大事な妹だ。妹とそんな関係になるかよ。
 寝る前に俺の部屋に入ってきたかと思えば告白していきなり服脱ぎ始めたもんで、朝まで説教してきっぱり断ったさ。

 俺が自分のものにならないと分かったヘルタータは、俺に好かれる為に被っていた化けの皮を剥がした。その異常な好奇心を方々に向けて知識欲を満たしていった。あいつに、良心や倫理観といった善悪を区別する能力が著しく欠如してると分かったのはそれからだ。
 虫や動物からエスカレートして近所の子供まで解剖しようとしていた時は、こいつマジで頭やべえと思ったわ。止めて叱ってもきょとんとして、話が終わると笑って『そうだね。大人の方が内臓が大きくて分かりやすいよね。教えてくれてありがとう兄様』なんて言いやがる。
 俺が何度叱って止めるように言ってもあいつは止まらなかった。一体何が悪いのか本気で分かってなかったんだ。どんどんエスカレートして、父親まで解剖しようとした。

 とうとう両親は音を上げた。
 精神病を疑って遠い国の専門の医者に預けようとしたけど、ある朝無惨な死体で床に転がっていた。
 胴体が観音開きに開かれてさ、肋骨も綺麗に切除されて綺麗に中身が見えてる訳よ。あまりに熟達しすぎてた。
 誰がやったかすぐに分かった。
 ヘルタータだ。
 だがその時にはもう遅く、あいつはカトライアから姿を消した。
 あいつは、両親だけじゃなく当時付き合ってた俺の恋人も同様に殺してた。俺への当てつけか、彼女の子宮を抉り出してその横に踏みにじったようにぐちゃぐちゃに潰してやがった。

 妹はこの世の何よりも危険だと思った。
 存在自体を消してしまわなければ大変なことになる。

 復讐心もあったことは否定しねえよ。

 けど同時にこれは自分の所為だって自覚があった。あいつを拒絶した時、俺が別のもっと良いやり方を取っていればこんな事態は起きなかったんじゃないか。俺が三人を殺したようなものなんじゃないか。
 俺が三人の死の責任を取らなければと思ったんだ。
 その為に妹を殺し、俺も死のうと決めた。

 あいつを殺す為だけにヒノモトに行って、当時の邪眼一族の族長のもとで秘術の全てを学び、あらゆる武術も習った。
 それが今の俺の基礎だ。
 そこで、魔女と邪眼の混血についても詳しく聞いた。やっぱり殺すしかないと思った。

 で、あいつを探しながら世界各地を放浪しているうちに、老いが俺の身体を蝕み始めてな。

 あー……これな、参考にならんと思うぜ?
 喰ったんだよ、神様。龍神。
 弱ってたところを更に痛め付けて、何日もかけて。
 いやー、今改めて考えてみると、あの時の俺だいぶ頭イカレてたんだろうなあ。あいつを殺して俺も死ぬって言う目的忘れてんだもん。ただただあいつを殺すってことに囚われてたっていうか……自分が寿命がある生き物だったってことに気付いたのも、老化を自覚した時だもんな。
 だのに飯は普通に食ってたんだよなぁ……何でだろうな?

 ……っとと、話が逸れちまった。

 神様取り込んでまあ色々と細工しまくって不老不死の身体になった俺は、それからも色んな場所をさ迷った。

 けど段々無理なんじゃないかって思えてきてさ。
 疲れたって言うか……我に返ったんだよな。 

 俺は何で不老不死になったんだ。
 ヘルタータを殺した後、自分も死ぬつもりでいたじゃねえか。
 よくよく考えてみれば妹にも寿命がある筈なんだ。
 だのにこんな身体になって、馬鹿じゃないのか俺。
 自分が老いたのなら、ヘルタータだってとうの昔に老衰で死んでる筈だ。それくらいの、途方もない年数が経過してるんだから。
 俺は物凄く無駄なことをしていたんだって気付いた。

 それからはまあ、不老不死になった身体でどうするか考えて、結局カトライアに戻ってサチェグとして暮らし始めた。
 家なんて無かった。更地になってたそこに新しく、昔とそっくりな家を建てたよ。
 有間と馬鹿やってた時みたいに、ダチとはっちゃけて、仕事と趣味も充実してた。

 おい。サチェグさん趣味あるからね。何気にガーデニング好きなのよ俺。
 ……って、抉るな! 失恋の傷を抉るな! まだ癒えてないんだよ!

 ああ、ありがとうございます。殿下マジ優しい……。

 あ? ヘルタータ? はいはい、ヘルタータね。
 現れたよ。あいつから俺の前に。
 十年くらい経って。
 若い女の姿でな。俺と同じで、かなりの年齢の筈なのに。
 昔と同じように嬉しそうに笑って抱き着いてきた。
 昔の夢を見ているんだと錯覚したね。

 けど現実だったんだよな。

 ヘルタータは俺に語った。
 蘆匙(あしさじ)川の河童の繁殖方法とその詳しいメカニズム、能勉岳(のうべんだけ)に伝わる大泣き山姥の生殖器の構造、石野辺(いわのべ)村の旭家が受け継ぐ未来視の秘密、邪眼一族の持つ邪眼の中身、妖と人間の脳を入れ替えたらどんな変化が訪れるか細かく観察したその記録――――それまでに得た知識を一つずつ嬉々として。
 そして、思い出したように言ったんだ。

 悪魔との間に絶滅した黒耳長の娘を産んだ。
 もうそろそろ丁度良いくらいに成長しているだろうから、一緒に調べてみようって。臓物の位置、脳の形、魔力を生む器官、人間との卵子の違い……バラして全てを調べようと俺を誘ってさ。

 そうです。
 それがリィリィでした。
 あいつは、実の娘であるリィリィを解剖する時にはついでに悪魔も殺して細かく記録しよう、魂を糧とするその秘密を知りたいからと言いやがったんです。

 心底楽しそうに。

 で、ヘルタータの言動からちょっと嫌な予感がして、訊いてみたんですよ。娘は一人だけなのかって。
 そしたら、正確な数は忘れたけど何人かその悪魔との間に子供を作って、全て研究に使ったと平然と答えたんですよ。
 生きてるのかと訊いたら、中途半端なところで死んじゃったって。もっと調べられそうだったのに、辛抱してくれなかったって。

 ええ、やっぱりこいつヤバいと思いました。
 このままこいつを野放しには出来ない。
 ヘルタータを殺さなければ、その黒耳長の娘は自分の母親に殺される。悪魔だという父親も。

 待っているからと姿を消したヘルタータを、俺はまた追い掛けた。

 そして、やっとのこと、殺した。
 この辺は一言で済ましとくわ。有間はともかく、殿下に聞かせられるようなもんじゃないんで。

 で、その後にリィリィの父親である悪魔セネルに襲い掛かられて、セネルも殺した。

 いいや、気付いてましたよ。
 あいつの言動で、すぐに。
 ですがセネルはかなり上位の悪魔でしたから、こっちも本気でやるしかなかったんスよ。

 何でですかねえ。
 妹殺した後の俺、何か色んなことがどうでもよくなって、廃人みたくなってたんですよ?
 だけどセネルに魂喰われそうになった瞬間、奴に術を叩き込んでた。

 生きたかったんですかねえ……楽になれただろうに。
 え? ああ……そりゃあ、魂喰われたらさすがに《俺》は死にますって。身体はからっぽのまま野ざらしで生き続けるでしょうね。ひょっとしたらその辺の悪霊に奪われたかも。そうなったらとんでもない化け物が生まれてたかもしんないッスねー。

 そっからも同じッスよ。ただの生きる屍。
 リィリィのこと? 考えはしましたよ。
 だけど何処にいるのか分かりませんでしたし、憎むべき両親の仇に保護されるのも、ね。いや、実はヘルタータ生きてたけども。

 ……うん。それを言われると痛い。ちくちく痛い。
 仕方ないだろ。
 実際、五体満足のリィリィを見ちまったらほっとしちまったんだよ。ヘルタータに、母親に解剖されずに済んで良かったって。
 それに、一瞬でも姪だと思っちまったら放っておけなくなるだろ。
 泣いてると思ったら慰めるくらいしちまうだろ……!
 五月蝿い! サチェグさん実は子供好きだよ、悪いかよ!

 ……別に、償うとかそんなんじゃねえよ。
 ただ、リィリィにはなるべくまともな人生を送って欲しいんだ。ヘルタータが歩いてきたような狂いすぎてる人生とは無縁でいて欲しい。
 その為なら影でどんなことでもしてやるつもりだ。

 恨まれてたって構わねえさ。っていうか、親を殺された子供なんだから、それが当たり前だろ。

 けど殺されるつもりは無い。
 まだまだ長生きしねえと困るダチがいるし。

 ああ。今後リィリィには必要以上に会わないようにするつもり。
 お互いの為にもそれが良いと思う。

 ……ってとこで、俺の話はこれで終わりで良いよな?



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