朝を報せる小鳥達の鳴き声が、エリクを優しく起こしてくれる。
温かい布団の中から出るのが少しだけ嫌になりつつも、エリクは上体を起こした。
欠伸を一つして、この温もりがまた惜しくならない内に布団を片付けてしまおうと横にずれようとしたエリクは、ふと布団の中が妙に膨らんでいるのに気付いた。
誰か、いる……?
ここの住人ではない妖でも潜り込んだか? 源達が気付く筈だが、無害ならばそのまま放置するかもしれない。
護村やその周辺に住み着いた妖は、平然と会話したり手伝ったりするくらい非常に人懐こいと、源に聞いたことがある。
屋敷で羽休めをする小鳥達の中に、しれっと鳥の妖が混ざっていることもざららしい。見てもどれなのかエリクは判断が付かないが、源ととても親しい仲だそうで、結構頻繁に訪れるそうだ。
膨らみ具合を見るに鳥とのような小さき者ではないだろうが……獣の妖か?
とにもかくにも、この目で確かめてみなければなるまい。
眉根を寄せ、掛け布団を剥ぐ。
中に潜んでいた物体を見――――言葉を失った。
布団を戻し、もう一度剥ぐ。
中を見て、長々と溜息をついた。
「どうしてここに……」
エリクの布団は、ヒノモト人よりも背が高いファザーン人の体型に合わせて標準よりも大きいサイズで作られている。
確かに、小柄な《彼女》ならぎりぎり入れてしまうだろう。
「地下書庫には、布団は無かったんだっけ……」
いや、それにしたって異性の布団の中に入るのは駄目だろう!
しかもよく見れば夜着姿である。
ということは部屋で夜着に着替えてわざわざ布団に入ってきたと。
どうしてそんなことをする!?
エリクは布団を抜け出し、彼女を見下ろした。
褐色の肌に、白銀の髪、特徴的な長い耳――――。
「リィリィ……」
である。
溜息をつき、手を伸ばす。
肩を掴み軽く揺すった。
「リィリィ。朝だよ」
何故エリクの布団の中に入っているかは訊かないでおくとして、とにかく起こそう。
誰かに見られる前に。特に、源は危ない気がする。
お好はちゃんと説明してくれれば分かってくれるだろうけれど、源は多分、話を盛られる。面白半分であることないこと吹聴する。そんな気がする。
しかし、
「……うう」
「な……っ!?」
リィリィの手が伸び、着物を掴む。それだけに留まらずずりずりと移動してエリクの腰に抱きついた。
「あったかい……」
猫のようにすり寄るリィリィ。
夜着の襟やら裾が開いて、年齢相応の身体が露出する。
どうしてこんなことになっている!
エリクは赤面し、たまらずお好に助けを求めた。
すると存外早くにお好が現れた。
加えて驚くことも戸惑うことも無く手早く、慣れた手つきでリィリィを剥がし、布団に寝かしつけた。
彼女の姿を見て、エリクは眉根を寄せた。
問いかけようとした時、
「何や、起きてしもたんかいな」
源が現れた。
真っ黒な嘴(くちばし)を撫でながら、近寄ってくる。
「もう少ーし寝とっても良かったんやで?」
つまらなそうな源の頭を、お好が呆れてはたく。
「もしかして、」
「言うとくけど、お好はちゃんと夜着渡して部屋で寝るように言うてたんやで。部屋にも送った」
「ならどうしてここにいるのさ」
「そら、部屋を出て入ったからに決まっとるやろ」
お好が隣で頷く。
特に問題だと思っていない様子のエリクは頭を抱えた。
信頼されているのだろう。
だが、これはさすがに良くない。リィリィの教育上。
「二人共。リィリィは女の子で、僕は男なんだから、無防備に同じ布団で寝るようなことはちゃんと止めてくれないと困るよ」
「アホ」源は呆れ顔で返した。
「自分やなかったら止めとるわ」
「僕でも止めて欲しいんだけど」
「お姫さんの嫌がることはせえへんやん」
当たり前である。
だが、男には男の生理現象というものがある。
エリクに起こらないことはないのだ。
好きな女性が同じ寝床で寝ているなんてシチュエーションに、どうにかならない保証は無い。
お好は女性だし、リィリィが側に寝ている以上、それを口で説明することは出来ない。
エリクは溜息をつき、取り敢えず早急にこの場を離れることを選んだ。
のちの朝食の席で、源が面白おかしく話した為に清柳や林檎の耳にも入り、清柳によって源とお好が軽く説教を受けることになる。
‡‡‡
リィリィは、皆が朝食を済ませた後、ゆっくりと茶を飲んでいた時に起きてきた。
寝ぼけ眼をこすり、夜着のはだけたままとてとてと現れた彼女に、エリクはすぐに、源と清柳は苦笑混じりにそっと顔を逸らした。
お好が側に寄って、朝食の前に着替えるように言い聞かせ、部屋へと連れて行く。
姿が見えなくなって、ようやっと顔を正面に戻すエリク。ほっと胸を撫でおろした。
「お姫さん。自分の身体が成長しても、いつも通りやな〜」
面白がるように、源がエリクを見て言う。
エリクは無言で睨めつけた。
「源。後でまた、ゆっくり話をしようか」
清柳にキツく言われ、源はうげ、と嘴から舌を出した。
「冗談やがな」
「人間の世の中には冗談でも言って良いこと悪いことがあるんだよ、源」
「エリクの坊の言う通りだ。お好はただエリクの坊を信頼している故に問題無いと思っただけだが、源は単純にからかいたいだけであろう。リィリィのことを真面目に考えておるかと思えば、急に不真面目になりおって」
源は肩をすくめ、立ち上がった。
「そら、もう真面目に考えることは無うなったさかいなあ」
お茶に手を伸ばした清柳が、動きを止めた。
彼が問う前に、源はひらりと片手を振って、二階に上がって行ってしまった。
エリクは彼の後ろ姿を見つめ、
「真面目を考えることは無くなったって……」
清柳は静かに思案し、
「……彼と源の間にだけ分かる何かが、あったのやもしれぬな」
源が深刻に考えていないのなら、リィリィのことは、もう解決に近いのやもしれぬ。
清柳が言う。
エリクは清柳の言葉を繰り返し、
「……後で、詳しく聞いてみるよ」
「そうしておくれ。源にとって儂は詳細を知るべき者ではないであろうからな」
エリクは、頷いた。
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