【関羽に近しい女主(姉妹でも親友でも可)が「自分はモブだから」と関羽やその周りを慎ましく見守っていようと思っていたら、予想以上に関羽に好かれていたら?(関羽はモテている)】
※現パロ



『それじゃあ、私と友達になりましょうか』


 彼女はのんびりと微笑んで、その微笑みと同じくらい鷹揚な声音でそう言った。




‡‡‡




「おはよう、○○姉さん!」


 インターホンを鳴らされること無く、○○の自宅に客人が訪れる。

 下の玄関から聞こえた笑顔を誘う元気の良い声に、○○はキーボードを叩いていた手を止めて腰を上げた。
 軽くストレッチをして一日の九割を過ごす仕事部屋を後にし、欠伸をしながら階段を降りた。
 階段を降りた先には玄関がある。
 一般に比べて人の出入りが少ない玄関に、可憐な少女が立っていた。

 近くの公立高校の制服に身を包んだ彼女は、○○の姿を見るなりぱっと笑顔を咲かせた。


「○○姉さん」

「おはよう。関羽ちゃん。とっても早いのねぇ」


 腕時計を見、○○は首を傾げる。


「今日は文化祭なの」

「あ……そうだったわ。忘れないように行かないとね」


 関羽は嬉しそうに頷いた。
 どうやら、昔から何かと忘れっぽい○○が前々から交わしていた文化祭を見に来る約束をすっぽかさないように、登校前に様子を見に来たようだ。


「姉さん、何時か覚えてる?」

「九時だったかしら?」

「一般は午前十一時からよ」

「そうそう。そうだったわね。そのくらいに行くわ」

「世平おじさんが迎えに来てくれるわ」

「助かるわぁ」


 おっとりと言う○○に、関羽は苦笑を浮かべた。


「もう……姉さん、本当に忘れっぽいんだから。わたしが出た後に忘れないでね」

「さすがにおばさんでもそこまではないわよー」


 不満を露わにする○○だが、関羽は構わず何度も重ねて釘を刺し、軽やかな足取りで登校していった。

 それを門柱の側まで出て見送り○○は口元を綻ばせる。
 また欠伸をして、家に戻った。

 仕事部屋に戻る足は早く、今年何度うっかり落として買い替えたか分からないノートパソコンをシャットダウンし、これもまた今年何台目になるか分からないスマートフォンで電話をかける。


『せせ先生! まさかやっっっと原稿が仕上がったんですね!? そうですよね!? それ以外の話なら私の鼓膜即シャットダウンしますからね!?』


 電話に出て早々にまくし立てる相手に、○○はやはりおっとりと言葉を返す。


「おはよう、美香ちゃん。ごめんなさいねえ、今日までに仕上げられそうって言ったけれど、私、約束があったのを忘れてて〜。だから、明日以降に完成させて送るわねぇ」

『は!? 約束!? 締切も立派な大人の約束ですよ!? 先生どんだけ締切無視してるか分かって――――』


 にこにこと相手の言葉を聞いていた○○であったが、机の隅に置いた時計を見てあっと声を上げた。


「あらあら。もうこんな時間なのね」

『ちょっと、聞いてます!?』

「ごめんなさい。美香ちゃん。そろそろ畑の手入れをしないと〜」

『ちょっとぉぉぉ!!』


 のほほんとしていながら、無情に通話を切る○○。
 その後鳴り響くスマートフォンを机上に放置して鼻歌交じりに家の庭に出ていった。

 ○○の家の庭には、彼女が高校生の頃に事故で他界した両親の共通の趣味である家庭菜園が残っている。
 現在も毎日娘の手で良く手入れされている畑で育てられた野菜は形も味も良く、たまにおすそ分けする近所からの評判が良い。

 彼らが亡くなったばかりの頃は、○○と両親との確かな繋がりでもある畑を守ることで、自分の心を守ってきた。
 それが、今では両親と同じように趣味になって、心の底から土いじりを楽しんでいる。自分が育ててみたいと思った野菜が毎年増える。

 畑仕事を楽しみ、それからシャワーを浴びて、朝食、外出の支度と、いつも通りのんびりやっているとインターホンが鳴る。


「○○。出来ていないと思うが準備は出来たか?」

「世平お兄さん。いらっしゃい。そうなの。だから少し待ってて」

「ああ、分かっ……たから下着姿で出て来るな!」


 上だけ下着のまま廊下に出て階段下を覗き込むと怒鳴られた。

 ○○はきょとんとして、急かされるままに仕事部屋の隣、あまり利用しない寝室に戻って身支度を整える。


「荷物と戸締まり、三回は確認しろよ」

「はあい」


 三回も必要かしら?
 いつも皆に言われることだけれど、そこまで確認しなくてはいけない程、自分は抜けていないと思う。ただ、人より忘れっぽいだけで。

 だけど、ちゃんと言われた通りにしないと、特に幼馴染みの世平は口煩い。

 世平お兄さん以上に、関麗お姉さんが口煩かったわねぇ。
 ふと、昔のことを思い出す。
 関羽の母親にも、○○は口煩くされていた。
 三人の中で、○○が年下だったからだろう。といっても、たった二つ三つの違いである。

 関麗はもう、○○の両親と同じ場所に行ってしまったが、関羽が彼女のお節介をそっくりそのまま継いでしまったようだ。
 お陰で、亡くなった筈の彼女がまだ自分達の側に残ってくれているような気がする。


「準備は?」

「出来たわ」

「確認は?」

「後は一階だけかしらね」

「なら俺がリビングの方を確認してくるから、お前は風呂とか、客間を確認して来い。良いか、三回だからな」

「大袈裟ねぇ。世平お兄さん」

「大袈裟にさせてるのは何処のどいつだ」


 呆れた風情で幼馴染みの頭を撫で、世平は家に上がる。

 慣れた足取りでリビングに行く世平をこちらもまた呆れ顔で見送り、○○も一階の戸締まり確認に向かった。



‡‡‡




 一般入場の一時間前に、中学生が教師、希望の保護者同伴で入場し、自由に見て回る。
 この辺では有名な進学校とあって、○○達が豪勢な手作りのアーチを潜る十一時丁度にはすでに学生達だけで熱すぎるくらいの活気に満ちていた。


「みんな、凄く楽しそうねぇ。可愛い」

「今の時点でこれだけ多いと、昼からとなれば子供じゃなくてもはぐれそうだな。何か興味を引いたなら勝手に行かずに、俺に言ってくれ」

「ありがとう。じゃあ、早速このまま進んで露店から見てみたいわ。関羽ちゃんのところに行く前に、軽くご飯を食べておきましょうか」

「分かった」


 関羽の出し物は喫茶店。クラスで料理上手な数名が作った創作デザートのコンテストも行われる。コンテストに関羽も参加しているので、勿論関羽に一票投じるつもりだ。

 客ばかりではなく、生徒達も生き生きとしていてこの文化祭を楽しんでいるのが見ていて分かる。
 微笑ましい光景に○○の眼差しもいつも以上に柔らかく、優しい。


「良いわねぇ、若いって。おばちゃんも元気になっちゃうわぁ」

「俺より年下が何を言ってる」

「年下って言ったって、そんなに変わらないじゃない。あなたはおじさんで、私はおばさんよ。だって関羽ちゃんがあんなにも大きく可愛く育ったんだもの」


 世平はすれ違う中学生を一瞥し、


「……もうそんなになるんだな」


 ぼそりと呟いた。
 その遠い目を見上げ、○○は微笑を悲しげに曇らせた。

 関羽の年齢、それはすなわち関麗の死から経た年月を示す。

 生まれたばかりの関羽を近所の老夫婦に託して姿を消した関麗。
 翌年には行方が明らかになった。


 ……遺体となって。


 他殺であることは明らかだったが、それ以上捜査が進展することは無かった。
 当然、関羽の父親についても分かっていない。

 世平が幼い頃から関麗を好いていたのは知っている。
 彼女の死にどれだけのショックを受けたのかも、側で見ていた。
 老夫婦に金銭的な援助をしているのも、関麗への深い愛情故のこと。

 それは今も変わらない。
 世平はこれからも関麗を愛して、老夫婦と共に関羽を守り育てていくだろう。


「あの時はありがとう」

「あの時って?」

「関羽が行方不明になった時だ。お前が見つけて戻ってきてから、あの子は前を向くようになった。少しずつ堂々と生きるようになった。今じゃ、沢山の友達に囲まれて、毎日が楽しそうだ。お前が関羽と友達になってくれたお陰で、関羽の今がある」

「あら、私はただ関羽ちゃんと友達になって遊びたかっただけよ。世平おにいさん達が、引っ越して来たばかりで馴染めなかった私と遊びたいからって誘ってくれた時みたいに。それは当たり前のことじゃない?」


 関羽と○○の境遇は違うけれど、周りに溶け込めずに独りでいるしか無かった点は同じ。
 父親が分からず、母親が遺体で発見された関羽を、近所の人間は敬遠していた。影では様々な憶測が飛び回った。
 大人は関羽の前では表に出さなかったが、子供は違った。
 無邪気に心無い言葉を浴びせ、手を上げる子までいた。
 自分は要らない子――――彼女がそう思い込むのは当然の環境だった。

 行方を眩ませたのもその思い込みによる衝動的なもの。

 世平や老夫婦は近所を回って情報を集めたが、皆、非協力的で捜索は難航。
 そこへ○○があっさりと関羽と手を繋いで帰ってきた時の彼らの顔は今でも笑える。

 それから○○は関羽の親友兼姉として、関羽の学校以外のほとんどの時間を一緒に過ごすようになった。


『関羽を虐めたいならまず私を泣かせてからね。あらあらぁ、どうして君が泣いているのかしら。私、何か悪いことをしている? 君達よりも悪いことをしているかしら? ねえ、お姉さんに教えてちょうだい。何の罪も無い小さな女の子に酷い言葉をかける子と、ただその子を片手で持ち上げているだけの私、どっちが悪い?』



 自分の前で関羽を罵ったがたいの良い少年の襟首を掴んで片手で軽々と持ち上げ、にっこりと笑って他の子供に問い掛けて答えを促してから、関羽が虐められることはめっきり減った。○○が見た目に似合わず怪力持ちであることを知っているのは世平と関麗だけであったから、いつもおっとりと微笑んで接してくれる美人のお姉さんのこの姿が彼らはよっぽど怖かったと見える。

 関羽が虐められなくなると、一部の子供が一緒に遊んでくれるようになり、それが今に繋がっている。

 関麗に似て魅力的な女性に育ちつつある彼女が周りに愛されて毎日を明るく過ごせている姿を、一歩引いたところで見守っているのが、○○にとって一番の幸せである。
 高校に入学してから学業や部活で滅多に○○に会いに来なくなったのがちょっとだけ寂しいけれど、これから先、関羽が大人になるにつれ、○○の存在は必要無くなり、遠くなっていくのだろう。



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