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【夢主と曹操が両思いになった後、もし曹操が関羽が自分と同じ混血だと知ったら】
※恐らくサイト一番のバッドエンド。
※救いは全く無し。
※死ネタ(夢主どころか原作キャラもことごとく死にます)
※グロテスクな表現。
↓要注意でお読み下さいませ↓
これは、むかーしむかしのお話。
ここからとおい場所にある谷には、さる神様をまつったとても小さな村がありました。
大事に神様をあがめる心おだやかで純粋な村人達は、神様からささやかな《恩恵》を与えられておりました。
特に村長の孫娘は、生まれた時から神様に愛され、守られておりました。
娘は、神様だけでなく村人達からもいつくしまれながら、大層美しく、心根優しい女性に育ちました。
大人になった娘は一人の将軍様と出会い、ひとめで娘を気に入った将軍様の妻となりました。
将軍様はとても優しい方でした。
娘も将軍様を愛すようになり、二人は仲むつまじく暮らしておりました。
ところが――――。
‡‡‡
「曹操様。今宵はこちらでお休みなさいますか」
「いや。自室で良い」
素っ気なく早口で返された答えに、たとえ予想通りでもわたくしの胸は締め付けられるような息苦しい痛みを覚えるのです。
久方振りにわたくしの部屋へお出でになった旦那様は、終始そわそわと落ち着かぬ様子でした。
ここには一時もいたくない――――そんな思いが透けて見えるようです。
お茶を飲み、わたくしの近況を軽く確認なさったのみで足早に退室なさいました。
わたくしの名前も、一度も呼んではいただけませんでした。覚えていらっしゃるのかも、分からなくなっています。
廊下に出て大股に離れていく夫の後ろ姿を見送り、わたくしは溜息を漏らしました。
侍女も全員外され、たった独りで過ごす部屋は、廊下よりもずっと寒いように感じます。
一人で自分のことをするのは苦ではないのですが、侍女達と他愛ない話で笑い合っていた日々が、とても恋しく思います。
一口しか飲まれなかった茶を片付け、一度も手を付けられなかったわたくしがお作りしたお菓子を自分で食べ、寝台に腰掛けました。
自分の手で整えた寝台を見下ろして、
「一体何度、独り寝の夜を越えたことでしょう」
曹操様の妻となり、どれ程の時が経ったのでしょう。
嫁いだ当初はこんな未来など予想だにしておりませんでした。
○○は故郷が懐かしく思います。
村の横を流れていた小川に足を浸け魚を追いかけていた頃に帰りたい。
祖母の手によって作られていく竹細工を眺めながら、母の作ってくれたお菓子を食べていたい。
祖父と父と一緒に、あの狭い畦道を歩きたい。
こんな所に来なければ良かったと、一体何度後悔したことでしょう。
わたくしがあの人の求婚に応じてしまったばっかりに、わたくしは身を切られるような苦痛の中にいるのです。
あの方がわたくしのもとへお戻りになりますようにと、故郷に眠る神へ何度願ったか分かりません。
わたくしには願う以外にどうすることも出来ないのです。
わたくしを妻にと求めて下さった曹操様とわたくしの間に突然入ってきた、関羽さんという十三支と人間の混血の少女。
曹操様の心は今や、完全に彼女のものとなってしまいました。
わたくしには、曹操様と彼女の絆を壊すことは出来ないのです。
関羽さんが曹操様の《同胞》だから。
本来結ばれるべき相手は関羽であったと断言された曹操様が、今日ほんの一時だけでもわたくし部屋を訪れて下さったことは大変喜ばしいこと。
そう、思わなければならないのに。
わたくしは、寝台突っ伏し咽を詰まらせました。
「……っぁ、ァ……」
関羽さんが現れるまでは、わたくしは曹操様に愛され、わたくしも曹操様を愛していました。
本当に、本当に、我が身には勿体ないくらい幸せな日々だったのです。
たった一人の為にこうも容易く壊れてしまうなどと、誰が想像出来たでしょう。
わたくし関羽さんと顔を合わせたこともありません。曹操様お願いしてみましたが、頑なに拒まれています。
ですから、関羽さんがどんな方なのかを知りません。
わたくしよりも優れた方であれば諦めもつこうものですが、顔も性格も知らぬとあれば、胸中に渦巻くモノを消化できないまま抱えるしかないのです。
きっとわたくしが先に出会わなければ良かったと思っておいででしょう。
曹操様が求婚された手前、わたくし自ら離縁を申し出ることをお望みなのでしょう。
ですが……わたくしは、今でも曹操様をお慕いしております。
わたくし自身これ以上は自分の心が壊れてしまうかもしれないと頭では分かっています。
こんなにも、苦しくて、痛くて、寒くて堪らないのに、曹操様を恨むことが出来ずにお側を離れたくないと思ってしまうのです。
いっそのことこの苦痛がわたくし殺してくれたら、どんなにか楽なことでしょう。
声を押し殺して泣くこと暫し、下仕えの少女がわたくしに料理を運んで下さいました。
わたくしの食事や入浴の世話だけはこの下仕えの少女に任されています。
曹操様からわたくしと馴れ合いはするなと命じられているようで、名前も身の上も話してくれませんし会話も長くは続けませんが、わたくしを良く気遣かってくれる優しい子です。
「曹操様……またあの十三支の部屋に入って行かれました。奥様がいるのに」
悔しげに言う少女の頭を撫で、わたくしは努めて笑顔を浮かべます。
「そんな顔をしないで。可愛い顔が台なしですよ」
「奥様……」
少女の瞳が潤んでいきます。
「わたくしのことを気遣かってくれて、ありがとう。さあ、長居すると曹操様に怒られてしまうわ」
食事を机に並べ終わった彼女を諭し、持ち場に戻って行った後でわたくしは孤独な食事を摂ります。最近は、どうしてか全てを食べることが出来なくなりました。今では、食べられそうなものだけをお腹に入れておく事務的な作業と化しております。
数ヶ月前までは、目の前に夫が、後ろには気の置けない侍女達がいてくれました。
寒い。ここは本当に、寒い……。
食事の手を止め、わたくしはもう一度寝台へ近寄りました。
枕の下に手を差し込み、そこに隠された硬質な物を引き出します。
匕首です。
嫁いですぐ、立場上命を狙われる恐れがある為護身用に持っていろと、曹操様にいただきました。
鞘から抜いて、研ぎ澄まされた刃に映り込む顔を見下ろしました。
窶(やつ)れて目の下に濃いくまもあり、とても醜い女の顔です。
わたくしは自分の顔が恐ろしくなりました。
見たくない。
見たくない。
こんな自分を見たくない。
堪らずに、その刃を己に向け――――。
……嗚呼、神様。わたくしはどうしたら良いのでしょうか。
‡‡‡
誰かの声が、わたくしの意識を呼び起こします。
気怠さに呻きながら重たい瞼を持ち上げ、寝台から起き上がりました。
声は、少女のもののようでした。
わたくしはよろけながら扉に近付き、そっと扉を開けました。
わたくしと同じくらいの背丈の、可愛らしい少女が扉の前に立っていました。
その少女は人ではありませんでした。
頭に、髪の色と同じ色をした獣の耳があるのです。
瞬間、周りの音が全て消え失せてしまいました。
人の姿に猫の耳を持つ半妖、十三支――――関羽。
彼女の口が薄く開かれたのを見た途端わたくしの胸の奥からおぞましいモノが沸き上がって来たのです。
その出口を塞ぐようにわたくしは勢い良く扉を閉めました。
『! ま、待って! 待って下さい、○○さん!』
「……っ、わたくしの名前を呼ばないで!!」
叫んで、よろめきました。
何を恐れているのでしょう、わたくしはおおわらわで部屋を駆け回り、様々な物を扉へ投げつけました。傷ついていく扉に構わず、関羽さんが消えるまで何もかもを投げつけました。
一瞬だけ見た関羽さんは、わたくしなどよりも若く、可愛い面立ちをしておりました。誰からも愛される方でしょう。
女として、わたくしは完全に劣っていたと分かりました。
同時に、わたくしが自分が思う以上に性格の悪い女なのだということも、分かってしまいました。
関羽さんであると分かった瞬間、わたくしの中に生まれたどす黒いモノ。わたくしはそれを抑えることが出来ませんでした。
嫉妬。
憎悪。
殺意。
おぞましい衝動です。
そんな醜いモノをわたくしは抱いてしまったのです。
こんな気持ち、知りたくありませんでした。
投げる物が無くなり、もう関羽さんの声も聞こえて来ません。
扉に開いた幾つかの穴から見ても人影は見えません。
わたくしはその場に座り込みました。自分の恐ろしさにただただ身体が震えています。
嫁がなければ良かった。
故郷を出ずに、故郷の誰かに嫁いで天寿を全うしていれば、こんなおぞましい激情と無縁でいられたでしょう。
このままここで独りで生きていたら、関羽さんだけでなく曹操様すらも憎んでしまいそう。
自分がどんどん醜く、邪悪に堕ちていく感覚が、空恐ろしくてたまりません。
わたくしはまた、寝台へ近寄りました。
寝台の上には寝る前に触っていた匕首が無造作に置かれていました。
もう一度手に取る気にはなれずにそのままにして、横たわったわたくしは程無くして眠りの淵へ逃げ込んだのです。
‡‡‡
「お前はもう少し利口だと思っていたが、どうやら違ったらしいな」
そんな言葉の後に、乾いた音が散らかったままの部屋に響きました。
じんと熱を帯びた痛みを頬に感じ、わたくしは斜め下に顔を向けた状態で固まっていました。
わたくしの前には、曹操様がいます。
冷淡な表情のお顔に憎悪の禍々しい焔を瞳に宿し、わたくしを睨んでおられます。
こんな顔を、こんな目を、わたくしが向けられるなんて。
「り、こう……?」
「私を理解したお前ならば私にとって関羽がどれ程大事な存在か分かってくれると思っていたが、それは私の過大評価だった」
言葉のなんと冷たいこと。
声には感情もありません。
心にもない言葉で隠していますが、二、三日前に関羽さんに無礼を働いたことに対する怒りをわたくしにぶつけているだけです。
「わたくしは……曹操様の妻です」
「私と関羽はそれ以上の絆を生まれ持っている。所詮、お前は人間。お前ならば理解してくれると思っていた私が愚かだった」
吐き捨てる曹操様は部屋を見渡し、溜息をついた。
それ以上の言葉をかけず、足早に部屋を出て行かれました。
『お前ならば理解してくれる』……?
どの口が、そんなことを言うの。
わたくしはあなたを愛していました。心の底から愛していました。
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