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【孫権に嫁ぐことになった諸葛亮の妹で、政略結婚なのに優しい孫権に惹かれる】
※現パロ
桃色チェックのカーテンを勢い良く開くと、始まりを告げる爽やかな光が身体に降り注ぐ。
ちょっと視線を落とせば自宅前の歩道に並ぶ桜の木が見える。まだ、花は咲いていない。
○○は大きく深呼吸してにんまり笑った。
今日も良い日になりそうだ!
心の中ではしゃいだ声を上げ、踊るように大袈裟に身を翻した。
機嫌良く身支度を整える。
三年という短いようで長く感じられた時間の大半を共に過ごしてきた着慣れたセーラー服。私服よりもこっちの方がしっくりくると言ったら、流石に言い過ぎか。
自分の制服姿を姿見に写し、名残を惜しむようにいつもよりもしつこいくらい入念にリボンを正した。
満足のいく出来栄えに満足した○○。胸に手を当て大きく息を吸う。ゆっくり吐き出す。
「……っうし!」
堅く目を瞑って両頬を叩いた。
朝一発目の活を入れて大きく頷いた。
「今日で最後! あたしの高校生活最後!」
今日は卒業式。
楽しかった高校生活の華々しくも寂しいフィナーレだ。
卒業式の後には演劇部の後輩達が送別会をしてくれることになっている。気を遣わなくても良いと言っていたのに、昨日の夜に新部長から高校近くのファミレスへ来て欲しいとメールが来た。
申し訳ない気持ちにはなったが、最後の日にきちんと後輩達と別れの挨拶の機会が持てるのはとても嬉しい。
○○は大股に部屋を出た。うっかり鞄を忘れて階段手前で戻る羽目になった。
鞄の中身をしっかり確認してから改めて食欲をそそる香ばしい匂いを追って一階へ下りた。
扉を開けてリビングに入ると美味しそうな匂いはより濃厚になって脳を刺激する。
見計らったようにキッチンから出てきたスーツ姿の青年へ、○○は片手を挙げた。
「はよっス、兄さん」
兄、諸葛亮は片目を眇め、長々と嘆息した。
「その口調を改めろと何千何万と言ってきた気がするが、とうとうこの日まで直そうという意思すら見せなかったな」
「あらお兄様、そんなこと、わたくししようと思えば容易いのですよ」
また、溜息をつかれた。
○○は肩をすくめた。
「ちゃんとしなきゃいけない場面ではちゃんとするから別に良いじゃん。今まで大丈夫だったっしょ?」
「今までは運良く問題が起こらなかっただけだ」
「違うと思うけどなあ」
決して過信しているのではなく、演劇部部長として様々な役柄を、アドリブ含めてしっかりこなしてきた自信があるのだ。
臨機応変に対応できる柔軟さがあるし、頭の回転も兄には劣るが充分速いと思う。
頬を膨らませつつ座た○○は朝食を見て目を輝かせた。
「なんつー贅沢! 朝飯に桃のゼリーがある! 卒業式だから? 卒業式だからですね兄さん!」
「大袈裟な」
「いやいやいや、ゼリーがあるのと無いのとでは朝のテンションは全然違うんスよ兄さん」
強い口調で言い切る妹に呆れたような冷めた視線をやって、諸葛亮はソファに置いた鞄を持った。
「私は先に出るぞ」
「ウィッス。いってらっしゃいやせアニキィ!」
今度は睨まれた。
諸葛亮が仕事に出掛けたのをしっかり確認し、○○は嬉しそうにがっついた。
普段から兄からも友人からも女らしくしろと口五月蝿く言われているが、本人は先程の兄とのやり取りにもあったように、その場に合った皮を被って対応すれば良いという非常に安易な考え方をしている。
人生そんな付け焼き刃なやり方で渡って行ける程甘くはないと身をもって知るのは、いつになるのやら……兄の悩みが解決されることは、ついぞなかった。
空になった皿を前にパンと音を立てて両手を合わせ「ご馳走様でした!」頭を下げる。
テキパキと片付けて歯を磨き、戸締まりをして家を出る。
先月拡張されたばかりの歩道を歩きながら、○○は感慨深げに目を細めた。
この道を歩くのは、もう無い。
夜にはこの街を出て行くからだ。
会ったことも見たことも無い男性に嫁ぐ為に。
‡‡‡
諸葛亮と○○は、実の兄妹ではない。
○○の母方の従兄弟で、叔母にあたる彼の母親が父方の祖父に無理を言って親を失ったばかりの幼い○○を引き取って育ててくれたのだ。
今は一人暮らしを心配した諸葛亮と同居しているが、叔母は○○が自分達から離れて暮らすことに強く反対していた。
祖父が○○を強引に手元に置きたがっていたからだ。
有名な政治家だった祖父と、一人息子だった父は母との結婚を境に絶縁状態だった。理由は母子家庭で高卒の母が家格に釣り合わないと祖父が交際を認めなかったからだ。
苛烈な嫌がらせで母を精神的に追い詰めた祖父は、両親が事故死すると○○を引き取ると突然現れ、○○を強引に連れ去ろうとした。
その場に居合わせた女性が誘拐だと大騒ぎして未遂に終わったものの、そのことがあって○○は祖父を見るだけで大泣きする程怯えてしまった。それもあって親権もすんなりと叔母に移った。
祖父は、○○を息子の代わりにしたかった。自分の跡を継ぐ立派な政治家に育て上げたかった。明治より代々国を支えてきた由緒ある一族を絶やさぬように。
けども都内では平均的な偏差値の県立高校に入学し、成績が自分の望むようなレベルにないと分かるや、祖父は○○の《使い道》を変えた。
才能がないなら、余所から補填して血を繋げば良いのだと懇意にしている政治家の次男に目を付けた。そこには、後々自身にとって脅威になるだろう会派を今のうちに自分の会派に取り込む意図もあった。
叔母や○○の知らぬところで勝手に縁談をまとめた祖父は、○○に事務的な文章の手紙でこれを知らせた。叔母の通う病院や、諸葛亮を含む兄弟達の勤める会社に圧力をかけると臭わせながら。
叔母達は気にしないで良いと言ってくれたが、家に異常に固執する祖父の行動はもはや暴走と言うべきもので、これを拒んだ場合彼が次にどんな行動に出るのか○○には分からず恐怖した。
だから、幼い頃からのお芝居の夢を諦めて縁談を受け入れた。
卒業式は、高校生活の終わりであり、○○の人生の終わりでもあった。新生活の始まりなどとと言う希望に明るい言葉は、使えない。
だが、○○も何でもかんでも受け入れる訳ではない。
縁談を知る前に受かった大学にはしっかり通わせてもらうし、劇団にも入る。
夫になる相手には普段の状態で接するし、諸葛亮達とも普通に会う。
祖父の思うような淑女には絶対にならない。
これで婚約がぶち壊しになれば祖父も憤って○○に関わることも無くなるかもしれない。
諸葛亮にだけそれを伝えており、勝手に安易に決めたことはしこたま怒られたが、決めてしまったものは仕方がないと存外あっさりと許してもらえた。少し、寂しかったのは秘密だ。
「○○ーっ、寂しいぞー!」
「あんたの演技を見れないなんてつまんないぞーっ!」
「お前らー! あたしもだーっ!」
卒業式終了後、友人達と抱き合って大声を上げる。泣くよりも笑顔でとは言っていたものの、誰もが目に涙を浮かべている。
「さあお前ら今度は部活の後輩達を抱き締めに行こうじゃないか!」
「「「イエッサー!!」」」
友人を連れて高校を出る。
が、○○達の前に、黒い車が停まった。左ハンドルの外車だ。
誰かを迎えにきたのだろう。○○には心当たりが有った。
同時に、落胆。
送別会にも行けないのか……。
○○は足を止め、車を見つめた。
運転席の扉が開く。
スーツをやや着崩した青年が降りてきた。
「あっ」
○○は声を上げた。
それが、知っている人間だったからだ。
赤茶の髪を後ろで束ねた青年は満面の笑みを浮かべて片手を挙げた。
「よお」
「周瑜さん」
諸葛亮の働く会社と技術提携を結んでいる会社の重役、周瑜である。
以前あるプロジェクトの話し合いが会社で終わらず、自宅に来たことがある。諸葛亮がやたらと周瑜と○○の間に入って会話を妨害していたのを覚えている。
「久し振りですね。何でここにいるんスか?」
「はは。相変わらず見た目に合わない言葉遣いだな」
近付いてきた周瑜は○○の頭を撫でた。
諸葛亮とは類の違うイケメンに、○○の友人達は見とれている。
「○○を迎えにきたんだよ」
「そらまた何で」
「オレの上司の弟と婚約しただろ?」
「上司って……孫策さんですよね? その弟さんって……ええと……確か、孫権さんでしたっけ?」
会ったことはないが、諸葛亮と仕事で話している時に名前と、年齢が近いとだけ聞いた覚えがある。
……そう言えば二人の父親が政界の重鎮だとも聞いたような――――。
……。
……。
……。
「まさか、あの人がまとめた縁談の相手って」
「孫権のことだよ。諸葛亮から聞かされてなかったか?」
○○は首を横に振った。
兄さんがえらくあっさりしていた理由はこれか!
教えてくれなかったのは事後報告をしたあたしへの意趣返しらしい。
「まあ、孫権はお前の意思に背いてことは運べないって父親に言っているから、まだ正式なものじゃないけどな。今回はお互い顔合わせの食事会だよ。だから、今はまだ諸葛亮の家から離れなくて良い。このまま街に残って良い」
「え、マジッスか。じゃあ縁談拒否っても良いんスね。あざーッス」
「オレとしてはこの珍獣と孫権の子供がどうなるのか見てみたい気もするがな」
「いやいやいやいやいや珍獣て。珍獣て、あーた」
周瑜は楽しげに声を立てて笑った。
「で、今から暇か?」
「部活の送別会があります隊長」
「じゃあ、終わったら電話をくれ。迎えに行くから」
「良いんスか」
「ああ。折角の卒業式なんだ。満足のいくまで仲間と過ごして来い。ただし、満腹にはなるなよ」
「周瑜様あなたは神か」
周瑜は○○の背をそっと押す。
「あざっス!」○○は深々と頭を下げて友人達の手を引き待ち合わせの場所へ向かった。
その道程で散々周瑜について訊かれたが一言美人の嫁がいると言ったらぱたりと無くなった。
‡‡‡
「……うわ」
満腹になるなってこういうことだったのか。
送別会の後、周瑜に連れて来られたのは落ち着いた高級感のある料亭であった。
「うえぇ……背中が痒くなりそうな高そうなお店ですな」
「まあ、アンタの祖父が祖父だからな」
「ですよねぇ」
その辺の定食屋だったら、祖父の耳に入った時が面倒だ。
周瑜の後ろについて中に入ると、女将が出迎え、個室に案内してくれた。
女将の笑顔に送られて中に入ると、中には二人の男が。
その片方を見て、○○は声を張り上げた。
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