張世平
命の恩人だから好きになったのではありません。
世平さん自身が素敵な方だから好きになったんです。
好きです。
好きです。
けれど、私には声がありません。言葉を乗せてあなたに伝えることが出来ません。
私には右手の親指と左手の人差し指と中指がありません。文字を書いてあなたに届けることが出来ません。
どうすれば、あなたに私の想いは伝えられますか?
‡‡‡
黄巾賊に町を焼かれました。
黄巾賊に家を壊されました。
黄巾賊に親を殺されました。
黄巾賊に私は嬲られました。
私は全てを黄巾賊に奪われてしまいました。
私は必死に逃げ惑いました。木の根すらも生きる糧と口にして、土ごと噛み締めました。何度お腹を壊したか分かりません。ですが、生きる為にどんなことでもしました。
そうして私は、曹操と言う方の下で黄巾族と戦っていた猫族に拾われたのです。
猫族は優しい方でした。行き場も無く衰弱しきった私を迎えて助けて下さいました。
以後、私はこの方達と行動を共にするようになります。
関羽さんと世平さんは一番私を気遣って下さいます。
関羽さんが親友、世平さんが大事な方になったのは私が猫族の方々に拾われてすぐのことでした。
関羽さんはそれを知ってしまうと何故か異様に張り切って、私と世平さんを二人っきりにするようになりました。
関羽さんの優しさはとても嬉しいです。
ですが、私は知っています。
世平さんには忘れられない方がいらっしゃいます。
それはきっと、関羽さんのお母さんだと思います……多分。
世平さんは、時折関羽さんを見つめながら、彼女を見ていないことがあるのです。遠い目をしている彼は、関羽さんに誰かの面影を探しているように思えます。関羽さんに面影を探すのなら、それは関羽さんのお母さんなのでしょう。
関羽さんはお母さんのことを知りません。
けれど、世平さんは知っているのではないかと思うのです。訊ねることは出来ないのでこれはあくまで予想なのですが――――。
「……ん? どうした、○○」
ああ、考え込んでいました。いつの間にか、世平さんの顔を凝視していたようです。私が摘んだ山菜を洗っていた手が止まり、不思議そうに私を見ていました。
ただ昔のことを思い出していただけなのに、どうしてか世平さんのことになっていました。それに、一緒に洗っていた私の手も止まっています。
私は慌てて首を横に振りました。山菜を再び洗い始めます。
「そうか。しかし、いきなり降ってきやがったな。早めに釣りを切り上げてきて良かった」
外は土砂降りです。ただの通り雨なのですぐに止むとは思いますが、劉備さんのところに遊びに行った関羽さんは大丈夫でしょうか。雷鳴が聞こえますし、雷が苦手な彼女は、一人で怯えてはいないでしょうか。
止んだら、迎えに出てみましょう。
「そう言えば、○○」
世平さんが私を呼びます。
「お前、趙雲とはどうなんだ」
また、手が止まりました。
趙雲さんは今私達がお世話になっている公孫賛様に従う武将さんです。
私が喋れないことを同情してのことでしょうが、優しく、気を遣って下さいます。公孫賛様同様、猫族に対し偏見を持っていないおおらかな人です。
世平さんは何故か、私と趙雲さんの仲を勘違いしておられます。
何度も誤解を解こうとしているのですが、やはり上手く行きません。言葉も話せないのでは、やはり解けません。
「お前もそろそろ良い年だ、嫁ぐことを考えるべきなんじゃねぇか?」
どうして私は声が出せないんだろう。
どうして私は字を書けないんだろう。
こんなにも溢れ出しそうなのに、あなたには少しも伝えられません。
もどかしくてもどかしくて、悔しくてたまりません。
「関羽も、お前も、いつか俺のもとを離れちまうんだろうなぁ……」
世平さん。
あなたにとっては、私は娘のような存在なのでしょうか?
……いいえ、とても嬉しいことです。家族を失った私に新しい家族が出来ることはとても嬉しいです。
でも、私はそれじゃ駄目なんです。
「○○? どうした?」
好きです。
私はあなたが好きです。
あなたには届きません。
「……ああ、関羽を迎えに行くんだな。だが、止んでからの方が良い。関羽を迎えに行って濡れちまったら元も子もねえだろう」
笑わないで下さい。
そんな風に笑われると、胸が酷く痛みます。
あなたにとって私は私の望む場所に立たない、娘のような存在だと知らしめられて、窒息してしまいそうなんです。
気付いて下さい。
私は世平さん、あなたがずっと前から好きなんですよ。
たとえ、忘れられない人がいても良いんです。
ただ、ただ。
私自身を《女》として見て下さるだけで良いんです。
どうすれば、あなたに私の想いは伝えられますか?
○●○
まさかの世平夢。
しかも悲恋です。
昔からです。異様にすらすら書けるのは大体ギャグかアクションか悲恋のどれかなんですよね。
科白が少なくてすみません……。
ちなみに猫族の人達はこの夢主に問いかける時は大体イエスかノーで答えられるものか、選択肢を用意してくれます。
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