関羽
俺はいつだって不運な男だった。
生まれながら心臓に持病を持ち、双子の妹にも勝る武勇を自負しておきながら満足に剣を振るえない。
いつだって、いつだって、俺が妹の助けになれることなど無かった。
双子と言っても兄は兄。
助けるだけの力はあるのにただ妹に、仲間達に助けられる自分がただただ不甲斐なかった。悔しかった。悲しかった。辛かった。
自分が情けなかった。
俺だって戦えるのだ。妹よりも強いんだ。
だから、守りたい。
守りたいのに、ままならない。
役に立てないのなら、俺は一体何の為にこの武を手に入れたのか。
天帝に直談判したいくらい、悔しい。
‡‡‡
村がいやに騒がしい。
俺は身を起こし、寝衣のまま寝台を出た。
耳を澄ませれば剣撃の甲高い音だ。怒号混じりのそれは鍛錬とは違う、まるで敵と抗戦しているかのような――――。
「人間が襲いに来たのか?」
俺はその声に弾かれて壁に立てかけてあった愛刀を手に取った。鞘を取り捨て部屋を飛び出す。
家を出た瞬間、近くで悲鳴が上がった。近所の娘だ。
急行した俺は娘に向かって剣を振り上げた人間の兵士に躍り掛かる。剣を肩口を切りつけ怯んだ隙に側頭部を蹴る。娘の手を引き背に庇った。
「□□……!」
「怪我は?」
「な、無いわ……でも、あなた、身体は……!?」
「問題無い」即答し、取り敢えず兵士を昏倒させる。
娘を安全な場所に逃がして周囲を見渡した。
至る所から抗戦の音がする。怒号が飛ぶ。
何で人間がここにいるんだ。今まで人っ子一人迷い込んできたことなど無かった筈だのに。
こいつは兵士だ。兵士ならば率いる人間がいる、
そいつを殺しはせずとも痛めつけて撤退させればひとまずは――――。
「□□兄さん!」
俺の思案を遮り、後ろから飛びついてきた影に一瞬だけ体勢を崩しかける。
身を捩って振り返れば双子の妹、関羽で。多分俺を心配して飛んできたのだろう。
不安そうに瞳を揺らす関羽の頭を撫でて俺はやんわりと剥がした。
「関羽。人間が来たのか?」
「そうなの。大勢の人間がいきなりやってきたらしくて……」
「このままだと死人騒ぎになるかもしれねえな」
顎に手を添え前に進もうとすると、関羽は腰に抱きついてきた。驚きはしない。予想された行動だったからだ。
分かり切った答えだけれど、声を穏やかに問いかける。
「どうした? 怖いのか?」
「兄さん、身体は大丈夫なの? 昨日発作を起こしたばかりでしょう?」
ほら、やっぱり。
我が妹ながら、優しく育ったものだ。世平さんもさぞ心配だろう。
俺は関羽の頭を撫で、歯を剥いて笑って見せた。
「大丈夫だ、関羽。それに俺はお前の双子の兄ちゃんだろ? この状況を放っておけると思うか?」
「思わない、けど……だから、」
「十三支だぞ!」
「おっと……」
敵さんが来たようだ。
俺は関羽を剥がして剣を構え直した。関羽が呼び止めるよりも早く建物の影から飛び出した数人の兵士に肉迫し腕を切りつけた。筋を断ち戦闘力を奪う。
一瞬のことだ。関羽に助勢の暇も与えぬよう、彼らを倒す。
「関羽、劉備様は」
「今捜しているところよ」
「じゃあお前は劉備様のもとに行け。この分じゃあ、劉備様の家に行っていてもおかしくはねえぞ」
「それじゃ、兄さんも一緒に――――」
「いや、俺は逃げ遅れた女子供の援護をする」
一人ずつうなじを殴って気絶させ、周囲を見渡しながら関羽の言葉を遮る。
関羽は当然、拒否した。
「そんなの駄目よ! もし発作起こしたら危険だわ」
「そこまで無理はしねえさ。俺もまだ死にたくねえし。くれぐれも、劉備様を頼むぞ」
「っ、待って兄さん!!」
関羽が追い縋るのを全速力で引き離し、村の中を捜して回る。
途中遭遇した兵士達は全て同様に武器を振るえなくした。
一旦立ち止まって、家屋の屋根へ跳躍。村の中を広く見渡す。
関羽にはああ言ったが、俺の目的は人間の頭を見つけて潰すことだ。そうすれば軍は瓦解し、撤退を余儀無くされる。撤退した後は村近辺の道を封鎖するなり罠を仕掛けるなり絶対に見つからないような避難場所を作るなりして対策を練れば良いだけだ。
目を凝らし、頭らしい人物を捜す。
――――見つけた。
俺は唇を舐めて屋根を蹴った。
その人物に向かって駆け、角を曲がり、兵士達を死なないまでに切り捨てる。
後ろ姿を見つけた途端に高く跳躍して襲いかかる。
別に気配を消していた訳でもない。
簡単にバレて受け止められた。
ガキンと耳障りな音と共に火花が散る。馬の尻を蹴りつけて後ろに跳躍して家屋の屋根に着地、困惑して暴れ始めた馬を宥める男を見下ろして剣を構え直した。
「……」
まるで闇のような男は俺よりも幾らか年上のようだ。少なくとも二十歳は超えているだろう。
俺を見上げ目を細める男に向かい、俺は声を張り上げる。
「人間が俺達の村に侵入してくるな。汚らわしい十三支と罵るのなら踏み込まなければいいだろう、見ない振りをすれば汚いものを見ずに済む。人間はそんな簡単なことにも思い当たらないのか?」
人間相手に隙を見せることは無い。悠然とした姿を意識して、男を強く見据える。脇から飛来してきた矢は目を向けずとも少し身体を傾けるだけで容易く回避出来た。
男は俺を値踏みするように眺め回した。寝衣のままで、病み上がりだという認識でもされるかもしれない。だがそれも構わない。この日一度切りだ。これ以降一生会うことも無い……筈だ。
「……こちらも、お前達に話を聞かぬ訳には行かぬのでな」
「話?」
「こちらに、黄巾賊が逃げ込んだ筈だ」
「知らねえな。こちら、つったってこの山に囲まれた土地には逃げ込める場所はごまんとある。お前らみたいに頭の回らない連中じゃないんなら、十三支の住む村なんぞに好んで入ってくるかね。この村では人間一人近くまで入ってきただけでも大騒ぎなんだからよ。誰かが人間の侵入に気付かない訳がない」
こんなところで時間潰してる暇があるなら、さっさと出て行けよ。
逃げられても良いのかと飛び降りて鼻で一笑して嘲る。
「それとも、あんた頭が良さそうな顔しといて、実は俺らが人間を匿っているのかも〜、なんて馬鹿馬鹿しいこと考えてる訳でもねえよな? どんだけお人好しなんだよ、猫族は。黄巾賊がどういうものなのかは知らねえけど、お前らの都合で世界動いてる訳じゃあないんだぜ? そんくらいのことも分かんないのかねぇ、人間《サマ》は」
肩をすくめる。
挑発なんて滅多にしないが、意外と口が滑るものだ。何せ学が無いから言葉の一つ一つに大した力も無いだろうが、ちゃちな言葉なら次から次へと思いつくものだ。
しかし、挑発なんて意味は無いようだ。
男はむしろ楽しげに俺の様子を観察していた。
「お前の耳……片側しか無いようだが?」
「……」
それがそんなに珍しいもんかね。
俺は片目を眇めた。
もう猫族の中じゃ俺の耳は片っぽだけで通ってるんだけど。
俺は後頭部を掻いた。
「混血だと色々難儀するんだよ。これは猫族の奴らに耳切って見せただけ」
隠しておくようなものでもない。
だから平然と暴露した。
――――が。
「……混血?」
男の様子が、一変したのだ。
おい、何事だこれは。
目の色を変えて馬を下りた男に、頭の中で一斉に沢山の警鐘が鳴り響く。一瞬、俺の頭の中ってこんなに警鐘あったっけ、なんて物凄く間抜けなことを考えたのは現実逃避だ。
俺は剣を振り、横に跳躍して男から離れた。
すると――――。
「□□!!」
「……関定!」
近くの建物の影から飛び出してきたのは気の置けない親友だ。
彼は男に気が付くとその様子に目を細め、俺の腕を掴んで引いた。
顔を寄せ合い、小声で話し合う。
「ちょいちょい、□□さん。何かヤバくないあいつ? 何か目の色変だぜ?」
「ヤバヤバだな。俺が混血だって分かった途端あんな顔になっちまった。どうする? 親友」
「どうするって……いやいや、そこは決まってるだろ」
「「三十六計逃げるに如かーずっ!!」」
俺と関定は同時に駆け出した。
幸い、あの男は追いかけてくる気配を見せなかったが、振り返った時に見た、無邪気で残酷な笑みに、背筋がぞっとした。
しかし、混血という単語にどうしてあんな、過剰なまでに反応を示したのだろう。
……いや、分からなくても分かっても、関羽とは血の繋がってない双子だって、通した方が良いかもしれない。顔が似てないから、俺か母さんに拾われたって言っとけば……誤魔化せなくもないか。
関羽も混血だと知られると、厄介なことになりそうな気がする。
俺は襲いかかってきた兵士を関定に代わって切り捨て、嫌な予感めいた心地に顔をしかめた。
あれが混血に反応を示したのは、全くの予想外だ。
今日限り――――にならないかもしれない。
ごめん、猫族。
心の中で、俺は謝罪した。
●○●
ほぼ思い付き。
今まで関羽の双子の姉妹しか書いてなかったので男の双子でも良いじゃない! って思ったので。
けどこの話は私絶対続編書けないです。自分で書いておきながらですが、曹操初っぱなから怖い……。
それに原作崩壊するような気がします。
もっと別の話にすれば良かった……。(・ω・、)
メインの相手がうやむやですが、関羽との家族愛ということにしていて下さい。関定友情でも大丈夫ですけど。
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