クラウス
俺達程、陰陽のはっきり分かれた双子はいないだろう。
世にも珍しい一卵性の男女の双子である俺達は、昔からほとんど一緒にいなかった。
妹のティアナは誰からも、誰よりも愛され、眩いばかりの光のオーラを常にまとう。
対して俺は、日陰にいるような目立たないタイプ。服は全て黒一色、笑ったことなんて一度も無い。
人は言う。
ティアナの髪は太陽みたいだけれど、
■■の髪は澱(よど)んでいるね。
ティアナの声は元気になれるけど、
■■の声は不吉なものを呼び寄せそうだね。
二卵性なら良かったね。顔も同じじゃなかったらまだましだったかもしれない。他でもないティアナの為に。
俺が必要だって言うのは両親とクラウスだけだ。まあ、両親は産んだんだからそう言うしかないよな。親が子を否定すれば、救いが無い。俺みたいな厄介な子を産んだのが運の尽きだ。
何もかもが違う俺とティアナは魔力の類も正反対。
ティアナの妨害しかしない力だもの。
■■という存在は、ティアナの側にいるべきではないんだよ。
「■■」
「おー、クラウス兄さん。元気?」
「その腕は何だ」
「噛まれた」
だらりと垂れた右腕を見下ろせば、真っ黒な袖の下から覗く手からは止めどなく血が流れ落ちている。
このキンバールトの森にまでわざわざ捜しに来てくれたらしいクラウス兄さんにさらりと返し、俺は座していた大岩から飛び降りた。
歩み寄ってくる彼にこちらも近付くと、軽く叩くように頭を撫でられた。
「不幸移るぞ」
「それは周りが勝手に言っているんだろう。実際俺が不幸になったことは一度も無い」
「そう思わないとやっていけないんじゃ?」
「そんな訳があるか」
クラウス兄さんは屈み込むと俺の腕を掴んで袖を捲り上げた。ぶちぶちと固まった血と共に剥かれるものだから、収まった痛みがぶり返してしまう。
けれども俺の表情が動くことは無い。痛みにはもう慣れていた。こういうのは昔からだから。
「……深いな」
「だろうなぁ。噛まれた時軽く振っちまったから、思ったより深く食い込んじまってさー」
いつもはこんなこと無いのに。
「一旦帰るぞ」
「だが断る。あ、応急セットはあっちにあるぜ。悪いけど取ってくんね?」
「……何日、家に帰っていない?」
「多分一週間くらいじゃね? あ、ちゃんと川で水浴びしてるし、替えの服とかも洗濯してるから」
彼の腕を一旦剥がして家から持ち出したバッグを取りに行くと、持ち上げる直前にクラウス兄さんに奪われた。
すると少々乱雑にバッグを開かれて、自腹で買った救急セットを取り出された。
「腕を出せ」
「ほい」
クラウス兄さんの手際は俺よりも早い。ざっくばらんな俺の処置を、クラウスの兄さんがやり直すのもしょっちゅうだ。
「今回は狼か?」
「おう。昼間だったから大丈夫だと思って油断した」
俺以外に人がいなかったのが不幸中の幸いかもな。
そう言うと、クラウス兄さんは長々と嘆息した。
「どうにかならないのか、この体質は」
「母さんも父さんも難しいって言ってる。制御も出来ないから、ずっとこのままだろうってさ。制御出来てたら家にも帰らないってことは起こらないだろ?」
俺の魔力は、動物を暴走させる。
両親は将来のことをおもんばかって早々にティアナと俺の力について、俺だけに説明してくれた。
ティアナを避けていても家にだけは毎日帰ってきていた俺が、家を数日開けるのが普通になったのもそれからだ。
ティアナはまだ知らない。その時まで知らなくて良いと母さんに言われたことを、俺は忠実に守っていたのだ。
俺がティアナを避ける理由は、ただティアナが嫌いだから。皆が思っているもので良い。
ティアナが可哀想。
皆が言う。
そう、それで良いんだ。
俺が一人で離れた場所にいれば、被害は大きくならずに済む。
クラウス兄さんは俺の治療を終えると、袖を正してまた嘆息した。
「……俺の方でも調べているが、お前のような体質を持った人間は記録に無いようだ」
当然だ。
母さん曰く、俺は突然変異らしいから。母さんの息子として、相応しくない厄介な力だ。
「クラウス兄さんも、早くこの森を出た方が良い。またいつ襲ってくるか分かんねぇしさ」
俺は綺麗に処置された腕をぱりぱりになった袖の上から撫でて確かめていると、クラウス兄さんに肩を叩かれた。
「ティアナが心配していた。今日中に家に戻れ、良いな?」
「おう、後ろ向きに検討するわ」
「■■……こら、待て!」
救急セットを持ち上げてバッグの中に戻し、駆け足にクラウス兄さんから逃げる。
クラウス兄さんが呼び止めていたけれど、俺がその声に従うことは無い。
家に戻れ、だって?
クラウス兄さん、それは死亡フラグと言うものだ。
俺が今家に戻れば、確実に大騒ぎ――――いや、死傷者が出る。
暫くは家に帰ってはいけないんだ。
だって、今ティアナの家には、四匹の獣がいるのだ。
種類もロッテから――――ロッテには昔から怯えられてるから少々要領を得なかったけれど――――話を聞いて把握している。
うち二匹が、暴走すれば取り返しのつかないことになる猛獣だ。
そんなのがいる状態で、獣を暴走させる俺がむざむざと帰れる訳がないだろ。
「……カトライアから出るのも一つの手か」
森の奥深くまで逃げ込んで、俺は木に寄り掛かる。そうして、日の差し込む梢を見上げて口を薄く開いた。
誰もいない辺境の土地で、飢えた獣に襲われて死ぬのも悪くはない。
誰も襲われないなら、それが一番なんだろう。
「どうにかならないか、か……」
無理だって、クラウス兄さん。
もう、小さい頃に諦めてるよ。
●○●
クラウスとの友情になるのかなぁ……。
思い付いたは良いけど、落ちまでははっきりしてないです。男主の力が曖昧なのもその所為。でもこれ以上設定組んだら続いてしまいそうで怖い。
けど最終的に死ネタなんじゃないかという気はしてます。
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