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周泰の実戦姿を見るのは、初めてかもしれない。
恐ろしい程の剛力で曹操を圧倒しながら、不規則かつしなやかな軌道で翻弄する。軽やかに踊っているように見えるが、その実一撃一撃が非常に重い。前に張飛が周泰の一撃を大岩をぶつけられているようだと興奮気味に話していたことがあった。これを見て、それがよく分かった。本当に、大岩の一撃だ。あんな激しい攻撃、わたしじゃ受け止められない。
絶え間無い舞の連撃を受け止める曹操もとても辛そうだ。あれではあと数合も保つまい。
周泰はくるりと得物を回し一際強く振り切った。
間一髪受け止めた曹操の身体は、実に呆気なく、簡単に飛ばされた。壁に身体を強か打ち付け呻きながら両手を付く。
それを視認して周泰は関羽を振り返った。短く頷き駆け出す。
関羽はそれに従おうとした。
けれども。
「曹操様!!」
「曹操様、いずこにおられます!」
兵士達の声が、至る場所から聞こえてきたのだ。きっと火が回ってきた為に手分けして曹操を捜しにきたのだろう。
声は幾つか近い。このままでは見つかって時間を浪費してしまう。
周泰を呼ぶと、彼は目を細め周囲を見渡した。つかの間思案し、関羽を呼んで別方向へ走る。
彼が向かったのは裏手の城壁の上だ。下を見れば桟橋にて城を見やる猫族と人間達の姿が。一足先に脱出した張飛達がこちらに気付き彼らを呼ぶ。
彼らに向かい、周泰が声を張り上げた。
「曹操軍に見つかる前に船を出せ!! 関羽と子供達は俺が連れていく!!」
「周泰! でも!!」
「子供を助けて親を危険に曝す気か!!」
初めて聞く怒声から、彼の必死な感情が垣間見えた。
関羽も身を乗り出し船を出すように劉備に言う。
と、裏手に回り込んできた曹操軍が、声を張り上げて軍に知らせる。時間が無い。
「「早く!!」」
思わず叫べば声が重なる。
劉備は曹操軍を見、周泰を見上げて大きく頷いた。
「必ず!! 周泰、君を信じるから、関羽達と共に必ず無事に合流すると約束して欲しい!!」
周泰は大きく頷き関羽の肩を叩いて別の方へ駆け出した。
関羽も劉備達に努めて笑顔で大きく頷いて見せた。
周泰は城内へ続く階段に関羽達を残し一人城に戻り、ごうごうと炎の燃え広がる内部を確認して戻ってくる。
「関羽。こちらに」
「ええ」
城壁を走り曹操軍のいない方角へ回り込む。
下を見下ろし、
「なるべく高く跳躍して飛び降りれるか」
「え!?」
関羽は仰天した。当然首を左右に振る。
「そんな、無理よ! この高さじゃ死んでしまうわ!」
「死なない。俺が死なせない」
強く断言し、背中を押す。
子供達は周泰の言葉を理解しており、怯えた風情で関羽にしがみつく。
周泰は彼らの頭を撫でた。
撫でて――――ふ、と微笑を浮かべて見せた。
関羽はあ、と声を漏らして周泰を見上げた。
笑った……周泰が。
状況も忘れて思わず見入る。
「鳳凰という鳥を知っているか」
「……うん。おじいちゃんから聞いたことあるよ」
お伽噺で、だろう。
女の子が頷くと、周泰は笑みを深める。
「俺には、鳳凰様の加護がある。だから、墜ちても助けてやれる」
「……本当に? 兄ちゃん、本当に鳳凰様が助けてくれるの?」
「ああ。本当だ」
はっきりと肯定する周泰は、関羽にも笑みを向ける。不安を払拭するように。
それを見、何故か顔が熱くなる。同時に信じてみようと言う気が起こった。
こんなに力強く助けると、死なないと言ってくれるのだ。彼はこんな状況で嘘をつく人じゃない。
「……分かったわ。行きます」
「ああ。子供達をしっかり抱き締めていろ」
「ええ」
関羽は子供達に頷きかけ、縁に上った。
出来るだけ高く跳躍、出来るだけ高く――――言い聞かせ、足に力を込める!
浮き上がる感覚は一転急速な落下に臓腑が取り残されるよう浮き上がる。
されど関羽は取り乱さず、努めて冷静に子供達を抱き締め周泰を信じた。
そして――――見る。
五色の聖炎を。
‡‡‡
関羽は一瞬夢かと思った。
絢爛なそれは巨大な鳥である。
鳥と言えども、様々な動物を融合させたような、この世に在らざる美しい鳥だ。
その亀の背に受け止められ、ふわりと浮上する。その硬く暖かな感触は現実であると関羽に突きつける。
ならば周泰は――――振り返ろうとすると、
『動くな』
鳥が、声を発した。
しかも、周泰の声である。
関羽は仰天し困惑した。
「え……しゅ、周泰? 周泰、なの? 鳳凰の加護って、あ、あなた自身が鳳凰だったってこと!?」
『正しくは雌の凰だがな』
「め、雌? でもあなたは男で……、え、えええ?」
分からない。
何がなんだか分からないわ。
いきなり周泰が鳳凰で、雌の凰で、喋って、飛んで――――。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、混乱しているわ」
『考える必要は無い。今回限り故』
そ、それはそれで残念な気が……。
狼狽(うろた)える関羽の側で、子供達は無邪気で自由なものだ。助かった歓喜と、お伽噺の存在にじかに触れられる興奮できゃらきゃらとはしゃいでいる。
「兄ちゃんすげー! 鳳凰様だ!」
「すごいすごい!! おじいちゃんに話す!」
「……子供の柔軟さが、少し羨ましいわ」
それは、心からの呟きだった。
すると、周泰が僅かに笑ったような気がする。
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