宮綺の質問には、身構えた関羽は勿論、警戒していた恒浪牙も思わず脱力した。

 何を訊ねられるのかと怖々していたのに宮綺の小さな口から飛び出したのは、関羽の《恋愛観》を問うもの。
 異性の好みに始まり、色んな状況、異性に対し恋愛する場合どうするか、他様々なことをかなり詳細に答えさせられた。
 関羽へ質問を重ねていくうちに宮綺に熱が入っていき、身体ごと関羽に迫るようになり、見かねた恒浪牙がやんわりと剥がす時には関羽が宮綺に押し倒されるような形に近い状態だった。

 恒浪牙も、名前を聞いた時から少し様子がおかしい。
 宮綺に対してぎこちない態度だ。
 知り合いという訳ではなさそうだが、訊ねようにもそんな暇を宮綺が与えない。そんな間があれば次なる質問で埋めてしまうのだ。

 途中から、異なる人種との恋愛に焦点が当てられ、宮綺もより熱を入れ始める。
 正直、目の色が怖い。


「あの……途中だけど、わたしから訊いても良いかしら」

「はい。何でしょう」

「どうして、その、恋愛のことに関してばかり訊くの?」

「お話の材料が欲しいからです」


 即答である。


「お、お話の材料……?」

「そうです」

「ああ、もしかしてこれみたいな、空想の物語を書かれるのですか?」


 恒浪牙が手にしたのは、李典が関羽に貸している永遠に終わることの無くなった恋の物語。
 宮綺は恒浪牙を振り返り、目を丸くした。


「それはお母様の……!」

「え?」

「お読みになったんですの!?」


 声を張り上げる宮綺に恒浪牙はたじろいだ。


「いえ私ではなく関羽さんが李典殿に借りて」


 宮綺はすぐに関羽に向き直り、身を乗り出した。

 関羽は後ろに仰け反り、反射的に謝罪する。


「も、もしかしてあなたのお母さんの持ち物だったの? ごめんなさい、李典に貸してもらって読んでしまって……」

「読まれたのですね? 最後まで!」

「え、ええ……でも、作者が亡くなっているから完結していない、のよね?」


 宮綺はこくこくと頷き、更に迫り来る。
 また押し倒される形に逆戻りだ。


「ちょ、ちょっと宮綺さん!?」

「読まれて如何でした!? 是非とも感想をお聞かせ下さいまし! 大丈夫です、時間は沢山ございますからどれだけかかろうとも私はきちんと一から十全てお聞きしますわ! さあ、さあ!」

「お願いだから落ち着いて! こ、恒浪牙さん!」

「あ」


 恒浪牙が扉の外を見て、軽く手を動かす。

 もう一度彼へ助けを求めると、扉が乱暴に開かれ、


「やっと見つけたぞ!!」


 夏侯淵が飛び込んできた。
 宮綺が夏侯淵を振り返った。


「あら、夏侯淵様。お久し振りでございます」

「か、夏侯淵! 助けて……!」


 思わず夏侯淵に助けを求める。

 夏侯淵は関羽と宮綺の状態を見て、軽くよろめいた。


「この馬鹿……久し振りじゃないだろ! こんな所で、十三支相手に何やって」

「あ、お小言なら後でお願い致します。私、関羽様からお母様の書いた恋物語の感想を全て聞かなければなりませんので――――」

「夏侯淵、見つけたか!!」


 また、騒々しい来客。
 今度は夏侯惇と、李典だ。


「宮綺! お前また勝手にこっちに来たのか!」


 疲れ切った顔の李典が怒鳴ると、宮綺は弾かれたように顔を上げ、


「李典兄様!!」


 関羽の上から退いて李典に突進するように抱きついた。

 夏侯惇がほっとしたように脱力し、李典が遠い目をしつつ自分そっくりの姫君を抱き留める。

 夏侯淵が長々と溜息をついた。

 だが、恒浪牙の結界を夏侯惇も夏侯淵も抜けられない筈。
 疑問に思った関羽が恒浪牙に視線で問いかけると、


「さすがにお二人も入れた方が事態が早く落ち着くのではないかと思いまして」


 などと、苦笑混じりの返答が返ってきた。

 李典にすり寄る宮綺は、まるで双子の兄に甘える妹。
 でも、こんなにそっくりで、宮綺さんは李典のいとこ……なのよね。

 関羽は乱れた身なりを整え、寝台から降りて恒浪牙の隣へ避難した。

 いとこに抱きついて満足した宮綺は上機嫌で李典を見上げ――――夏侯惇から拳固を落とされた。


「痛いですっ!」

「痛くしたのだから当たり前だ! 李典の返事には曹操軍の現状も書かれていた筈だ。なのに何故ここへ来た!」


 夏侯惇が叱りつけるのに、宮綺はふてくされて唇を尖らせた。


「だって、こんなに身体の調子が良いのは久し振りなんですもの。またいつ体調が崩れてしまうか分からないのですから、こちらへ兵糧を届けに参るくらいよろしいではありませんか」

「……さっき届いた兵糧は、やはりお前か……!」


 胸を張る宮綺に、夏侯惇は顔を手で覆い長々と吐息を漏らす。

 宮綺はそんな夏侯惇をじっと見つめ、何故か関羽へ視線を移す。
 そして何を思ったか関羽に大股に歩み寄って腕を掴み、夏侯惇の隣へ立たせたのである。

 夏侯惇の顔が露骨に強ばったのに気付いているだろうに、腕を組んで真剣な表情で二人を見比べる。
 大きく頷き、


「良いですわ」

「「「全然良くない!」」」


 夏侯惇、夏侯淵、李典が同時にばっさりと斬り捨てる。
 彼らには宮綺の考えていることが分かっているようだった。

 事態が分からない関羽は三人を順に見、首を傾ける。

 されど、宮綺が熱弁を振るったことで即座に理解する。


「良いではありませんか! 世に蔑まれる十三支の可憐な女性と、十三支を忌み嫌う女性恐怖症の殿方の禁じられた愛! 殿方の中で葛藤するうちに二人はすれ違い――――」

「宮綺! 頼むから俺の周囲の人間を材料にするな!!」

「兄者は女性恐怖症じゃない!」

「似たようなものですわ」


 断言し、そそっと関羽に近寄る宮綺。

 三人の疲れ切った顔が、更に酷くなっていく。

 彼らの様子を見るに、宮綺には前からかなり振り回されているようだ。

 今の宮綺は、何だか恋に憧れ夢に見ている乙女のよう。
 夏侯淵や李典の抗議を黙殺し、「夏侯惇様がもう少し背が高かったら……」真顔でぶつぶつ呟いている宮綺を見、関羽はちょっと恐怖を覚えつつ苦笑いを浮かべた。

 李典が舌打ちして関羽の腕を乱暴に掴んで恒浪牙に押しつける。
 抗議する宮綺を、今度は李典が拳固を落として黙らせ、「今すぐ帰れ」と厳しく言った。


「ここは空気も悪い。お前の主治医もいない。そんな中でもし持病が悪化したらどうする? 俺だって、ずっとお前の面倒を見ていられる訳じゃないんだからな……」

「お薬を多めにいただいておりますし、先生の言いつけはきちんと守っております。それに私は、もう李典兄様のお世話になるような子供ではありませんわ」

「子供でないのなら、こんなことをすればいとこの李典に迷惑をかけるかどうか分かるだろう」


 宮綺はむっとして夏侯惇を睨み頬を膨らませる。その姿はやはり子供だ。
 正確な年齢は分からないが、関羽には見た目よりも幼く感じられた。

 子供のように意地になって、ますます頑なになっていく李宮綺。
 李典が折れるのを待っているらしい。
 きっと、いつもは李典が折れて終わるんだわ。

 わたしと劉備みたいに……。
 不意打ちで喪われたものを思い出してしまった。目頭が熱くなる。慌てて俯き泣くまいと瞬きを繰り返した。

 頭を悩ます三人を見かねた恒浪牙が、苦笑混じりに申し出た。


「持病をお持ちなのでしたら、ついでに私が診てみましょうか? 病名や症状、薬の種類が把握出来れば、私でも対応可能かと思いますが」

「貴様は黙ってい」

「そうですわね、そうしましょう! そうすればいつでも関羽様とお話が出来ますわ! 恒浪牙先生、ありがとうございます!」


 夏侯惇の言葉を遮り、宮綺は恒浪牙に飛びついた。
 恒浪牙がたじろぎ咄嗟に関羽を盾にしたので、宮綺は関羽に抱きつく形となった。


「恒浪牙さん!?」

「すみません。私、愛妻家なので〜」

「愛妻家のお医者様ですって……!?」

「宮綺! 食いつくな!」


 李典が何とか関羽から剥がす。

 宮綺はまた不機嫌になり、突如爆弾を落とした。


「では、今から曹操様にお願いしに参ります! 曹操様がお許し下されば良いのですよね!」


 言うや否や宮綺は軽やかに身を翻し、青ざめて止めようとする三人の腕を踊るような身のこなしで部屋を飛び出して行った。

 おおわらわで三人も追いかけて行ったので、嵐は……一応収束したと思われる。

 ほんの少しだけ、ほっとした。
 関羽は恒浪牙と顔を見合わせ、苦笑を交わす。


「……取り敢えず、今日はこのまま部屋の中で過ごしていましょう。結界は戻しておきますね」

「はい……」



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