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※学パロ
※はらころ夢主は不憫な身の上です。
※※モブからの強姦要素を含みます。(微裏です)
幽谷はずっと孤独だった。
父はおらず、身寄り無い母も幼くして亡く、施設にも馴染めず高校入学を期に寮に入るまでずっと孤立していた。
赤い目と青い目を持ち、人付き合いも不得手な彼女は気味悪がられるばかりで、名ばかりの友人でさえ作れた試しが無い。本来羨望を受ける見目の良さも肢体の艶めかしさも、不気味さを増長させるだけの欠点でしかなかった。
幽谷に寄ると不幸になる――――根も葉も無い噂を真実のように囁かれて、小中高と生徒だけでなく教師でさえ、幽谷を敬遠した。
成績にも素行にも悪い点は無い。むしろ優等生と呼んで良い生徒であったにも関わらず、それらは全て身体を売って得た評価でしかないのだと、誰も幽谷の真実を見ようとしてくれなかった。
虚言をを真実と言われ、真実を虚言と決められ、本人も次第に虚実の区別が付かなくなった。
関わった人間が不幸になるのかもしれない――――彼女自身、そう思い始めてしまう。
自分の思考全てが疑わしい。
自分のことなのに自分のことが分からない。
幽谷は、追い詰められ殻に閉じこもるばかりだった。
何も感じなければ、何も思わなければ、心が波打つことは無い。
それが、また周囲を気味悪がらせた。
悪循環だ。
聡明な幽谷は、そのことには思い至らなかった。もう自分の思案すら信じていなかったのだ。
自分の意識自体が信じられなくなった影響は勉強にも悪く出た。
数学は答えはいつも一つだけ。公式を用い計算をして、導き出した数字だけが答えだ。
だが、現代文では文章を読み、場面場面で主人公の気持ち、筆者の伝えたいことなどを察し、自分の言葉で文章をまとめて答えなければならない問題が出ることがある。そんな問題に限ってぼんやりとした曖昧なラインで正解か不正解かが決められるものだ。教師が用意した答えに近いと思えば正解、違うと思えば不正解。一言一句同じでなくとも、生徒なりに読み取った解答が正解に近いと言うだけで正解となる。
漢字の読み書き、主人公の心情を表す文章の抜き取り、明確の答えがあれば幽谷でも答えられた。
けれど答え方が自由になると、途端に困った。自分なりに書いた文章すら、彼女にとっては疑わしいのであった。
いや、それよりも美術や音楽の方が苦しい。
一枚の絵を見て何を感じるか――――そんなの全然分からない。
この曲は何かをモチーフにして作り、それを音で巧みに表現している――――とてもそうとは思えない。
己の感性を疑う幽谷は、数学のようなたった一つの答えに必ず辿り着くことが予(あらかじ)め決まっている問題だけが得意になってしまった。
いっそ人生そのものを投げ出したかった。
死ねないのは、母が今わの際(きわ)に『あなたは私よりも長く生きなさい』と言い残したからだった。
何も感じない世界が嫌になっても、母の最期の願いにだけはどうしても背けなかった。
何とも虚しい人生だ。
こんな人生に意味などあるまいに、母の言葉が私を世界に縛り付ける。
娘が自分を疑いながら生きていくことが、母の望んだことだろうか?
あの人は、ただ単純に私が早くに死ななければ良いと思ってあんな言葉をかけたのだろうか。
そんな人でないことは、幽谷が一番良く知っている。
今の幽谷が母の望んだ未来でないことも、勿論分かっている。母の言葉の真意を考えずに、ただ言葉通りの意味に背かないでいるのも自覚している。
本気で母の遺言に従うのなら、今の自分を変えなければなるまい。
分かっていてもそんな気は全く起きなかった。
こんな自分など、もうどうにもならないと諦めていた。
母には申し訳なく思っている。
けれどもこの状態のままそれなりに生きて、もう良いだろうと思った時に自分で死んでしまえば十分だろう。母だって責めはしない筈だ。
そう。それで良い。
そうしよう。
幽谷は、もう、決めた。
――――決めた、筈だったのだが。
「……は?」
「いや、だから、俺と付き合って欲しい」
目の前の少年は、至極真面目な顔をしてそんなことを言うのだ。
何を言っているのか、最初は分からなかった。
それが相手にも伝わったらしい。みたび、同じことを言われた。
幽谷の中に、強い警戒心が生じた。
見たところ、彼は幽谷と同じ高校生。隣町の高校の制服であったように思う。
他校の生徒がどうして自分に付き合って欲しいなどと血迷ったとしか思えぬ言葉を言うのだ。
遊んでいるのかもしれない。
色違いの目をした妖怪女の噂は、付近の高校にも広まっているだろう。
小学校でも中学校でもそうだった。興味本位で見に来てはちょっかいを出す人間も少なくなかった。それで、何処かで怪我をしたり不運なことがあったりすると、幽谷にちょっかいをかけたからだと勝手に騒ぎ立て、復讐だと言って嫌がらせをしてきた。
高校生にもなってそんな幼稚なことはしないだろうが、彼もその類なのだろうか。人が良さそうで爽やかそうな少年だが、本性は違うのか。
幽谷は目を細め、きびすを返した。
「そういう話でしたら、お断りします。全く興味がありませんので」
面倒臭い。
幽谷は大股に歩き去った。
少年は、追っては来なかった。
‡‡‡
……どうして、こうなっているんだ。
下校しようとしていた幽谷は、校門の側に立つ他校の男子生徒を見、足を止めた。
すぐさま校舎へ戻ろうとするが遅く、
「幽谷!」
……見つかった。
しかもあんなに嬉しそうな大声で馴れ馴れしく名前を呼んでくる。
幽谷は振り返らずに校舎に走って戻った。
その日は裏門から帰ったが、名も知らぬ少年はそれからも毎日幽谷を校門で待った。雨が降ろうと、学校がある限り欠かさず、だ。
毎回幽谷に隠れて待ち伏せせず校門で堂々と待っているし、ずっと裏門から逃げていることなど分かっているだろうに正門でいつまでも待ち続けるのが不思議でならなかった。
あの人、一体どういうつもり?
興味本位でちょっかいをかけに来たにしては、行動が実直に思える。あの見た目で女子生徒から沢山声をかけられているのに、律儀に断って、謝罪までしているようなのだ。
意味が分からない。
まさか、あの言葉は本気だったの……?
いいやそんな筈がない。
幽谷(ようかい)に本気で恋情を持つ男が何処にいる。
違う。
絶対に違う。
あれはきっと演技なのだ。そうやって私を騙そうとしているに決まっている。
それならまんまと騙されたら、手の込んだ嫌がらせだったというオチが待っているだろう。
馬鹿正直に乗ってやるものか。
彼が現れてから、幽谷は彼についてしたくもない思案をするようになった。
加えて、少年に気があるらしい周りの女子生徒からの当たりがキツい。こちらだって迷惑しているのに、どうしてか妬(ねた)まれている。存在しないように扱われていたのが、何かにつけて因縁をつけられ嫌がらせを受けるようになった。
ずっと凪いだ状態を維持してきた筈の心が苛立ちに乱されて非常に不愉快だ。
早く諦めれば良い。それか別の女に心が移れば良い。
そうすればまた無機質に戻れるのだ。
変化は、永久に要らない。
少年はなかなか諦めなかった。
一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、彼は放課後になると必ず校門で幽谷を待った。
ここまで来るといよいよストーカーじみてくる。
女子生徒からの嫌がらせに対しても、しつこい彼に対しても、幽谷の苛立ちは最高潮に達した。
いい加減にしろと怒りをぶつけたくて放課後すぐに校門に向かった。
だが、少年と相対した時、すぐに後悔した。
彼は幽谷が来るなり心底嬉しそうに晴れやかな笑みをこぼしたのだ。
これはマズいと逃げようとした幽谷の腕を素早く掴み、何処かへと歩き出した。
「ちょっと、何なんですか……っ!」
「行けば分かるさ」
少年は屈託の無い笑みを幽谷に向けた。
ほんの一瞬のことだった。
胸に、何かが駆け抜けた。
咄嗟に胸を押さえたが何が駆け抜けたのか分からない。
分からぬまま、少年はとある公園へ幽谷を導いた。
「ここだ」
「この公園は……」
幽谷は公園を見渡し、目を丸くした。
そこは幽谷にとって懐かしい場所だった。
施設に預けられたばかりの頃、独り施設を抜け出して遊んでいた公園……だった筈。
この頃は母親を失ったショックがまだ尾を引いていたのだろう。記憶が酷く曖昧だ。
施設の人間に見つかって叱りつけられ公園に行けなくなった辺りからはそれなりに覚えているけれど、公園でどんな遊びをしていたのか、ちゃんと日が暮れる前に施設に帰っていたのか、分からなくなっていた。
どうしてこの公園に幽谷を連れてきたのか。
問うように少年を見上げると、彼は打って変わって悲しそうに微笑んでいた。
「何です?」
「もう、覚えていないか、俺のことを」
「あなたのことを……?」
「趙雲。それが俺の名前だ」
趙雲……口の中で転がす。
と、また胸に何かが駆け抜けるではないか。
幽谷は眉間に皺を寄せ、趙雲の顔をまじまじと見つめた。
知らない。私はこんな少年、知らない――――。
――――本当に知らない?
幽谷の中で疑問が浮かぶ。
そのまま趙雲を凝視する。
趙雲は何も言わず、黙ってこちらを見下ろしている。その眼差しは切なく、柔らかい。
「……?」
何か、忘れているような気がしてきた?
でも、何を忘れているのだろう。
渋面を作って記憶を手繰っていると、ふと趙雲が幽谷の左手を持った。
何を、と問いかける間も無く趙雲は幽谷の手を己の胸に当てる。
シャツ越しに感じる引き締まった身体の感触と温度に幽谷は息を呑んだ。手を離そうとするが趙雲は解放してくれない。
幽谷を微笑みながら見つめ、口を開くのだ。
「俺は、もっと大きくなったら、幽谷を恋人にする。大人になっても独りぼっちで寂しくないように」
「――――」
まただ。
みたび胸を何かが駆け抜けた。
思考がやけに疼く。何かを思い出しそうになっている? 一体何を?
「趙雲……恋人……独りぼっち……公園……?」
単語を並べ、また公園内を見渡した。
この公園はこんなに狭かっただろうか。
明確に覚えてはいないけれど、もっと広々としていたような気がする。
二人で目一杯遊んでいても、広いと感じていた――――。
……二人で?
今、記憶に掠ったような気がした。
待って。
私は、本当に独りで遊んでいた? ここで、ずっと独りでいた?
二人で――――そう、独りではなかったのではなかったか。
誰かいたように思う。
いや、段々と確信している自分がいる。
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