孫権と夏侯淵
※現代パロ
寂れた商店街の片隅に佇む古本屋。
数十年商店街の移り変わりを眺めてきたその店は、今は二人の兄妹によって守られている。
先代の店主はすでに世に亡く、先代に恩を受けた身寄りの無い彼らが恩返しとして店を引き継いで切り盛りしていた。
店を守る兄妹の妹――――幽谷は、狭い店内を歩き回りながら本の整理をしていた。稀に陳列を直したり、訪れた客の応対をしたりする。ままにお茶を飲んで雑談して過ごすこともある。
基本、店番は幽谷だ。
兄は別に職があり、その給金によって店を支えていた。その職は先代に紹介されたもので、動物に好かれやすい性質を生かして動物園の飼育員として数年働いている。
とはいえ、この兄妹が先代に拾われ店の手伝いをするようになって、客足は少々増えていた。見目の良い兄妹目当てがほとんどだが、それから定着することもある。
丁度今訪れた客人も、幽谷に惹かれて店を覗き、本の品揃えを気に入って定着した常連でもある。
「……邪魔する」
「いらっしゃいませ。孫権さん」
幽谷は陳列を直そうと本に手をかけていた幽谷は背後を振り返り、客に頭を下げた。
背丈は女にしては長身の幽谷と同じ程の青年である。寡黙な彼は幽谷に軽く頭を下げ、店の奥まった方へ向かった。
孫権は商店街の近くに住む大学生だ。幽谷を理由に訪れたところ大昔に廃版になった本が豊富に取り揃えてあると知って古本屋の常連になった。あまり表に出てはいないが、それでも彼女に好意を寄せているのは周囲の目にも明らかだ。気付いていないのは幽谷本人だけ。
幽谷は彼を見送り、仕事に戻った。いつも彼が読書に夢中になってしまうのを知っているから、邪魔をしないように静かに努めた。
――――が、彼が店を訪れる時、約七割の確率で騒がしい人物が現れる。
「幽谷!」
「夏侯淵さん。いらっしゃいませ」
嬉々として幽谷に駆け寄ってきたのは、夏侯淵。彼もまた付近に住む大学生であった。聞くところによると孫権と同じ大学で、しかし違う学部だという話だ。ここで顔を合わせる以外に面識は無いらしい。
彼もまた孫権同様、幽谷の知らぬところで彼女を気に入り寄りたくもない古本屋に通うようになった。
しかし彼女に好意は気付かれぬままだ。ここも、孫権と同じである。
本を買いに来た訳でもない客も、少なくない。夏侯淵は幽谷との会話だけが目的だった。
幽谷は頭を下げ、カウンターに退がる。お茶と菓子を用意して、カウンターに載せた。
夏侯淵は慣れた手つきで本を退かしスツールを引いて幽谷と向かい合わせに座った。
「今日は暑いな。ちょっと歩くだけで暑い」
「そうですね。ですが明日には冷え込むそうです。最近気温が不安定で、兄も動物達の体調を気にしておられました」
天気予報で得た情報を教えると、夏侯淵はうげ、とえずくような素振りを見せた。
「幽谷は、体調は大丈夫なのか?」
「私は、特に異常はありません」
「あんまり無理するなよ」
「お気遣い感謝致します」
夏侯淵はふと店内を振り返った。舌打ち。
「孫権も来てやがるのか……」
「はい。先程」
彼は途端に憮然とする。
孫権と夏侯淵は、どうも仲が悪いらしい。
彼らが初めて知り合ったのは夏侯淵と雑談している時。たまたま孫権が訪れて、大した会話も交わしていない筈だのに、どうしてかお互い敵視し合うようになったのだった。
まさか自分を取り合ってのことだとは夢にも思わぬ幽谷は、単純に性格が合わないのだろうと勝手に判断している。実際、合わないのだろうが。
幽谷はぼんやりと夏侯淵を眺めながら、首を傾けた。
すると孫権が、無表情を僅かに強ばらせてカウンターの方へ歩いてきた。
「幽谷。私にも茶をくれないだろうか」
「はい。分かりました。……ああ、良かった。孫権さんが気に入ってらした菓子がございます故」
「すまない」
孫権に自分が座っていたスツールを差し出し、幽谷は再び奥へと退がる。
手早く用意して戻ると、何となく体感温度が下がったような気がした。……今日は、温かかった筈なのだけれど。
不思議に思いながらカウンターに立つ。
孫権の抱えていた本を見、
「それを、買われるのですか」
「ああ。……最近、入ったようだな。以前来た時には無かった」
「はい。とても状態が良かったので、値段は高いのですが」
「構わない。本体価格よりは安い」
本を受け取り、慣れた手つきでレジを打つ。精算を済ませると、孫権は少しだけ嬉しそうに茶に口を付けた。こうして微かすぎる感情の動きも分かるようになったのも、数年の付き合いの成果だ。
本を袋に入れて菓子の横に置く。
「ありがとうございます」
「いや……私の方こそ、ここは他では見つからない本が置いてある故、とても助かる。他店よりもこちらの店の方がずっと良い」
「それは良かったです」
古本屋の店員として嬉しい言葉だ。
僅かに口角を弛めると、夏侯淵が不満そうに唇を尖らせた。また舌打ちして煎餅にかぶりつく。
夏侯淵は、孫権に比べるとだいぶ子供っぽい部分がある。
勉強もあまり好きではなく、身体を動かしていた方が楽しいというのも、遊び盛りの子供みたいだ。
ここにいるよりも、前に遊園地に連れて行ってくれた時の方が生き生きしていたように思う。
彼はよく幽谷を外に連れ出してくれた。ほとんど店を離れられないから、彼の知る楽しい場所に行くのは、とても新鮮だった。
夏侯淵以外にも幽谷を誘ってくれる者はいる。趙雲だったり、関羽や尚香だったり、周瑜だったり。あまり若者の流行についていけていない幽谷を案じての気遣いもあった。
兄周泰も、夏侯淵のような誘いは受けた方が良いと若いうちに楽しく遊んでおけと後押ししてくれる。
先代に拾われてから、幽谷はずっと先代や兄、良くしてくれる客に支えられているようなものだった。
記憶が無く、幽谷という名前以外何も分からない自分を、周泰は妹として守ってくれた。先代も、あせる必要は無いのだと言って、娘のように気遣ってくれた。
幸せ、なのだと思う。
兄と共に父親代わりの先代の店を守って、親しくしてくれる客がいて。
記憶が無くても、様々な人が存在を認めてくれているように思えた。
ここが私の居場所なのだと、毎日のように思っては、胸が温かくなる。
しかし、それも今日は一層温かい。
「幽谷? どうかしたのか」
「いえ。……先代に拾われてからずっと、私は幸せなのだなと」
色違いの目を細めレジを見やる。
いつもいつも先代がレジを打つ姿を側で見ていた。
「いきなり、何言い出すんだよ」
「……そうか」
怪訝そうな夏侯淵の隣で、孫権が思い出したようにカレンダーを見やる。
「今日は、先代の誕生日か」
「……そう言えば」
言われて夏侯淵も思い出したようだ。
自分の誕生日になると数日前から周囲に五月蠅く主張する可愛らしい部分もあったから、夏侯淵も孫権も記憶しているのだった。律儀な孫権は、ちゃんと彼なりに誕生日プレゼントを用意していた。今も、先代の部屋にそれは遺(のこ)っている。
幽谷は頷き、レジを指で撫でる。
孫権はその様子を見つめ、家の奥を見やる。
「仏前に手を合わせても良いか」
「はい。是非」
孫権を家に招き入れようとして、そうだ、と思いつく。
「時間があるのでしたら、こちらで夕食でも如何でしょう。先代と親しくしていただいた方々と、ささやかですけど、パーティーを開きますので」
「ああ。お前が迷惑でなければ」
「いえ。先代も喜びます」
表情を和らげると、夏侯淵ががたんと大きな音を立てて立ち上がる。
「幽谷、オレも良いよな」
「はい。ご迷惑でなければ」
「迷惑じゃない!」
少しばかり、焦っているようだ。
先代にからかわれていた夏侯淵ではあるが、彼も先代のことを大事に思ってくれていたのだろう。
それが嬉しくて、幽谷は二人に背を向け、くすりと笑う。
それに彼らが驚くのに気付かずに、家の中へと入っていった。
●○●
アンケートで接戦だった時期があって、その時からどうしても二人で夢主の取り合いを書きたかったんです。
その結果現代パロディに逃げました。
しかし……夏侯淵は対夢主に書くと結局こうなってしまうんですよね……。
はらさがの影響がまだ続いてるのだろうか。
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