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曹操軍が遙かに遠のいていく。
堂々と、悠然と空を舞うように飛ぶ凰は人間達を圧倒し、美しい五色の火花を散らせながら仲間の乗る船を追いかけた。
船の上からでも、追いかけてくる大鳥を認めることが出来ただろう。
船尾に立ち身構えてこちらを見上げている劉備達の中には弓を番(つが)えている者もいる。恒浪牙が宥めていた。
それに構わず高度を落とす周泰の背中から、関羽は身を乗り出して大音声で呼びかけた。
「皆、場所を空けて!!」
「関羽!!」
関羽の指示に従い、劉備達がその場を退く。
着地した周泰の背中から降りた関羽は、はしゃぐ子供達を抱え下ろした。
触っても大丈夫だと分かっているから子供達はもう一度飛んでとしがみついてせがんだ。やんわりと窘(たしな)めて剥がすと、折良く子供達の親が駆けつけてくる。
途端に子供達の意識はそちらに向いた。
周泰から離れ、母親に飛びつく。
それを眺めながら周泰の首を撫でていると、恒浪牙が臆面も無く近付き労(ねぎら)いの言葉をかけた。
「お疲れ様でしたね、周泰。お二人共、怪我はありませんか?」
「あ……いえ。わたしは大丈夫です。……それよりも恒浪牙さん、この鳥が周泰だって分かるんですか?」
「ええ。すでに本人から聞いておりますので」
恒浪牙は周泰を見やり、目を細めた。
二人の会話に劉備達がぎょっと周泰を見やる。やはり俄(にわか)には信じ難いようだ。関羽が口で肯定しても半信半疑といった体である。
「周泰」
恒浪牙が促すように静かに呼ぶと、周泰は頷き、自らを炎に包む。五色の炎は渦巻き天へと昇るように巡った。
下から露わになったのは、いつもの寡黙な狐狸一族の青年。
ただ、かんばせに眼帯は無く、片方とは違う瞳の色に猫族だけでなく関羽も目を剥いた。
右は橙、左は若草。
改めて見ると、透き通るような瞳はとても綺麗だ。今まではそんなに気にしたことも無かったのに、今は見ているだけでも吸い込まれてしまいそうだ。
右目も晒されてしまったからかしら。
一人、心中で首を傾ける。
されども劉備をのぞく猫族達の反応は、関羽とは真逆のものだった。
鼻白み、一歩後退する。
それに、関羽はあっと声を上げた。同時に、博望坡で見た幽谷の双眸を思い出した。彼女も、青と赤の、色違いの瞳をしていた。
そうか……色違いの目は――――。
「周泰……四凶、だったんだ」
蘇双が、か細い声で言う。
その言葉がきっかけだった。
劉備以外の者達が逃げるように身を退く。周泰達が助けた子供達の親も、子供を抱き締めて痛々しい蔑視を向けた。
そんな……。
関羽は彼らに待ったをかけようと口を開いた。
だが、それよりも早く。
「……違うよ、彼は四凶じゃない。《四霊》なんだ」
劉備が、静かに告げた。
長の言に張飛が怪訝そうにその言葉を繰り返した。
「四霊……って、何だよ」
「女仙によって生み出された、人の姿をした器――――天帝の手足として人界に現れた彼らを、僕達が恐怖心から勝手に四凶と呼んで蔑み、迫害し、永きに渡ってその神聖さを貶めていたんだ。そして沢山の四霊を生み出していた天仙は、恒浪牙さんの妻。そうですよね」
劉備に悲しげな、申し訳なさそうな顔を向けられ、恒浪牙は苦笑混じりに頷いた。
「ええ、そうですよ。四凶だと決めつけたのは猫族と人間。本来彼らは四霊をその身に宿し、この世で人々の手に負えない領域の粛正を担っておりました。この周泰も、鳳凰の雌、鳳の器です。先程の姿を見たでしょう。四凶であるなら、あの形を取ることはまず無理です。南では、ちゃんと真実が言い伝えられているのですがね、どうしても北は四凶四凶と五月蠅くて敵いません」
恒浪牙は周泰と関羽を呼び、身を翻した。
「だいぶ煙を吸っているでしょうし、念の為に診察をしておきましょう。そこの子供達もおいでなさい。傷の手当てをしましょう」
恒浪牙は子供達に笑いかける。
子供達は何の警戒心も無く母親の腕を自ら剥がし――――恒浪牙ではなく周泰のもとへ駆けつけた。
「お兄ちゃん、だいじょうぶ? どこか痛いの?」
「鳳凰様になったから、どこか悪くしたの?」
「……問題無い」
周泰は子供達の手を撫でようとし、躊躇ってすぐに下げた。
子供達はそれに何を思ったか、顔を見合わせて瞬きを繰り返した後、もう一度周泰を見上げた。
「ねえ、かがんで、兄ちゃん」
「屈む……?」
「良いから!」
周泰は無表情ながらに困惑しつつ、言われた通りにその場に片膝をついた。
すると――――二人は揃って周泰の頭を撫でたのだ。
「よしよし!」
「よーしよーし!」
手の動きとは違い、声だけはズレてしまっている。
青ざめた親が慌てふためいて引き剥がそうとするのに構わず、子供達は周泰に笑いかけた。
「悲しいときはね、だれかにこうしてもらうと元気が出てくるんだよ」
人間の少女が言うのに、猫族の少年も大きく頷く。
周泰はつかの間呆気に取られたように固まっていたが、次第に表情が弛んでいった。
――――笑った。
ついさっき子供達に見せたような穏やかな笑みだ。
関羽はまた胸が高鳴るような感覚に襲われた。胸を押さえ、俯く。何なのかしら、これ……。
「心遣い、感謝する」
子供相手に堅苦しい言葉で言い、周泰は立ち上がった。今度は迷わずに二人の頭を撫で恒浪牙を見やる。
恒浪牙は鷹揚に頷き関羽を手招きした。
「さあ、参りましょうか」
「あ、はい。じゃあ、劉備、皆。また後で」
「うん。……そうだ、診察が終わったら周泰にお礼を言いたいから、連れてきてもらえないかな」
「分かったわ」
関羽はほっとして快諾する。
劉備は、周泰達を敬遠しないようだ。それが、とても嬉しくて、安堵する。
けれども同時に疑問も浮かんだ。
彼は何処で四霊のことを知ったのだろう。
恒浪牙から教えてもらったのだろうか?
歩き出した関羽達を笑顔で見送ってくれる劉備を背に、また心の中で首を傾けた。
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