▼うた様
※この作品でははらさが夢主とは別に夢主がおりますので、はらさが夢主はオリキャラ扱いとしてデフォ名表記となります。
※if話として書いておりますので、はらさが本編と展開が異なっております。



 あたしは、病弱な両親程ではないけど、身体がそれ程強くない。
 おまけに日差しを浴びると蕁麻疹(じんましん)が出るので基本的に外を出歩けるのは夜のみ。

 なので、両親は夜の外出を許可してくれていて、夕飯の後気が済むまで外をぶらつくのが日課になっている。

 幼い頃は父さんが、両親の持病が悪化してからは張飛や幽谷が両親に頼まれて同伴してくれる。
 ぶっちゃけ、あたしとしては張飛よりも幽谷と一緒に行った方が凄く得する。動物に無条件で触り放題なのだ。夜行性の動物に限るけど、あれは至福の時間だった……。

 が、里に曹操が現れてから、猫族の静かな暮らしは一変。
 あたし達戦えない者は里に残り、関羽や幽谷は勿論、世平さんを筆頭に戦力になる男衆も曹操に従うこととなり人間達の争いへ巻き込まれていった。あと、何故か劉備様も。劉備様が関羽と離れたくないと譲らなかったんだそうだ。
 その時あたしは避難する際に日差しを浴びてしまい、村の隅にある避難先の家屋から一歩も出られる状態ではなかった為話し合いにも参加せず、全て後から知ったことだ。

 まあ、劉備様の関羽ダイスキーは昔からだし、幽谷と関羽の側なら万が一にも危険が及ぶことは無いだろうしと、周りと比べてあたしは不安を感じることも無かった。

 残念だったのは、張飛も幽谷も里を去ったことで、あたしも外を出歩くことは無くなったこと。
 まあ、元々友人達が昼間に遊びに来て刺繍をしたりお菓子を作ったり空想の物語を皆で作ってみたりするので、退屈になるなんてことは無かったんだけど。
 それでもやっぱり、日々に物足りなさを覚えずにはいられない。

 そんな中、あたしにも修羅場が訪れた。

 昔から、どちらの持病も遺伝するものじゃないとは聞いていたけれど、何となくあたしもいつかどちらかと同じになるだろうと予感めいたものが子供の頃からあった。
 だから急に胸が痛くなって倒れた後に目が覚めたあたしは、側にいた母さんに、さらっと言った。


「あたし母さんと同じ持病持ちになったっぽい。だから薬分けて」


 母には呆れられ、扉の側で待機していた友人皆からひっぱたかれた。

 ちなみに後から母さんに愚痴られた父さんは、


「お前……たまに思考を半分何処かに置いてきたんじゃないのか?」


 などと意味の分からないことを本気で心配していた。


「違うよ。何言ってるんだい、父さん。あたしはいつでも何処でも冷めてるだけさ。フヘヘヘ」

「この子……どうしてこんな子に育っちゃったのかしら……張飛君はまともなのに」

「母さんいつも思うけど何気にさらっと酷いよね」

「張飛君の恋が実らないのはあんたの所為なんじゃない?」


 そこで一瞬、言葉に詰まってしまった。
 父さんが目を細めて口を開く前に、


「いやいや、それは張飛が男らしくないからでしょー。関羽は完全に弟認定してるんだし、張飛が男だって関羽が認識しない限り見込み無いって」

「それをあんたがどうにか尻叩いてあげなさいよ。幼馴染なんだから。帰ったらそうなさい」

「ソーデスネー。キヲツケマスー」

「もう、○○ったら。こんな冷たい幼馴染を持って張飛君も可哀想に……」


 あはははーと笑って誤魔化すあたしに呆れつつ、夕飯の準備に戻る母さん。

 その背を苦々しく見つめ、父さんがあたしに向かって片手を立てて無言で謝罪する。
 あたしは肩をすくめて返した。

 母さんに一切悪気が無いのは分かっている。

 母さんは小さな頃からかなり鈍感な質(たち)で、直接的であったにも関わらず父さんの求婚に全く気付かなかったという話の他にも様々な伝説を残している。
 あたしが実は張飛が好きだなんて気付く訳がない。気付いたら、それは間違いなく大いなる災厄の前触れだとあたしは信じて疑わない。

 母さんはその類いまれなる鈍感さ故に、人に対して無神経な発言が結構ある。昔からなので皆特に気にしていない。あたしもたまーにいらっとすることもあるけど、まあ母さんだし、まともに取り合ってもこっちが疲れるだけだしなーと流している。

 対して父さんは母さんと足して相殺されるくらい聡い人。
 あたしが張飛が好きだってことを真っ先に気付いたのは父さんだ。張飛が自分は関羽が好きなんだと言ってから誰にも言わないでおこうと思っていたのが、父さんにはバレバレだった。
 そういや父さんに隠し事が出来た試しが一度も無かった事実を思い出し、子供ながら実父相手に戦慄が走ったね。

 それはさておき、幸い、あたしは母さんと同じ病気のようで、いつも母さんがお世話になってるお婆ちゃんにあたしにも同じ薬を処方してもらうよう頼んだ。

 おかげで発作も無く、ただこれで将来の夜散歩再開は難しくなったと嘆きながら、あたしは隠れ里で皆の帰りを待ち続けた。

――――の、だが。
 まさかまた人間が来るとか、村が焼かれるとか、誰も予想出来ないだろ。



‡‡‡




「あの後張飛に大陸中を逃げ回る犯罪者の如く全身を外套ですっぽり覆い隠されて歩かされた恨みをあたしは忘れない」

「良く早口で噛まずに言えるわね」


 手作りのお菓子を持ってきてくれた関羽との会話から、右北平への道程の中でのことを思い出したあたしは、唐突に恨み言を吐いた。

 関羽が関心と呆れが混じったような顔で、


「○○は日差しを浴びると蕁麻疹が出るんだから仕方が無いじゃない」


 お菓子を盛りつけた小皿とお茶をあたしの前に置き、あたしの向かい側に座る。

 曹操から解放された関羽達と合流したあたし達猫族。
 住み処は何者かの軍によって焼き払われ、公孫賛という人間の温情とやらで蒼野に住み着いた。
 信用しない方が良くない? と言ったけど関羽に無視されるどころか如何にその人が良い人か長々と語られた。右から左へ聞き流したけれども。
 相手人間じゃん、庶民と違って曹操みたいに物事の表も裏も知り尽くした部類の人間じゃん、あたし達や幽谷みたいに蔑まれる側の人間じゃないじゃん、とあたしは思う訳で。

 もう少し警戒しといた方が良いと思うんだけどな。
 猫族は疑り深いようで意外と信用するのが早いんだよなあ……。


「ところで、身体は大丈夫なの?」

「んあ? あー、最初に倒れてからは発作は一度も無いかな。今の生活で問題は無いんじゃない?」


 そう言うと、関羽は不満そうに顔をしかめる。


「○○……あのね、もう少し自分の身体を大事にするようにしてみたらどう?」

「え、超絶大事にしてない? 散歩時間短くするところを夜中の散歩自体止めたよあたし」


 まあ、身体を気遣ったと言うよりは、体調に注意しながら散歩するのもなーと思ったのが大きいんだけど。
 散歩していると無性に走りたくなる時があった。でも今じゃ激しい運動は厳禁だから無理。
 走りたい時に走れないなら時間制限してまで散歩してもなぁ、と思う訳で。


「いつも淡泊そうだからそういう風に見えないのよ。張飛も心配してるわよ」

「……」


 関羽から言われると、ちょっと息が詰まる。
 張飛はあんたが好きなんですよー、異性としてーと言ってすっきりしたくなる。

 ただ、そうしたところですっきりするのはあたしだけで、余所がわちゃわちゃしたことになりそうなので取れそうにない責任を発生させるつもりはない。


「その張飛が最近幽谷とやたら密会してるのを知っているあたしとしては関羽の言葉から説得力をまるで感じない」

「もう……」


 関羽は溜息をつく。

 あたしは肩をすくめた。

 でも実際、張飛は蒼野に定住してからほとんどあたしの部屋には来ない。関定が言ってたけど、最近は幽谷と鍛錬するでもなく、二人で森の方へ行って夕方になるまで帰ってこないんだそうだ。
 多分前のように関羽とのことについて相談してるんだろうとは思う。

 思うんだけど……どうも、もしかすると幽谷に乗り換えたことも考えられるんだよね。
 張飛も多感な年代の少年だから、有り得ないことは無い。

 やだな、関羽にさえ勝てないあたしが、幽谷に敵う訳ないじゃないか。

 幽谷は、あたしが男だったら絶対に惚れてると思う。
 それくらい幽谷の女性としての魅力は半端ない。特に歩いてる時の腰とお尻が一番良いとあたしは思ってる。歌が壊滅的過ぎてもはや殺人級にだとか四凶饕餮(とうてつ)だとか、今となってはそんな欠点は気にならないくらい。

 関羽の更に上へ行ったか、張飛よ……。
 そりゃあたしを見舞う暇も惜しいわな。
 そんな張飛に今でも惚れてる自分が馬鹿馬鹿しくて溜息が出そうになったのを、咄嗟にお茶を飲むフリをして隠した。


「……まあ、取り敢えず死なないうちは平気だし。気にすること無いって」

「そういう考えが、他の皆を余計に心配させてるのよ」

「自覚あるけど持病もあたしの性格も、太陽が出てくる方角と沈む方角がどんなことがあっても逆転しないのと同じように変えようが無い」


 へらへらと関羽の小言をかわすあたしに、関羽は溜息をつく。


「関羽。ただでさえその辺の男よりも強くなっちゃってるのに、溜息をついて幸せを自ら逃していたら婚期逃すよ」

「……」

「きゃあ関羽ちゃんこわぁい!」


 自分の性格とはまるで違う類のぶりっ子で関羽をからかい、お菓子を食べる。


「味変わった……いや、材料変えた?」

「○○……」

「生き物は生きてるならいつか死ぬものだよ」


 もくもくお菓子を食べるあたしを見つめ、関羽が再度溜息をついた。
 あたしにいつまでも小言を言うのは無意味だと悟ったようだ。この件については何も言わなくなった。

 それから暫くして、友人達が遊びに来て、関羽も混ざっていつもよりちょっとだけ騒がしくなる。

 夕方になると幽谷が劉備様と一緒に関羽を迎えに来た。

 友人達はもう暫く滞在して、関羽抜きでちょいと深めの恋バナになる。

 友人のうち一人の片思いの相手が関羽を気にし始めてやきもきしているという、まったく若い青春の一幕らしい話だ。

 ちなみに張飛ではない。あたしより年下の流されやすいなよっちい少年だ。そんなところが可愛くて放っておけないとは片思い中の友人談である。
 で、その彼は、関羽が曹操やら趙雲やら人間の男に気に入られてるのが――――実際彼女と趙雲は結構良い感じなのだそうだ――――何となく気に食わなくて『あれ? 俺ってもしかして関羽のこと……』と思い始めたらしい。

 あたしに言わせてみると、隣の芝生は青いと言うか、他人の物程良く見えるってのと似たもんなんじゃないだろうか。
 年齢の近い同族という認識しか無かった少女が、人間の若い男に好意を向けられるようになって、魅力ある女であることを知った衝撃と困惑を、「ハッ、もしかしてこれは……!」と錯覚しているんだと思う。

 だけどもそんなこと考えもつかないんだろうね、片思い歴五年と結構長い友人は最近本気で思い悩んでいる様子。
 友人という今の距離を壊したくなくて告白に踏み切れなかったけれど、関羽へ本気になる前に告白をしてこっちを意識させた方が良いのか、こちらから働きかけて先に趙雲と関羽をくっつけて諦めさせた方が良いのか……と悩んでいるのである。

 取り敢えず、それは大事なことなんだから、相談にはいつでも幾らでも乗るけれどあたし達に答えを委ねるんじゃなくて最終的には自分で決めなと言っているので、どんな選択をするにしろ彼女が後悔するようなことにはならない筈だ。

 あたしの性格を分かった上で相談しに来ているので、彼女は神妙に聞き入れた。後もう一日、しっかり考えて決める! と顔を真っ赤にして宣言した。多分告白するだろうとは思った。


「青春だなー……」


 帰っていく友人を見送って、一人部屋の中でぼやく。

 彼女を羨ましいと思う反面、彼女と違って見込みが全く無いあたしが何をしてもどうにもならないと分かっているので動こうとは思わない。
 裁縫だけならこっちが圧勝してる関羽でも、とても難しいのに、本当に幽谷に乗り換えているとしたら、完全敗北だ。
 幽谷という絶世の美女に勝てる女など大陸中を探してもいないとはあたしの長年の持論である。

 それなら、言わない代わりに幼馴染の立場を死守して満足するべきか。


「さらばあたしの青春よー」


 寝台に仰向けに倒れ、間延びした声で言う。

 そしてその後にまた母さんの張飛の恋路応援作戦の勧誘を聞き流して、父さんと苦笑いを浮かべ合いながら夕飯を食べるのである。



‡‡‡




 珍しく張飛が関羽に首根っこ掴まれて引きずられて、あたしの家へやってきた。

 丁度模様替えも兼ねて部屋の掃除をしていたのに気付くと、張飛と一緒に手伝ってくれて、予定よりも早く片付いた。


「で、どうかした? 何か用でも?」


 二人にお茶と母さんが気まぐれで作った新作のお菓子を出して、訊ねた。

 張飛は「オレは特に……」と言い止(さ)し、関羽に冷たく睨まれて口を噤んだ。


「おお、これは将来関羽の尻に敷かれそうな予感……」

「馬鹿なこと言わないで」

「おやまあ、関羽が怒ってる。張飛、何したの」


 張飛は口を開きかけるけれど、青ざめて顔を背けて何も言わない。
 関羽がだんっと床に拳を叩きつけると小さな悲鳴を漏らして、身体をびくつかせる。
 何だかいつになく姉貴に弱いな、張飛。

 ぼんやりと張飛を観察していると、関羽が「張飛」低い声で呼ぶ。

 あ、マズいぞ。

 これは本気で怒ってる。
 本当に何があったの、張飛。
 関羽がこんなに怒ってるの見たこと無いよ、あたし。


「張飛、何かしたなら素直に非を認めて謝っといた方が無難だよ。今のうちに格下認定されると、将来円滑な夫婦関係を築けなくなるよ」

「○○、さすがにぶつわよ」

「そう言えば母さん、ちょっとした刺激でも時々発作を起こしてたっけなあ」


 さあ殴ってみろと言わんばかりに胸を示してみせる。
 関羽は悔しそうにあたしを睨み、張飛に耳打ちする。張飛が更に青ざめた。

 慌てふためいて懐を探り出す張飛。何事だ。


「○○!!」

「何?」

「こ……これ!!」


 強引に手に持たされたのは、あたしの手ですっぽり包める大きさの木の塊。

 顔を真っ赤にして家から逃げ出そうとする張飛の首根っこを掴んで関羽が、


「それ、張飛が○○の為に幽谷に教えてもらいながら一生懸命彫ったのよ」

「あたしの為に? 何でまた……」


 関羽が張飛の首根っこから手を離し、背中を強く叩いて促す。

 張飛は変な悲鳴を上げて関羽に助けを求めるような目で見るけれど、きつい一睨みでばっさり。冷や汗を垂らしながら言葉にならない声を漏らしながら視線をさまよわせ、やがて意を決したようにあたしに顔を向けた。


「……○○、オレ達がいない間に発作起こして、前みたく外を歩かなくなって、ずっと家の中にいるだろ?」

「まあね。激しい運動禁止令出たし。張飛なら分かると思うけど、あたし散歩してるとたまに走りたくなってたじゃん? 走りたくなっても走れないなら、いっそ散歩自体止めとこうって思ったんだよね」


 張飛は頷いた。


「うん……そうだろうなってのは、分かってた」

「で、それとこれが何の関係が――――」


 改めて木彫りの置物だろうそれを見、あたしは顎を落とした。

 ……。

 えーっと、これは……あー……。


「ず、随分と悩ましげなやらしい……何かの物語に出てくる化け物かな?」

「ちげーよ!!」

「まさか遠回しに生涯処女のあたしのこと馬鹿にしてる?」

「しょ……っ!!」

「今の反応で違うと言うことが分かりました。これ何?」

「虎よ、虎」


 虎……。

 虎……。

 ……虎……。

 …………虎かこれ?


「まあ二三五七歩くらい譲ってこれを虎と認めるとして、何で張飛がこれを彫って、あたしに渡す必要が?」


 しかも木彫りが得意な幽谷に師事してまで……。
 それならあたしよりも関羽に渡すべきじゃ?
 渋面を作ると、張飛は、


「下手なのを渡したのは悪かったって……」


 と肩を落とす。


「いや、関羽に渡すのが筋なんじゃないのって思っただけ。だって張飛……」

「張飛」

「ハイ」


 関羽は大仰に溜息をつき、腰を上げた。
 大股に家を出ていきあたしは張飛と二人きりとなる。だからどうなるということでもないけど。

 張飛は後頭部を掻いて、何処か言いにくそうに視線をさまよわせて無駄にこぼす声を明確な言葉にしようとしない。

 その様子を見て、まさか、と。


「まさか張飛……本当に幽谷に心変わりを?」

「オレが幽谷に? いやいやいや無い無い無い!」

「隠さなくて良いんだよ。幼馴染に心を開いて相談してみな。関定だと馬鹿騒ぎするけどあたしは口堅いし隠し事は父さん以外なら超絶上手いから」


 ぽんと肩を叩いて優しく促してみる。

 けど張飛は大袈裟なくらいに必死に否定してくるのだ。


「ホントにちげーってば! オレが好きなのはずっと前から姉貴でもないし幽谷でもなくて――――」


 ずっと前から? 関羽でもないし幽谷でもない?
 何言ってんだこいつ。
 あたしは眉根を寄せて張飛に確認する。


「子供の時関羽が好きなんだって大声で勢い良く言ってたよね。うちの母さんも近所のお姉さんも聞いてたよ」

「……っあ、あれは……!」


 ますます挙動不審になり始める張飛。色々と弁解しようとしつつも、良い言葉が見つからないようで、


「あれは、いや……ホントは違くて――――だあぁぁもう、何であんなこと言っちまったんだよオレェ!!」


 あたしに背を向けて嘆く。


「そんなんあたしは知らんわ」


 今日の関羽はおかしかったけど、張飛も張飛でおかしいな。
 張飛を観察していると、また「あー」だの「うー」だの言って、あたしをちらちらと様子を窺ってくる。だが何か言ってくる訳でもない。

 それが長く続くとさすがに苛々してきたので、「おい」低い声を絞り出した。

 張飛はびくっと身体を震わせた。
 また暫く言葉に迷っていた彼もようやく観念したようだ。ふと深呼吸をして、


「あー……っと、それを渡したかったのは……お、お前が見れない動物を木彫りにして渡したら、少しは外に触れられた気になれるんじゃねえかなって……」


 もっとましになってから渡すつもりだったのに、どうしてか関羽にバレて、激怒されて――――ここへ来たと。
 張飛の説明に、あたしは首を傾げた。


「あたしにこれ作ってるのバレてなんで関羽が怒る訳? 関羽は多分人並みに嫉妬して自己嫌悪する子だと思うんだけど……」

「いや、怒られたのはそっちじゃなくて○○じゃなくて姉貴が好きだって嘘ついたってことで――――」

「え、あれ嘘だったんだ。あんたあたしが好きだったんかー」

「え? ――――あ゛あぁっ!?」


 張飛は青ざめた。

 あたしは、勿論驚きはしたけど、これが世に言う自爆という奴かとことのほか冷静だった。

 ……いや、驚きすぎて一周回って冷静になってるのか。

 ああ、あたしが二人に出したお菓子の形が何かの鳥に見える。現実逃避してるんだなこれ。

 まあ今の張飛みたいに取り乱さないよりはましかと思いながら、表面上はいつもと変わらない態度で詳しい話を聞き出す自分、ちょっと凄いと思った。

 張飛はあたしに戸惑いながら正直に話した。

 当時、いつもうちに遊びに来てくれる近所のお姉さんが、彼女の両親が幼馴染だって話を、張飛を入れて三人で遊んでる時に思い出したように聞かせてくれた。
 その流れで、本人は冗談のつもりだったんだろうが○○と張飛もそうなるかもねと言ったのを、自分の気持ちを見透かされた! と思い、恥ずかしさから反発してしまった結果、オレが好きなのは姉貴だー発言になってしまったんだと。

 その話を聞いて、あたしは取り敢えず、


「ほー、じゃあ両思いな訳だ」

「へ?」

「張飛があたしを好きで、あたしが張飛を好きで……ほら、両思いじゃん」


 張飛が固まった。
 つかの間沈黙し、目の前で片手を振って見せると見る見る顔が真っ赤に熟れていく。

 観察しているあたしを指差し、


「マ……マジで……?」

「マジだねぇ」


 ……。

 ……って、あたしもあたしで何あっさり暴露してんだと今になって気付く。

 でもまあ言ってしまったものは仕方がないかと、彼の反応が面白いので眺めることにする。

 もうこれ以上は赤くなれないだろう状態の張飛が口を開き――――。


「じ、じゃあオレ達――――」

「あら! 張飛君じゃない! 久し振りにうちの○○を見舞ってくれてるの? ありがとうねぇ」


 ここで所用で出かけていた母さん帰宅。

 張飛が咳き込んだ。


「ど、どーも、おばさん……」

「そうそう。さっき広場で関羽が趙雲と話していたわよ。関羽が好きなんだったら張飛君も負けてちゃ駄目よ!」


 張飛が関羽が好きなのだと信じて疑わない母さんには悪気が全く無い。
 趙雲よりも張飛君を応援してあげなくちゃ! と母性で動いている彼女は長居させるあたしを軽く叱り、張飛を関羽の方へ行かせようとにこにこと家から追い出してしまう。

 必死に母さんに事情を説明しようとする張飛の様子が面白いこと面白いこと。

 笑いを噛み殺しながら眺めていると、張飛と入れ替わりに戻ってきた父さんが苦笑を浮かべてあたしに肩をすくめてみせる。

 母さんが満足そうに家の奥へ引っ込んだのを確認して、あたしの隣に座ってお菓子を食べ始めた。鳥が食われた!
 父さんは張飛が何をしに来たのか分かっていたようだ。


「張飛から貰えたか?」

「これ?」


 虎らしい置物を見せると、父さんの顔がひきつった。


「……想像以上に下手だな」

「何かやらしいこの世に存在するとは思えない生き物だよね」

「飾るなよ」

「これはちょっと飾る勇気が無いかな」


 父さんはあたしの頭を撫でて笑った。

 また用事があるからと出て行く父さんを見送り、お菓子とお茶を片付けて私室に戻る。

 張飛から貰った彫刻をじっくりと見た。 やっぱりどう見ても虎には見えないんだよなぁ……。
 苦笑して、布に包んで小箱の中にしまっておく。

 寝台に腰を下ろして――――ほっとした。
 ほっとして、顔を歪めた。

 今あたしは物凄く安堵している。

 張飛は関羽ではなくあたしが好きで。
 幽谷に教えてもらってあたしの為に下手くそな木彫りの置物を作ってくれて。

 安堵してるのはそれらが分かったからだ。

 ……気にしているつもりはなかったんだが、安堵したということはつまりそういうことなんだろう。

 あたしは寝台に仰向けに倒れ、片手で顔を覆った。



‡‡‡




「――――悪かったな、幽谷」

「いえ」


 幽谷が苦笑いを向けたのは、今回の首謀者、○○の父親である。
 「大した額じゃないが」と僅かな金子を幽谷の手に持たせる。断ろうと押し返すも、親からの小遣いは素直に受け取っておくものだと笑われ、渋々受け取る。

 幽谷が猫族に迎え入れられてから、○○の両親は幽谷を実の娘のように接してくれている。勿論、こんな二人は世平が関羽を育てるようになってからも他の猫族に隠れて助けてやっていた。
 時々○○の母親には困らされることもあったが、それ以上に二人への尊敬と感謝の念が大きい。

 その為、今回彼からこの話を持ちかけられた時には、○○も張飛が好きなのだと知って驚いたが、二つ返事で了承した。


「しかし、驚いたな。俺は、○○に好きな奴がいるって張飛にそれとなく匂わせてくれれば良かったんだが」

「それだけで動かれる方なら、とうの昔に解決しておりました。ですから、張飛様を促すのではなく、関羽様に全てをお話しした方が効果的かと思いまして。上手く行きましたでしょう?」


 彼は大きく頷いた。


「想定以上にな。……ま、うちのに邪魔されて終わっちまったが。あいつはまだ張飛が関羽が好きなんだって信じて疑わないからな」

「それは、張飛様がどうにかなさるべきことです」

「だな。後は若いのをゆっくり観察していこうじゃないか」


 思春期に入ってから張飛が○○を好きなのは露骨に表れていた。
 趙雲すら気付いたのに、○○と○○の母だけが全く気付いていないのだった。

 ○○と一緒に張飛の嘘を聞いた近所の娘のことだが、彼女は後から張飛に頼み込まれて誰にも言わないとの約束を今でも守っている。彼女もまさか○○が張飛と両思いだったとは思わなかったらしい。今回のことで幽谷と関羽が協力を仰ぐ為に話すと心底驚いていた。
 彼女には○○の母親を家から暫く連れ出していて欲しいと頼んだ。

 これを快く了承した彼女へ、これから詳しい顛末(てんまつ)を幽谷から教えることになっている。実は、その為に家の外から様子を見守っていたのだった。


「……さて、これからが見物だぞ。うちのが変に行動して張飛が発狂することになるかもしれん」


 にやり、父親は笑う。

 その笑顔を見て、ああ、こうなってちょっと喜んでいるな、と幽谷は察した。
 彼も○○の親として張飛の過ちに対して思うところが無い筈がない。最後のあれで、ちょっとは溜飲も下がったろう。

 今のうちに関羽に礼を言ってくると歩き去る父親を見送り、幽谷も結果を今か今かと首を長くして待っているだろう協力者の家へ向かうのだった。



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