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 郭嘉が、目を細めて、珍しく無表情に呟いた。

 賈栩の耳にも届いたが、言葉は返さなかった。
 確かに周囲が危惧するように、己はいつか○○に殺されるだろう。

 だが。

 殺されるなら、その前に――――。


「賈栩さん」

「今度は何だい」

「今日はやけに珍しいことばかりで驚きですね。賈栩さんが怒るだけに留まらず殺気立つなんて」

「……確かに、そうだね」


 嗚呼、苛立つばかりだ。
 溜息しか出ない。



‡‡‡




 あの時と全く同じ激情が、胸の中で荒れ狂っている。
 賈栩は眼下に横たわる全裸で拘束された少女を見下ろし、目を細めた。

 見ているだけで忌々しいというのに、視線は彼女に釘付けだ。
 何をされているでもない。少女は熱い息を、噛まされた猿轡(さるぐつわ)の隙間から血の混じった涎と共に荒く吐き出し荒く吸い込む。
 日に当たらぬ所為で徐々に元の色に戻りつつある傷痕だらけの肌は赤らみ、じっとりと汗を掻いている。
 熱を孕(はら)んだ青の瞳は涙で潤み、焦点が定まっていない。

 耐え難いものを耐え、身体を捩(よじ)っては股から垂れる物を賈栩の目から隠し小さく呻く様は、もはや猛獣と呼べぬ。
 淫らでもどかしい熱を必死に抑え込み、自らの尊厳を守らんと抵抗する女に成り果てている。

 少女のその姿に苛立ちを覚えながらも、賈栩は何処か満たされるような、不可思議な心地を得た。
 彼女を忌々しいと思う反面で、激情のまま動けば満足する結果が待っている――――そう囁く自分のものではない声に身体が勝手に動き出してしまいそうだった。

 賈栩は少女に近付く。
 丸い肩を撫でるとくぐもった甘い悲鳴が上がり、長期に渡って鍛錬を怠っている為に筋肉が衰え始めた身体がびくりと強ばる。
 賈栩の手はそのまま首を掴んだ。

 体重をかけて、咽を押し潰す。


「う゛!? ぐ……ぅ……っ!」

「……」


 折れそうだ。
 存外、女らしい首の細さをしている。
 かの猛獣は、こんなにも簡単に折れる首をしていたのか。

 いや、それ以前に、裸になれば彼女は女だった。

 賈栩は手を離し、激しく咳き込みながら身を捩る少女を見下ろし、身を乗り出した。

 見ているだけでも苛立たしい存在。
 不愉快な感情ばかりを植え付ける存在。
 今も、胸が熱くたぎり、不快感が身体を鉛のように重くする。

 けれども身体は、勝手に動いた。
 少女の身体にのし掛かり、腰に爪を立てる。引っ掻く。
 途端に鳥肌が立ち身体が痙攣(けいれん)する。

 何の為に捕らえようと思ったのかは、自分でも分からない。
 たまたま、女官が夏侯惇に仕込もうとしていたところを咎め取り上げた媚薬を、少女に用いた。
 結果、猛獣は快楽を求めて女となり、賈栩の下で涙を流す。荒い呼吸音が賈栩の鼓膜を震わせる。

 彼女はもうあの猛禽の眼光を失い、欲望を必死に抑え込もうとしても熱い視線に含まれている。

 猿轡を取り去る。涎が染み込んだそれを投げ捨て、腹の肉を抓り上げた。


「……っ、ん、やぁ……あっ」


 甘く媚びるような声に、頭がじんと痺れるような感覚に襲われる。

 不愉快だ。
 不愉快だ。
 気に食わない。
 この少女の何もかもが、忌々しい。

 それでも、賈栩の手は、少女の身体を這い性的な目的を持って暴いていく。

 時折、快楽によってとろけていく彼女の首を寸前まで絞め上げて、苦悶と悦楽の入り交じった顔を見下ろすと、得も言われぬ心地良さがあった。
 賈栩は、その心地良さの正体が分からない。
 分からないから、その行為は続く。

 無言で悦(よ)がり苦しむ少女を眺めながら、賈栩は正体の分からぬ感情を持て余し、狂行を続けた。


「や、止めろ……ああ……止めろっ!」

「……」


 女らしく卑猥な声に、胸が満たされていく。

 賈栩の狂行は止まらない。
 少女が女である限り。
 賈栩が己の感情に気付かぬ限り。

 檻に閉じ込められた猛獣は、二度と出られない。

 出られたとしても、その時にはもう、己が誇る牙も矜持も、無事であるのか分からぬ――――……。



‡‡‡




 当然の報いという者が多数。
 敵の罠に嵌(は)まり、自力で包囲を抜けた○○は、満身創痍、這々の体だった。
 常人であれば立っていることの難しい傷だらけの彼女は、敵方の名将の首級を三つ腕にぶら下げて曹操に献上した。
 『あたしは死んじゃいない。ならこの戦場はあたしの死に場所じゃあない』――――にたりとさしもの曹操すら悪寒が走る笑みを浮かべた後、地に伏し絶入(ぜつじゅ)した。

 即座に軍医のもとに運ばれ、早急な応急処置を受け、いち早く城へと戻された○○を、誰もが畏怖し、誰もが軽蔑した。
 到底、我らには蛮族の理念なぞ理解出来ぬと。

 ○○は、それから数日昏睡状態となった。
 そのまま死ねば良い。
 死ねばこちらが気が楽になる。
 ○○がいれば勝率が格段に上がるが、それだけだ。十三支の方が、よっぽどましである。
 彼女の死を願う者が多い中、かの猛獣は目覚め、目を瞠る程の回復力を見せた。


 ……だが。


 翌日には復帰する筈だったその日、彼女は肺の疾患により急逝した。
 流行病であることを考慮し、誰の目にも触れさせず死体を燃やし地面に埋めたと言う。

 疲れ切った軍医と、賈栩の報告に、曹操は大層落胆したという。






 この一ヶ月後。
 一人の軍医が自ら命を絶つ。

 彼の遺書は短く、こう記されていた。


 この世に、人間でありながら猛獣と成り果てた人間が、我が身の周りに一体どれだけいるのか、考えるだけで恐怖に気が狂いそうだ、と――――。



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