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やっぱりどう見ても虎には見えないんだよなぁ……。
苦笑して、布に包んで小箱の中にしまっておく。
寝台に腰を下ろして――――ほっとした。
ほっとして、顔を歪めた。
今あたしは物凄く安堵している。
張飛は関羽ではなくあたしが好きで。
幽谷に教えてもらってあたしの為に下手くそな木彫りの置物を作ってくれて。
安堵してるのはそれらが分かったからだ。
……気にしているつもりはなかったんだが、安堵したということはつまりそういうことなんだろう。
あたしは寝台に仰向けに倒れ、片手で顔を覆った。
‡‡‡
「――――悪かったな、幽谷」
「いえ」
幽谷が苦笑いを向けたのは、今回の首謀者、○○の父親である。
「大した額じゃないが」と僅かな金子を幽谷の手に持たせる。断ろうと押し返すも、親からの小遣いは素直に受け取っておくものだと笑われ、渋々受け取る。
幽谷が猫族に迎え入れられてから、○○の両親は幽谷を実の娘のように接してくれている。勿論、こんな二人は世平が関羽を育てるようになってからも他の猫族に隠れて助けてやっていた。
時々○○の母親には困らされることもあったが、それ以上に二人への尊敬と感謝の念が大きい。
その為、今回彼からこの話を持ちかけられた時には、○○も張飛が好きなのだと知って驚いたが、二つ返事で了承した。
「しかし、驚いたな。俺は、○○に好きな奴がいるって張飛にそれとなく匂わせてくれれば良かったんだが」
「それだけで動かれる方なら、とうの昔に解決しておりました。ですから、張飛様を促すのではなく、関羽様に全てをお話しした方が効果的かと思いまして。上手く行きましたでしょう?」
彼は大きく頷いた。
「想定以上にな。……ま、うちのに邪魔されて終わっちまったが。あいつはまだ張飛が関羽が好きなんだって信じて疑わないからな」
「それは、張飛様がどうにかなさるべきことです」
「だな。後は若いのをゆっくり観察していこうじゃないか」
思春期に入ってから張飛が○○を好きなのは露骨に表れていた。
趙雲すら気付いたのに、○○と○○の母だけが全く気付いていないのだった。
○○と一緒に張飛の嘘を聞いた近所の娘のことだが、彼女は後から張飛に頼み込まれて誰にも言わないとの約束を今でも守っている。彼女もまさか○○が張飛と両思いだったとは思わなかったらしい。今回のことで幽谷と関羽が協力を仰ぐ為に話すと心底驚いていた。
彼女には○○の母親を家から暫く連れ出していて欲しいと頼んだ。
これを快く了承した彼女へ、これから詳しい顛末(てんまつ)を幽谷から教えることになっている。実は、その為に家の外から様子を見守っていたのだった。
「……さて、これからが見物だぞ。うちのが変に行動して張飛が発狂することになるかもしれん」
にやり、父親は笑う。
その笑顔を見て、ああ、こうなってちょっと喜んでいるな、と幽谷は察した。
彼も○○の親として張飛の過ちに対して思うところが無い筈がない。最後のあれで、ちょっとは溜飲も下がったろう。
今のうちに関羽に礼を言ってくると歩き去る父親を見送り、幽谷も結果を今か今かと首を長くして待っているだろう協力者の家へ向かうのだった。
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