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友人という今の距離を壊したくなくて告白に踏み切れなかったけれど、関羽へ本気になる前に告白をしてこっちを意識させた方が良いのか、こちらから働きかけて先に趙雲と関羽をくっつけて諦めさせた方が良いのか……と悩んでいるのである。
取り敢えず、それは大事なことなんだから、相談にはいつでも幾らでも乗るけれどあたし達に答えを委ねるんじゃなくて最終的には自分で決めなと言っているので、どんな選択をするにしろ彼女が後悔するようなことにはならない筈だ。
あたしの性格を分かった上で相談しに来ているので、彼女は神妙に聞き入れた。後もう一日、しっかり考えて決める! と顔を真っ赤にして宣言した。多分告白するだろうとは思った。
「青春だなー……」
帰っていく友人を見送って、一人部屋の中でぼやく。
彼女を羨ましいと思う反面、彼女と違って見込みが全く無いあたしが何をしてもどうにもならないと分かっているので動こうとは思わない。
裁縫だけならこっちが圧勝してる関羽でも、とても難しいのに、本当に幽谷に乗り換えているとしたら、完全敗北だ。
幽谷という絶世の美女に勝てる女など大陸中を探してもいないとはあたしの長年の持論である。
それなら、言わない代わりに幼馴染の立場を死守して満足するべきか。
「さらばあたしの青春よー」
寝台に仰向けに倒れ、間延びした声で言う。
そしてその後にまた母さんの張飛の恋路応援作戦の勧誘を聞き流して、父さんと苦笑いを浮かべ合いながら夕飯を食べるのである。
‡‡‡
珍しく張飛が関羽に首根っこ掴まれて引きずられて、あたしの家へやってきた。
丁度模様替えも兼ねて部屋の掃除をしていたのに気付くと、張飛と一緒に手伝ってくれて、予定よりも早く片付いた。
「で、どうかした? 何か用でも?」
二人にお茶と母さんが気まぐれで作った新作のお菓子を出して、訊ねた。
張飛は「オレは特に……」と言い止(さ)し、関羽に冷たく睨まれて口を噤んだ。
「おお、これは将来関羽の尻に敷かれそうな予感……」
「馬鹿なこと言わないで」
「おやまあ、関羽が怒ってる。張飛、何したの」
張飛は口を開きかけるけれど、青ざめて顔を背けて何も言わない。
関羽がだんっと床に拳を叩きつけると小さな悲鳴を漏らして、身体をびくつかせる。
何だかいつになく姉貴に弱いな、張飛。
ぼんやりと張飛を観察していると、関羽が「張飛」低い声で呼ぶ。
あ、マズいぞ。
これは本気で怒ってる。
本当に何があったの、張飛。
関羽がこんなに怒ってるの見たこと無いよ、あたし。
「張飛、何かしたなら素直に非を認めて謝っといた方が無難だよ。今のうちに格下認定されると、将来円滑な夫婦関係を築けなくなるよ」
「○○、さすがにぶつわよ」
「そう言えば母さん、ちょっとした刺激でも時々発作を起こしてたっけなあ」
さあ殴ってみろと言わんばかりに胸を示してみせる。
関羽は悔しそうにあたしを睨み、張飛に耳打ちする。張飛が更に青ざめた。
慌てふためいて懐を探り出す張飛。何事だ。
「○○!!」
「何?」
「こ……これ!!」
強引に手に持たされたのは、あたしの手ですっぽり包める大きさの木の塊。
顔を真っ赤にして家から逃げ出そうとする張飛の首根っこを掴んで関羽が、
「それ、張飛が○○の為に幽谷に教えてもらいながら一生懸命彫ったのよ」
「あたしの為に? 何でまた……」
関羽が張飛の首根っこから手を離し、背中を強く叩いて促す。
張飛は変な悲鳴を上げて関羽に助けを求めるような目で見るけれど、きつい一睨みでばっさり。冷や汗を垂らしながら言葉にならない声を漏らしながら視線をさまよわせ、やがて意を決したようにあたしに顔を向けた。
「……○○、オレ達がいない間に発作起こして、前みたく外を歩かなくなって、ずっと家の中にいるだろ?」
「まあね。激しい運動禁止令出たし。張飛なら分かると思うけど、あたし散歩してるとたまに走りたくなってたじゃん? 走りたくなっても走れないなら、いっそ散歩自体止めとこうって思ったんだよね」
張飛は頷いた。
「うん……そうだろうなってのは、分かってた」
「で、それとこれが何の関係が――――」
改めて木彫りの置物だろうそれを見、あたしは顎を落とした。
……。
えーっと、これは……あー……。
「ず、随分と悩ましげなやらしい……何かの物語に出てくる化け物かな?」
「ちげーよ!!」
「まさか遠回しに生涯処女のあたしのこと馬鹿にしてる?」
「しょ……っ!!」
「今の反応で違うと言うことが分かりました。これ何?」
「虎よ、虎」
虎……。
虎……。
……虎……。
…………虎かこれ?
「まあ二三五七歩くらい譲ってこれを虎と認めるとして、何で張飛がこれを彫って、あたしに渡す必要が?」
しかも木彫りが得意な幽谷に師事してまで……。
それならあたしよりも関羽に渡すべきじゃ?
渋面を作ると、張飛は、
「下手なのを渡したのは悪かったって……」
と肩を落とす。
「いや、関羽に渡すのが筋なんじゃないのって思っただけ。だって張飛……」
「張飛」
「ハイ」
関羽は大仰に溜息をつき、腰を上げた。
大股に家を出ていきあたしは張飛と二人きりとなる。だからどうなるということでもないけど。
張飛は後頭部を掻いて、何処か言いにくそうに視線をさまよわせて無駄にこぼす声を明確な言葉にしようとしない。
その様子を見て、まさか、と。
「まさか張飛……本当に幽谷に心変わりを?」
「オレが幽谷に? いやいやいや無い無い無い!」
「隠さなくて良いんだよ。幼馴染に心を開いて相談してみな。関定だと馬鹿騒ぎするけどあたしは口堅いし隠し事は父さん以外なら超絶上手いから」
ぽんと肩を叩いて優しく促してみる。
けど張飛は大袈裟なくらいに必死に否定してくるのだ。
「ホントにちげーってば! オレが好きなのはずっと前から姉貴でもないし幽谷でもなくて――――」
ずっと前から? 関羽でもないし幽谷でもない?
何言ってんだこいつ。
あたしは眉根を寄せて張飛に確認する。
「子供の時関羽が好きなんだって大声で勢い良く言ってたよね。うちの母さんも近所のお姉さんも聞いてたよ」
「……っあ、あれは……!」
ますます挙動不審になり始める張飛。色々と弁解しようとしつつも、良い言葉が見つからないようで、
「あれは、いや……ホントは違くて――――だあぁぁもう、何であんなこと言っちまったんだよオレェ!!」
あたしに背を向けて嘆く。
「そんなんあたしは知らんわ」
今日の関羽はおかしかったけど、張飛も張飛でおかしいな。
張飛を観察していると、また「あー」だの「うー」だの言って、あたしをちらちらと様子を窺ってくる。だが何か言ってくる訳でもない。
それが長く続くとさすがに苛々してきたので、「おい」低い声を絞り出した。
張飛はびくっと身体を震わせた。
また暫く言葉に迷っていた彼もようやく観念したようだ。ふと深呼吸をして、
「あー……っと、それを渡したかったのは……お、お前が見れない動物を木彫りにして渡したら、少しは外に触れられた気になれるんじゃねえかなって……」
もっとましになってから渡すつもりだったのに、どうしてか関羽にバレて、激怒されて――――ここへ来たと。
張飛の説明に、あたしは首を傾げた。
「あたしにこれ作ってるのバレてなんで関羽が怒る訳? 関羽は多分人並みに嫉妬して自己嫌悪する子だと思うんだけど……」
「いや、怒られたのはそっちじゃなくて○○じゃなくて姉貴が好きだって嘘ついたってことで――――」
「え、あれ嘘だったんだ。あんたあたしが好きだったんかー」
「え? ――――あ゛あぁっ!?」
張飛は青ざめた。
あたしは、勿論驚きはしたけど、これが世に言う自爆という奴かとことのほか冷静だった。
……いや、驚きすぎて一周回って冷静になってるのか。
ああ、あたしが二人に出したお菓子の形が何かの鳥に見える。現実逃避してるんだなこれ。
まあ今の張飛みたいに取り乱さないよりはましかと思いながら、表面上はいつもと変わらない態度で詳しい話を聞き出す自分、ちょっと凄いと思った。
張飛はあたしに戸惑いながら正直に話した。
当時、いつもうちに遊びに来てくれる近所のお姉さんが、彼女の両親が幼馴染だって話を、張飛を入れて三人で遊んでる時に思い出したように聞かせてくれた。
その流れで、本人は冗談のつもりだったんだろうが○○と張飛もそうなるかもねと言ったのを、自分の気持ちを見透かされた! と思い、恥ずかしさから反発してしまった結果、オレが好きなのは姉貴だー発言になってしまったんだと。
その話を聞いて、あたしは取り敢えず、
「ほー、じゃあ両思いな訳だ」
「へ?」
「張飛があたしを好きで、あたしが張飛を好きで……ほら、両思いじゃん」
張飛が固まった。
つかの間沈黙し、目の前で片手を振って見せると見る見る顔が真っ赤に熟れていく。
観察しているあたしを指差し、
「マ……マジで……?」
「マジだねぇ」
……。
……って、あたしもあたしで何あっさり暴露してんだと今になって気付く。
でもまあ言ってしまったものは仕方がないかと、彼の反応が面白いので眺めることにする。
もうこれ以上は赤くなれないだろう状態の張飛が口を開き――――。
「じ、じゃあオレ達――――」
「あら! 張飛君じゃない! 久し振りにうちの○○を見舞ってくれてるの? ありがとうねぇ」
ここで所用で出かけていた母さん帰宅。
張飛が咳き込んだ。
「ど、どーも、おばさん……」
「そうそう。さっき広場で関羽が趙雲と話していたわよ。関羽が好きなんだったら張飛君も負けてちゃ駄目よ!」
張飛が関羽が好きなのだと信じて疑わない母さんには悪気が全く無い。
趙雲よりも張飛君を応援してあげなくちゃ! と母性で動いている彼女は長居させるあたしを軽く叱り、張飛を関羽の方へ行かせようとにこにこと家から追い出してしまう。
必死に母さんに事情を説明しようとする張飛の様子が面白いこと面白いこと。
笑いを噛み殺しながら眺めていると、張飛と入れ替わりに戻ってきた父さんが苦笑を浮かべてあたしに肩をすくめてみせる。
母さんが満足そうに家の奥へ引っ込んだのを確認して、あたしの隣に座ってお菓子を食べ始めた。鳥が食われた!
父さんは張飛が何をしに来たのか分かっていたようだ。
「張飛から貰えたか?」
「これ?」
虎らしい置物を見せると、父さんの顔がひきつった。
「……想像以上に下手だな」
「何かやらしいこの世に存在するとは思えない生き物だよね」
「飾るなよ」
「これはちょっと飾る勇気が無いかな」
父さんはあたしの頭を撫でて笑った。
また用事があるからと出て行く父さんを見送り、お菓子とお茶を片付けて私室に戻る。
張飛から貰った彫刻をじっくりと見た。
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