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※この作品でははらさが夢主とは別に夢主がおりますので、はらさが夢主はオリキャラ扱いとしてデフォ名表記となります。
※if話として書いておりますので、はらさが本編と展開が異なっております。



 あたしは、病弱な両親程ではないけど、身体がそれ程強くない。
 おまけに日差しを浴びると蕁麻疹(じんましん)が出るので基本的に外を出歩けるのは夜のみ。

 なので、両親は夜の外出を許可してくれていて、夕飯の後気が済むまで外をぶらつくのが日課になっている。

 幼い頃は父さんが、両親の持病が悪化してからは張飛や幽谷が両親に頼まれて同伴してくれる。
 ぶっちゃけ、あたしとしては張飛よりも幽谷と一緒に行った方が凄く得する。動物に無条件で触り放題なのだ。夜行性の動物に限るけど、あれは至福の時間だった……。

 が、里に曹操が現れてから、猫族の静かな暮らしは一変。
 あたし達戦えない者は里に残り、関羽や幽谷は勿論、世平さんを筆頭に戦力になる男衆も曹操に従うこととなり人間達の争いへ巻き込まれていった。あと、何故か劉備様も。劉備様が関羽と離れたくないと譲らなかったんだそうだ。
 その時あたしは避難する際に日差しを浴びてしまい、村の隅にある避難先の家屋から一歩も出られる状態ではなかった為話し合いにも参加せず、全て後から知ったことだ。

 まあ、劉備様の関羽ダイスキーは昔からだし、幽谷と関羽の側なら万が一にも危険が及ぶことは無いだろうしと、周りと比べてあたしは不安を感じることも無かった。

 残念だったのは、張飛も幽谷も里を去ったことで、あたしも外を出歩くことは無くなったこと。
 まあ、元々友人達が昼間に遊びに来て刺繍をしたりお菓子を作ったり空想の物語を皆で作ってみたりするので、退屈になるなんてことは無かったんだけど。
 それでもやっぱり、日々に物足りなさを覚えずにはいられない。

 そんな中、あたしにも修羅場が訪れた。

 昔から、どちらの持病も遺伝するものじゃないとは聞いていたけれど、何となくあたしもいつかどちらかと同じになるだろうと予感めいたものが子供の頃からあった。
 だから急に胸が痛くなって倒れた後に目が覚めたあたしは、側にいた母さんに、さらっと言った。


「あたし母さんと同じ持病持ちになったっぽい。だから薬分けて」


 母には呆れられ、扉の側で待機していた友人皆からひっぱたかれた。

 ちなみに後から母さんに愚痴られた父さんは、


「お前……たまに思考を半分何処かに置いてきたんじゃないのか?」


 などと意味の分からないことを本気で心配していた。


「違うよ。何言ってるんだい、父さん。あたしはいつでも何処でも冷めてるだけさ。フヘヘヘ」

「この子……どうしてこんな子に育っちゃったのかしら……張飛君はまともなのに」

「母さんいつも思うけど何気にさらっと酷いよね」

「張飛君の恋が実らないのはあんたの所為なんじゃない?」


 そこで一瞬、言葉に詰まってしまった。
 父さんが目を細めて口を開く前に、


「いやいや、それは張飛が男らしくないからでしょー。関羽は完全に弟認定してるんだし、張飛が男だって関羽が認識しない限り見込み無いって」

「それをあんたがどうにか尻叩いてあげなさいよ。幼馴染なんだから。帰ったらそうなさい」

「ソーデスネー。キヲツケマスー」

「もう、○○ったら。こんな冷たい幼馴染を持って張飛君も可哀想に……」


 あはははーと笑って誤魔化すあたしに呆れつつ、夕飯の準備に戻る母さん。

 その背を苦々しく見つめ、父さんがあたしに向かって片手を立てて無言で謝罪する。
 あたしは肩をすくめて返した。

 母さんに一切悪気が無いのは分かっている。

 母さんは小さな頃からかなり鈍感な質(たち)で、直接的であったにも関わらず父さんの求婚に全く気付かなかったという話の他にも様々な伝説を残している。
 あたしが実は張飛が好きだなんて気付く訳がない。気付いたら、それは間違いなく大いなる災厄の前触れだとあたしは信じて疑わない。

 母さんはその類いまれなる鈍感さ故に、人に対して無神経な発言が結構ある。昔からなので皆特に気にしていない。あたしもたまーにいらっとすることもあるけど、まあ母さんだし、まともに取り合ってもこっちが疲れるだけだしなーと流している。

 対して父さんは母さんと足して相殺されるくらい聡い人。
 あたしが張飛が好きだってことを真っ先に気付いたのは父さんだ。張飛が自分は関羽が好きなんだと言ってから誰にも言わないでおこうと思っていたのが、父さんにはバレバレだった。
 そういや父さんに隠し事が出来た試しが一度も無かった事実を思い出し、子供ながら実父相手に戦慄が走ったね。

 それはさておき、幸い、あたしは母さんと同じ病気のようで、いつも母さんがお世話になってるお婆ちゃんにあたしにも同じ薬を処方してもらうよう頼んだ。

 おかげで発作も無く、ただこれで将来の夜散歩再開は難しくなったと嘆きながら、あたしは隠れ里で皆の帰りを待ち続けた。

――――の、だが。
 まさかまた人間が来るとか、村が焼かれるとか、誰も予想出来ないだろ。



‡‡‡




「あの後張飛に大陸中を逃げ回る犯罪者の如く全身を外套ですっぽり覆い隠されて歩かされた恨みをあたしは忘れない」

「良く早口で噛まずに言えるわね」


 手作りのお菓子を持ってきてくれた関羽との会話から、右北平への道程の中でのことを思い出したあたしは、唐突に恨み言を吐いた。

 関羽が関心と呆れが混じったような顔で、


「○○は日差しを浴びると蕁麻疹が出るんだから仕方が無いじゃない」


 お菓子を盛りつけた小皿とお茶をあたしの前に置き、あたしの向かい側に座る。

 曹操から解放された関羽達と合流したあたし達猫族。
 住み処は何者かの軍によって焼き払われ、公孫賛という人間の温情とやらで蒼野に住み着いた。
 信用しない方が良くない? と言ったけど関羽に無視されるどころか如何にその人が良い人か長々と語られた。右から左へ聞き流したけれども。
 相手人間じゃん、庶民と違って曹操みたいに物事の表も裏も知り尽くした部類の人間じゃん、あたし達や幽谷みたいに蔑まれる側の人間じゃないじゃん、とあたしは思う訳で。

 もう少し警戒しといた方が良いと思うんだけどな。
 猫族は疑り深いようで意外と信用するのが早いんだよなあ……。


「ところで、身体は大丈夫なの?」

「んあ? あー、最初に倒れてからは発作は一度も無いかな。今の生活で問題は無いんじゃない?」


 そう言うと、関羽は不満そうに顔をしかめる。


「○○……あのね、もう少し自分の身体を大事にするようにしてみたらどう?」

「え、超絶大事にしてない? 散歩時間短くするところを夜中の散歩自体止めたよあたし」


 まあ、身体を気遣ったと言うよりは、体調に注意しながら散歩するのもなーと思ったのが大きいんだけど。
 散歩していると無性に走りたくなる時があった。でも今じゃ激しい運動は厳禁だから無理。
 走りたい時に走れないなら時間制限してまで散歩してもなぁ、と思う訳で。


「いつも淡泊そうだからそういう風に見えないのよ。張飛も心配してるわよ」

「……」


 関羽から言われると、ちょっと息が詰まる。
 張飛はあんたが好きなんですよー、異性としてーと言ってすっきりしたくなる。

 ただ、そうしたところですっきりするのはあたしだけで、余所がわちゃわちゃしたことになりそうなので取れそうにない責任を発生させるつもりはない。


「その張飛が最近幽谷とやたら密会してるのを知っているあたしとしては関羽の言葉から説得力をまるで感じない」

「もう……」


 関羽は溜息をつく。

 あたしは肩をすくめた。

 でも実際、張飛は蒼野に定住してからほとんどあたしの部屋には来ない。関定が言ってたけど、最近は幽谷と鍛錬するでもなく、二人で森の方へ行って夕方になるまで帰ってこないんだそうだ。
 多分前のように関羽とのことについて相談してるんだろうとは思う。

 思うんだけど……どうも、もしかすると幽谷に乗り換えたことも考えられるんだよね。
 張飛も多感な年代の少年だから、有り得ないことは無い。

 やだな、関羽にさえ勝てないあたしが、幽谷に敵う訳ないじゃないか。

 幽谷は、あたしが男だったら絶対に惚れてると思う。
 それくらい幽谷の女性としての魅力は半端ない。特に歩いてる時の腰とお尻が一番良いとあたしは思ってる。歌が壊滅的過ぎてもはや殺人級にだとか四凶饕餮(とうてつ)だとか、今となってはそんな欠点は気にならないくらい。

 関羽の更に上へ行ったか、張飛よ……。
 そりゃあたしを見舞う暇も惜しいわな。
 そんな張飛に今でも惚れてる自分が馬鹿馬鹿しくて溜息が出そうになったのを、咄嗟にお茶を飲むフリをして隠した。


「……まあ、取り敢えず死なないうちは平気だし。気にすること無いって」

「そういう考えが、他の皆を余計に心配させてるのよ」

「自覚あるけど持病もあたしの性格も、太陽が出てくる方角と沈む方角がどんなことがあっても逆転しないのと同じように変えようが無い」


 へらへらと関羽の小言をかわすあたしに、関羽は溜息をつく。


「関羽。ただでさえその辺の男よりも強くなっちゃってるのに、溜息をついて幸せを自ら逃していたら婚期逃すよ」

「……」

「きゃあ関羽ちゃんこわぁい!」


 自分の性格とはまるで違う類のぶりっ子で関羽をからかい、お菓子を食べる。


「味変わった……いや、材料変えた?」

「○○……」

「生き物は生きてるならいつか死ぬものだよ」


 もくもくお菓子を食べるあたしを見つめ、関羽が再度溜息をついた。
 あたしにいつまでも小言を言うのは無意味だと悟ったようだ。この件については何も言わなくなった。

 それから暫くして、友人達が遊びに来て、関羽も混ざっていつもよりちょっとだけ騒がしくなる。

 夕方になると幽谷が劉備様と一緒に関羽を迎えに来た。

 友人達はもう暫く滞在して、関羽抜きでちょいと深めの恋バナになる。

 友人のうち一人の片思いの相手が関羽を気にし始めてやきもきしているという、まったく若い青春の一幕らしい話だ。

 ちなみに張飛ではない。あたしより年下の流されやすいなよっちい少年だ。そんなところが可愛くて放っておけないとは片思い中の友人談である。
 で、その彼は、関羽が曹操やら趙雲やら人間の男に気に入られてるのが――――実際彼女と趙雲は結構良い感じなのだそうだ――――何となく気に食わなくて『あれ? 俺ってもしかして関羽のこと……』と思い始めたらしい。

 あたしに言わせてみると、隣の芝生は青いと言うか、他人の物程良く見えるってのと似たもんなんじゃないだろうか。
 年齢の近い同族という認識しか無かった少女が、人間の若い男に好意を向けられるようになって、魅力ある女であることを知った衝撃と困惑を、「ハッ、もしかしてこれは……!」と錯覚しているんだと思う。

 だけどもそんなこと考えもつかないんだろうね、片思い歴五年と結構長い友人は最近本気で思い悩んでいる様子。