清々しい朝である。
 幽谷はベランダに立って洗濯物を干していた。

 するとふと、下に目を向けて、口角を緩めた。

 ベランダの下――――玄関に数人の中学生が立っていた。
 彼らは幽谷に気付くとにこやかに頭を下げて、劉備がいるかを問うてきた。
 幽谷は「いらっしゃいますよ」と丁寧に答えて、洗濯物をそのままに家の中に入る。

 廊下に出るとばたばたと支度を済ませた劉備が階段を下りていくのを見た。


「劉備様、お友達がお迎えにいらっしゃっていますよ」

「うん! 行ってきまーす!」

「はい。いってらっしゃいませ」


 階段の上から頭を下げて、劉備を見送る。
 それから時間を確認しまたベランダに戻って洗濯物を干す。

 玄関を出た劉備が幽谷に手を振るのを見、頭を下げた。

 続いて、関定と張飛が蘇双を迎えに来る。
 蘇双はすでに準備が出来ていたので、彼はすぐに家を出ていった。世平も一緒だ。

 残るは幽谷と、関羽のみ。

 台所の片付けを担当している関羽が、二階に上がってベランダに声をかけた。


「幽谷、お皿は片付けたわ」

「ええ、分かったわ。では、家の確認をしていきましょう」

「ええ」


 洗濯物を済ませた幽谷は洗濯籠を片付けて、玄関に置いておいた鞄を確認し、家の中を確認して回る。鍵は閉めているか、コンセントを抜いているか、皆関羽の作った弁当を持って行っているのか――――関羽と共に細かく確認し、玄関に置いた鞄を手に取って靴を履く。


「関羽、そろそろ行きましょう」

「ええ。あ、今日はわたしが買い物に行く番だったわね」


 幽谷は頷く。
 料理や買い物は、関羽と幽谷で当番制にしている。
 今日は、彼女の言う通り関羽の番である。


「今日の晩ご飯は何が良いかしら」

「そうね……昨日がお魚を煮ていたから、今日は野菜の炒め物とか……」

「炒め物……だったらチャンプルーにしようかしら。あと何かスープとか……あ、温野菜も用意しても良いかも」

「あと、忘れずに世平様の肴(さかな)も考えなくてはいけないわよ」

「あ、そうか。そうなると……また迷っちゃうなぁ」


 玄関を閉めて、鍵を閉める。
 悩み出した関羽の肩を叩いて、彼女は歩き出す。

 関羽も慌ててついてきた。


「ねえ、幽谷。世平おじさんのおつまみ、何が良いかしら」

「そうねえ……」


 さて、何が良いかしら。
 幽谷は歩きながら頭を働かせ、思い付く限りの料理を口に出して言う。


「鰆の(さわら)の幽庵(ゆうあん)焼き、海老の包み揚げ、鶏肉の味噌漬け焼き、小あじの南蛮漬け……」

「……レンコンのきんぴらもどうかしら。ああでも……ううん、迷うなあ」

「今から決めなくても良いのよ。まだ時間はあるのだから、ゆっくり考えましょう」


 そう言うが関羽は唇をへの字にして、


「そうだけど……、ほら、わたしのクラス今日数学の小テストでしょう? 今のうちに決めておかなくちゃそれどころじゃなくなっちゃいそうで……」

「関羽」


 関羽は真面目だ。たかだか小テストでも、高得点を取りたいと励む。
 考査の時だけ学力を発揮すれば良いとだけ思っている幽谷とは大違いだ。

 幽谷は苦笑し、関羽の頭をそろりと撫でた。


「では、登校中に決めなくてはね」

「うう……」


 関羽の悩む姿を見て、くすくすと笑う幽谷を、彼女は恨めしそうに見上げるのだった。



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