10 趙雲がやたらとしつこい。 馬超との関係を何度も何度も訊ねてくるのだ。 それが翌日になっても続くのだから、幽谷もそろそろ彼の顔を殴りそうな程に気分が降下していた。 いつになくぴりぴりとした幽谷の空気を察してか、関羽はその日風が強い為に人気の無い屋上で昼食をとった。風で飛ばないように場所を選び、幽谷と並んで腰を落ち着けた。 「昨日、馬超と何かあったの? さっき、趙雲が彼について訊いてきたのだけど」 「……ええ、まあ」 疲れ切ったような彼女は滅多に見れるものではない。 これは余程のことがあったのだと、関羽は腹にほんの少しだけ力を込めて幽谷の言葉を待った。 彼女は関羽の様子を一瞥すると長々と吐息を漏らした。 「実は――――」 幽谷は昨日の放課後のことを事細かに、重々しい声音で話した。思い出しただけでも胸が重く沈む。勿論嫌悪でだ。 されど、話を聞き終えた関羽はぽかんと口を開いたまま固まった。 どうやら、彼女の予想とは違ったようだ。 「幽谷……、それでそんな疲れた顔してたの?」 「どんな予想をしていたのかしら、関羽」 「馬超のことだからもっと強く取り合いをしていたのかと思っていたわ。すんなり退がってくれたんだったら問題は無いんじゃないの?」 幽谷は半眼に据わらせてこめかみを押さえた。 「趙雲殿が、しつこく訊いてくるのよ。何度同じ答えを返したか……」 「ああ……そっちね」 ……そう言えば、今日は朝から良く一緒にいたっけ。いつも以上に機嫌が悪そうな幽谷と、真剣な表情の趙雲の様子は何処か異様で、少しだけ目立っていた。 大きな原因はそっちだったのかと関羽は苦笑を浮かべた。 幽谷は目を伏せると舌打ちし、ぐっと拳を握り締めた。 「今度また訊いてきたら、殴って黙らせます」 「そ、それは駄目!」 慌てて拳を下ろさせた関羽は片目を眇めて、 「……もう、幽谷ったらどうしてそんなに趙雲が苦手なの?」 「生理的に無理なの」 「幽谷……」 呆れた風情の関羽の視線から逃れるように幽谷は目を左に流した。 しかし、こればかりは仕方がない。 どうもあの男は幽谷の調子を狂わせるのが得意なようだ。それが気に食わない。 一生、克服することは出来ないだろうと心の中で断じた。 「とにかく、暴力は絶対に駄目よ! 趙雲は先生なんだから」 「……分かったわ」 頷きつつも不満そうな幽谷に、関羽はむっとして彼女の頭に軽くチョップを落とした。 ‡‡‡ 「にしてもさ……体育祭まで練習期間短くね? 覚えること沢山ありすぎるってー!」 両の拳を橙の空に向かって突き上げた張飛の抗議に、関羽は「仕方ないでしょ」と素っ気無く答えた。 張飛は手を落として恨みがましく関羽を見やる。 「姉貴だって思わねえの? こんなん足りねー! ってさ」 「去年もこんな感じだったもの、何も思わないけど。ねえ、幽谷」 「はい。ですが、張飛様と同じようなことを、去年の関羽様も仰っておられましたよ」 「え……そ、そうだったかしら?」 幽谷はくすりと笑って首肯した。 途端、関羽は気まずそうに幽谷の影に隠れてしまう。 張飛が非難の言葉を上げた。 関定が五月蠅そうに耳を塞ぎ、ややあって蘇双が「張飛五月蠅い」と彼の頭を鞄で殴る。張飛の鞄よりもうんと重いそれはもはや凶器だ。 張飛は頭を抱えてその場にうずくまってしまった。 幽谷が足を止めて彼に近付こうとすれば関定が腕をがしっと掴んで無理矢理に歩かせた。 「あの、張飛様が」 「良いって。いつものことだろ? ……それよりも、お前にちょぉっと訊きたいことあるんだわ」 「はあ……」 「昨日修羅場ったって、マジ?」 沈黙。 舌打ちが漏れたのは無意識だった。 「幽谷が舌打ちした!?」 幽谷からずざっと距離をとった関定は目を丸くした。 蘇双が怪訝そうに眉根を寄せて関羽を呼ぶ。 「……何があったの?」 「……えーと……、今は、触れない方が良いと思うわ。今の幽谷にとっては、鬼門みたい」 「ああ……まあ、趙雲自体が鬼門みたいなものだものね。でも、ここまで露骨な反応を見せるのって珍しい」 関羽は乾いた笑声を漏らすしか無かった。 「――――って、姉貴達オレをシカトすんなー!!」 「ところで、幽谷と関羽は何の競技に出るの?」 「ちょ……っ!?」 未だに頭を押さえながら駆け寄ってくる張飛を、蘇双達はそれでも無視をする。完全に、遊ばれている。 「……さすがに張飛様を、」 「あんなの放っといて良いから」 「オレ蘇双に何かしたっけ!?」 「……はは」 若干の涙声に、幽谷は苦笑する。 が、ふと脳裏に浮かんだ褐色の青年の姿に、気分はまたずんと沈んだ。 日曜日、だ。 今週の日曜日、どうしよう……。 ああ、もう。 面倒臭い。 . |