この高校では、体育祭は六月、文化祭は十月に行われる。
 体育祭に向けての練習期間はたった二週間。その中で各ブロックを象徴するパネルのイラストも、応援合戦も、各種目の次第把握も、この期間内にこなさなければならない。まあ、事前に係を決めてあるので、ある程度の準備はなされているのだが。

 幽谷はその初日の練習にて、練習には参加せずに小道具――――仮装競争に使う衣装の修繕を行っていた。
 運悪く、何着か破れてしまっていたのが今朝判明したのだ。その現場に幽谷が通りかかったので、今は先生に許可を取って、気付いた係の少女二名と共に修繕の手伝いをしていた。


「本当にすみません、幽谷先輩。係でもないのに手伝っていただいて……」

「構わないわ。あなた達は、体育祭は初めてだから、色々と分からないことも多いでしょう。本当はあなた達を練習に出してあげたいのだけれど、気付いたのが練習の直前だったようだから……」

「いえ、大丈夫です。友達に訊きますから。ね?」

「うん。ですから、先輩は気にしないで下さい」


 この二人は志願でこの係になったのだと先程話していた。友人と揃って一緒に裏方に回るとは珍しい。


「なら、あなた達も気にしないで。私も、自分がしたくてしているのだから」

「……ありがとうございます」


 二人共頬を赤らめて顔を見合わせる。
 それにうっすらと微笑んで、彼女は作業を続けた。



‡‡‡




 幽谷の姿を見ない。
 関羽に訊ねてみても分からないようで、練習中は心配そうに幽谷のクラスの生徒に訊ねて回っていた。

 趙雲もまた、練習中は生徒の指導をしながら幽谷の姿を捜した。
 しかし、彼女は練習が終わるまで何処にも見当たらない。
 まさか体調でも崩して救護テントに――――と思いもしたがそこにも姿は無く。

 不安と心配ばかりが募っていく。
 募っていくのだが……仕事を放り出して捜しに行く訳にもいかず。
 生徒達が解散して、ようやっと趙雲も動いた。


「関羽。幽谷はいたか?」

「あ、趙雲先生。いいえ、いませんでした。曹操先生にも訊かれたんですけど……今日の練習には出ていないみたいです」


 曹操も、か。
 まあ彼ならば気付いてもおかしくはない。自分と彼は、同じなのだから。
 趙雲は暫し思案した。

 関羽と一緒に登校するのだから、幽谷がここにいない理由を把握していないのであれば学校の何処かにいるのはまず間違いない。ひょっとしたら校内にいるのかもしれない。

 そう思って関羽を呼んだ直後、彼女は関定に呼び止められた。


「関羽、幽谷なら練習が始まる直前小道具の係の子達と一緒にいたぜ?」


 彼の言葉にえっとなる。


「そうなの? ……でも幽谷、係には何も入っていなかった筈だけれど」

「ちらっと見かけただけだからどうしてかまでは分かんねえけど、でも小道具係の一年生だったのは確か。オレも小道具だし。相方に仕事押しつけられたから、倉庫に行くついでに捜してやるよ。あそこ小道具係以外の立ち入りには厳しいから」


 今年の小道具の長は管理には特に厳しい。それは趙雲も知っていた。職員会議で、小道具を保管する倉庫には教師も長に言っておかなければならない。


「だが、幽谷も係には入っていないぞ」

「結構な量の衣装抱えてたから、多分倉庫の近くで作業してるかも知んねえだろ? そうなりゃオレがついでに見てきた方が早いって。あんまり彷徨いてると眦つり上げた先輩に咎められちまうぜ」


 「こーんな顔して!」己の目尻を押さえて上につり上げた関定は、すぐに笑って関羽の肩を叩いた。


「んじゃ」

「お願いね、関定」

「おう」


 趙雲にも苦笑混じりに片手を挙げてみせ、関定は小走りに倉庫の方へと一人向かう。
 体育祭の練習は午前、午後からは普通通りの授業だ。幽谷も関定も授業に遅れることは無いだろう。

 ただ、朝から幽谷の姿を見れなかったのは、非常に残念だ。



‡‡‡




 特に損傷が酷かった物は、数も多かった。
 どうしてこんなに破けているのか、恐らくは去年の文化祭直後に猫が入って居座っていたことに起因しているだろう。爪で破けてしまったのだ。
 今は猫は追い出されて進入経路も封鎖している為倉庫に戻ってくる気配は無いが、何故その時に損傷に気付かなかったのか……今年の体育祭小道具長と違い、去年の文化祭小道具長は少々ぞんざいだったようだ。一応年末までは倉庫を管理するのは文化祭の小道具長なのだけれど。ちなみに、体育祭小道具長は夏休み終了時まで管理を任される。小道具長になりたがる人間がほとんどいないのは、この為だ。

 全ての補修を終える頃には、練習は終わってしまっていた。


「これで終わりですね……」

「先輩、本当にすみません」

「良いのよ。それよりも、このことは小道具長に言っておかなければならないわ」

「あ、それは私達でしておきます。衣装も私達で片付けておきますね。小道具長から倉庫には小道具係以外の生徒を入れちゃ駄目だって言われていますから」


 衣装を綺麗に畳んでそれぞれに抱える二人に、幽谷は申し訳なくて頭を下げた。

 二人は頷いて、幽谷に深々と頭を下げる。
 そうして、倉庫へと小走りに走っていった。

 何処か危うい二人を見送って、幽谷はきびすを返す。

 と、こちらに向かった関定が歩いてくるのに気付いて背筋を伸ばして一礼した。

 彼は片手を挙げて笑った。


「よっ。午前中ずっとあの子達を手伝ってたのか?」

「はい。一年のあの子達だけでは手が足りぬだろうと」

「関羽達が心配してたぜ。幽谷の姿が見えないーって」


 ああ、やっぱり。
 幽谷は肩を落として関定に謝罪した。


「申し訳ありません。関羽様にお知らせした方がよろしいかと思いましたが、その時間も無く」

「それは関羽に言ってやれって。オレは倉庫に用があるから。あの子達の手伝いはオレがやっとく」


 ぽん、と幽谷の肩を叩いて彼は倉庫へ歩き出す。

 幽谷は彼の背中に一礼し、彼とは逆方向に歩き出した。



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