張蘇双





――――あたしは、不思議な力を持ったことを誇りに思うよ。


 大病に喘ぐ幼い妹は、家族を前に笑って言った。



‡‡‡




 これは、金眼の呪いの影響なのだろうか。
 あたしは生まれつき、他人の病や怪我を自分に移せるという不思議な力があった。

 双子の姉は卓越した武を持って猫族を守るから、あたしはその妹として、姉とは違う能力が芽生えたのだろうと、勝手に納得してる。むしろ、あたしの力を使えば怪我の多い関羽の身体に傷が残らないと、この力を心から歓迎した。
 元々、生まれる筈のない、古に呪いを受けた種族と人間の混血なんだ。姉が類稀なる武勇を身につけているのだから、あたしにだって何が起こってもまあ有り得ないことではない。仲間の大病だって、自ら移した。

 それを曹操に目を付けられたのは存外であったけれど、かつては悪知恵の働くガキ大将を気取ってたあたしと、武力的解決の為には最適な関羽と二人でまあ何とか乗り切れた。
 が、問題は、曹操を乗り切れた後のことだ。

 どうやらあたしの能力にガタが来ました。


「○○、身体は大丈夫? 船酔いって言うのになってない?」

「まあ、だいじょぶだいじょぶ。ってか、体調にはそんな変化は無いし。船酔いはしてないよ」


 ふにゃりと笑うあたしに、関羽は眦を下げて、不安そうにあたしの様子を窺ってくる。

 船縁で感じる風は少し強く、冷たい。
 風邪を引くんじゃないかと心配しているのが丸分かりだ。

 あたしが急速に力を弱めてから、一番あたしに過保護になっているのは多分彼女だろう。
 あたしは笑みを苦笑に変えつつ関羽の頭を撫でた。双子とは言え一応は姉の関羽だけれど、どうやらあたしの方が彼女よりはしっかりしているようだ。昔からよく言われてた。

 関羽はしゅんと肩を落とし、視線も床に落とした。


「やっぱり、世平おじさんを助けようとしたから、よね」

「……多分ね。あの頃から移しにくくなっていったし」


 兌州で世平おじさんは死んだ。
 道を爆破する直前まで張飛と共にいたあたしは、世平おじさんの胸を貫通した傷を移そうとした。世平おじさんは猫族にとっても関羽にとっても必要な人だったから、助けられるなら助けるべきだと思ったからだ。あたし自身も、世平おじさん生きて欲しかったから。

 でもやっぱり絶命必至の傷は移動出来ない。
 それでも無理に移動させようとした結果がこの様だ。力に見放されたのかもしれない。


「ごめんね、関羽。傷を移してあげられなくて。武じゃあなたには到底敵わないし」

「良いのよ。元々そんなことして欲しくなかったんだし。わたしなら大丈夫だから気にしないで」


 関羽は微笑み、彼女の手作りのお菓子が載った木の皿を差し出してきた。
 それから饅頭を一つ取り上げ、頬張る。相変わらず、料理が上手いことで。裁縫はあたしの方が上手なんだけど。


「って言うかこれ、劉備様達にあげなくて良い――――」

「良いの○○は気にしないで」

「ソウデスカワカリマシタ」


 一瞬、関羽の目が暗く光ったのは気の所為だと思っておこう。誰だ、関羽を怒らせたの。周瑜か、周瑜だな。現在の顔触れであいつ以外に思い当たらない。

 あたしは恐ろしい関羽の笑みから視線を逸らし、木の皿を持って後ろを顎で示した。そこには物影から申し訳なさそうにこちらを窺う劉備様と張飛達が。あいつら、関羽のお菓子大好きだからなあ。まあこんだけ美味けりゃお気に入りにもなるか。


「劉備様達が謝りに来たみたいよ」

「……」


 関羽は後ろを振り返り、ぷいっと顔を背けた。

 がくん。彼らは一様に肩を落とす。良い年した奴ら――――劉備様以外のことね、劉備様は劉備様だから許す――――がお菓子くらい……いや関羽を怒らせたくらいで。
 あたしは肩をすくめ彼らに見せつけるようにお菓子を食べながらその場を離れた。

 関羽が追ってこようとしたけれど、張飛が話しかけたことで阻まれてしまった。
 ひらひらと片手を降って船内に入れば、中には蘇双が。


「蘇双、劉備様達と一緒にいなかったんだ」

「……まあね。今の関羽には、近付かない方が安全だろうし」

「だろうね。多分最低でも一発は拳骨食らうでしょうな。食べる?」

「貰う」


 木の皿を差し出せば、蘇双は素直に手を伸ばしてくる。蘇双だって関羽のお菓子は食べたいのだった。

 二人並んで壁に寄りかかり、黙々とお菓子を食べる。
 後で関羽とお茶する為に少し残しておこうか、そう独白すると、


「関羽って、昔から本当に○○にべったりだよね」

「まあ、あたしの方が関羽の面倒見てた感じだったからね。それに、力のこともあるし」

「……戻る気配は無いの?」


 複雑そうな顔で蘇双は問う。

 あたしはその顔を横目に見ながら、口を開いた。


「蘇双が何を考えているか言ってみようか」

「え?」

「あたしが無理しなくなって嬉しいけれど、あたしが力が無くなって寂しがっているのが分かるから素直に喜ぶことも出来ない」


 蘇双は沈黙した。
 図星だ。
 あたしは苦笑した。


「けど、一つ訂正……って言うか補足」


 あたしは力を失って、関羽くらいに親しい友人を失ったみたいに寂しいのは確かだ。
 でも、それ以上に悔しかった。


「悔しい……○○が?」

「だって、関羽の双子の妹だもの。曹操も夏侯惇も、関羽の双子の妹だのにどうして張飛にも劣るのかってあからさまに落胆しやがったのよ。それだけでも悔しかったのに、力も無くなっちゃったらあたし本当に関羽の双子らしくないじゃん? もし曹操にボロクソに言われたら○○ちゃんマジでキレそうあの小綺麗な男の股間蹴っちゃいそう」


 あたしは饅頭を握っていない方の手に拳を作った。
 すると、蘇双がその手に自分のそれを重ねてくれる。


「○○。無理はしなくて良いよ」

「……ん」


 ……何度訊いた言葉だっけ。
 幼い頃は猫族にも気味悪がられたものだ。関羽以上に敬遠され、劉備様も彼らが近付けさせなかった。
 関羽が劉備と最初に仲良くなったけれど、あたしは蘇双だ。目の前で転んだ彼の傷を自分の身体に移してあげたのをきっかけに、よく二人で遊ぶようになった。一時期は関羽にも拗ねられてしまったくらいの仲だった。

 今でこそ両想いだけど、あたし達は分かっていながらも友達以上にはなっていなかった。
 この状況下で、そんなことが出来る筈もない。生きるのに必死な人達と一緒にいるのに、どうして恋愛にうつつを抜かしていられようか。ただでさえ力がほぼ使えないくらいに極端に弱まっているというのに……あたし自身が許せない。

 ただ側にいるだけで十分支えになる。
 力が弱ったあたしの、穴が空いたような部分が埋まる。
 心地良い、安堵出来る感覚だった。


「……あのさあ、蘇双」

「ん?」

「全部終わったら結婚するのもありかなぁ」

「そうだね。いつになるか分からないけど」

「……力、戻ると良いな。そうすれば、あたしだって役に立てるのに」

「そうだね。でもこればかりは焦ってもしょうがない。ボクには、見当もつかないからね」

「幸せにして下さいよー」

「当たり前」


 脈絡も無い滅茶苦茶な会話だ。
 でも、本当に心地が良い。

 大丈夫、まだ待てる。
 我慢出来る。

 きっと。

 きっと。

 あたしは拳を解いて蘇双の手を握った。
 彼もまた黙って握り返してくれるのに、頬が弛む。

 大丈夫。
 きっとこの力は元通りになる。今は疲れているだけだから。

 前向きになろう。
 我慢するんだ、○○。
 あたしは蘇双の温もりを感じながら、自分に何度も何度も言い聞かせて励ました。



後書き+レス→

45/68
prev top next
template by crocus