曹操





 私が尸解仙(しかいせん)になったのは、愛しい人に逢いたかったからだ。
 遠い遠い昔、龍脈から溢れ出た妖によって無惨に殺された愛おしい男の人に、その転生した姿に逢いたくて、ずっとずっと――――何百年も生きてきた。
 転生した彼が男でも良いし女でも良かった。後者なら身体を男に作り替えれば良い。

 彼の来世でも、彼の大切な存在になりたかった。我が儘だと分かっているけれど、何百年と焦がれた恋情は燃え続け、むしろ自分でも手の施しようが無い程に激しさを増してしまった。

 だから、正直出会えた時には発狂しかけていたし、彼を怯えさせていたと思う。

 たまたま交流のあった猫族の女と人間の混血児――――それが、彼の転生だった。
 彼女を捜して各地を転々としてようやっと見つけた、監禁場所。
 そこには、もうかつての姿を微塵も残さぬ程に精神の崩壊した彼女と、彼女とはまた別の部屋に閉じ込められた小さな男児。

 哀れなものだった。
 どちらも。

 まともな生活状況ではなかった。
 女官も、その辺の奴隷を適当に捕らえて世話させているだけ。食事もお粗末。建物自体、《悪いモノ》が蔓延しすぎている。これでは病が流行り出すのも時間の問題だった。

 これでは彼がすぐに死んでしまう。折角、ようやっと出逢えたのに。
 また、離れてしまう。また、何百年も待たなくてはならなくなる。
 だから私は、彼の側で彼をずっと守り続けることを決めた。

 全ての女官を殺し尽くし、自分が全てを請け負った。本当は殺さずに僅かな金子だけを持たせて何処かに行かせれば良かった。けれどすでにほとんどの人間が《悪いモノ》に憑かれており、外に出すことは出来なかったのだった。勿論、殺した彼女らの墓は粗末だけれど作っておいた。
 監禁場所を浄化し、環境を整え、食材を調達し――――彼の為だけにひたに働いた。

 酷い話だが、その時すでに女性は彼の付属品でしかなかった。まあまあ親しい人物だったけれど、彼の前ではもうその辺の塵芥も同じ。ごめんなさいね、なんて謝りはするけれど、優先事項に変更は無かった。

 酷い女だと罵られても構わなかった。

 ただただ、目の前に現れてくれた彼と別れたくなくて、彼を生かす為だけに私は全てを尽くした。
 私の全ては、愛おしい彼の為に。
 遠い昔に、捧げているから。



‡‡‡




「はっはっはー、まだまだ精進が足らんなー。もう十周!」

「……っ!」

「んなっ」


 目の前で顎を落とす夏侯惇、夏侯淵両名に○○は快活に笑った。片手をひらひらと振ってにこやかに促す。

 二人は青ざめ顔を見合わせ、やがて嘆息すると小走りに鍛錬場を後にした。

 二人を見送りつつ、○○は顎を撫でる。


「んー……私との十四連戦の後で許昌一周はさすがに鬼畜か? あー……ま、いっか。死んだらその程度、死ななかったらその程度さね」


 高く結い上げた長髪を踊らせつつ、○○はくるりときびすを返した。
 颯爽と歩き出す彼女に、鍛錬に勤しむ兵士達は手を止めて拱手する。
 彼らに片手を挙げるのみに済ませた○○は、そのまま城の中へ入り一つの部屋へ向かう。何度も生き慣れた部屋だ。ややもすれば、自分の部屋よりも多くそこで朝を迎えているかもしれない。

 声もかけずに扉を開けて入室すると、部屋の主は手を止めて○○に視線をやった。すっと目が細まる。


「やあ、曹操。相変わらず頭の痛そうなことをしている」

「……お前の分も私がせねばならぬ故にな」

「そうか。それはご苦労なことだな」


 悪びれも無く、彼女は机に腰掛ける。腕を組んで曹操の手にした書簡を覗き込んだ。
 曹操は嘆息して書簡を閉じた。○○の後頭部に手をやり、ぐいと引き寄せ強引に唇に噛みつく。誘うように薄く開いた隙間に舌を入れれば彼女自ら絡ませてきた。

 暫し深い口付けを堪能し、名残惜しく銀糸を引きながら離れると、○○はくすくすと笑う。


「常々思うが、お前はとても物好きだな。二十年と容姿の老いぬ女にご執心とは」

「尸解仙なのだろう」

「そうだな。地仙にも天仙にもなれぬ最下位の仙人さ」


 歌うように、自嘲するように囁いて○○は机を降りた。曹操と向かい合わせに彼の腿を跨ぎ、腰を下ろす。首に腕を回せばまた自然と顔は近付いた。何度も顔の角度を変えながら長い口づけを交わし、強く抱き締め合う。

 ○○にとって、至福の時間だった。
 嘗(かつ)て失った愛おしい彼の傍にいて、彼の大切な存在を確保出来ている。
 嘗ての幸せを取り戻したのではない。また新しい幸せを掴んだのだ。転生した彼と共に。
 悪戯心から首筋に吸い付き鬱血痕を残す。

 すると曹操は○○を抱き上げて寝台に放り投げた。
 俯せになった彼女にのしかかり、服を脱がす。剥き出しになった肩に吸い付いて幾つもの痕を残した。○○が曹操につけたものよりも少し濃い。
 擽(くすぐ)ったそうに身を捩る○○の首筋を撫でる曹操は、目を細めてそこに顔を埋めた。


「おい。曹操。重いぞ」

「尸解仙ならばお前は、私が死した後も永遠に生き続けるのだろうな」


 抗議を無視して囁かれた言葉に、ややあって○○は淡泊に肯定する。


「そうだね。私はもう人間の理からは外れてしまっているから」

「……そうか」

「けれども、永遠の生は私にとって大きな利点がある」


 それは、転生した君に逢えることだよ。
 そう。永遠に生き続けていれば彼の――――曹操の転生した人間に巡り会える。その度に私はその人を愛すだろう。愛おしい人の転生なのだから。


「私は我慢強いし、長い時間の中捜し続けるのは苦ではない。君が死んで私の前からいなくなったとしても、私は必ず転生した君を見つけに行くさ。そして、ずっと傍にいよう」

「女であったらどうするつもりだ」

「男になれば良い話だ。男としての振る舞いも性行為も心得ているよ」


 自信ありげに語る尸解仙に、曹操は苦笑を浮かべた。けれども愛おしげにうなじに口付ける。

 密着する体温が、たまらなく愛おしかった。
 ○○が遠い昔に失った温もり、鼓動。
 ようやっと巡り会えた、彼ではない彼。
 今度は彼よりも長く傍にいたい。その為なら自分は何でも出来る。曹操を何をしてでも守り抜ける自身がある。

 曹操を失う以外に恐いことは何も無いのだから。


「曹操。君は転生しても私を愛してくれるだろうか」

「さて……な。私は来世など興味が無い」


 ……だが、それも悪くないとは、僅かながらに思う。
 前に入り込んできた手が乳房を強く掴むのに身体を震わせながら、○○は嬉しそうに微笑んだ。悪くない、か。……良いじゃないか。


「じゃあ、私は必ず君の転生を見つけよう。けれど、その前に私は君の傍を離れんぞ。死に際も、必ずこの目で見届ける。良いな」

「好きにすれば良い」


 そう言いつつ、彼もまた○○を放すつもりが無いことを分かっている。
 だから、笑いが止まらない。嬉しくて嬉しくて、胸が爆発してしまいそうだ。

 嗚呼、私は幸せだ。

 与えられる刺激に素直な反応を見せながら、○○は幸せを噛み締める――――。



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