城から火の手が上がった!
 張飛と蘇双は、未だ戻らない。人間達は火に追われるようにして出てきているが、こちらに来たり来なかったりだ。
 それでも、少しでも助けようと劉備は逃げてきた人間達を船へと乗せる。

 そのさなか、


「あ、あの! 三歳ぐらいの、おかっぱの女の子を見ませんでしたか!?」

「人間の女の子ですか?」


 泣きそうに顔を歪めて関羽に泣きついたのは、人間の女だ。
 彼女が言うには、城の中ではぐれたという。
 子供一人では、あの入り組んだ城から逃げ出すことは難しい。取り残されている可能性が高かった。

 だが、それだけではない。


「か、関定!! うちの子はもう船に乗った!?」

「ど、どうしたんだよ! アンタんとこの子はまだここに来てないぜ」

「そんな! うちの子が、いないんだよ! 旦那が見てくれてるんだと思ってたのに!」

「なんですって!?」


 猫族の子供まで、中に取り残されている。
 助けなければ命は無いだろう。今のうちに、迅速に捜さなければ、助けるにも城から逃げ出せない。
 取り残された子供は、片や、猫族の子供だ。

 幽谷は二人の母親を交互に見、劉備を見やった。彼は青ざめて城を見上げている。このままでは彼が助けに行こうとしてしまいそうだ。
 そして劉備を止められても関羽が動くだろう。
 ならば――――やるべきことは一つだ。
 長の代わりに、私が子供を捜しに行く。
 城を見上げて駆け出した。

 それを、恒浪牙が慌てて呼び止める。


「待ちなさい幽谷! 何処へ――――」

「捜して参ります。皆様は先へ」

「ちょ! 中には曹操軍がいるかもしれないんですよ! 夏侯惇将軍だって、」

「避けます」


 夏侯惇と会うかもしれない。
 けれども、ここで問答している暇は無い。子供が取り残されているのだ。劉備の為にも、必ず助けなければ。

 それが、旧友の子孫に自分達を遣わした母の思いに応えることになる。

 幽谷は扉を抜けて、灼熱の城内へと飛び込んだ。
 火の回りは早い。あまり長くは探せないようだ。それに、曹操軍がいるかもしれない。その中に、夏侯惇もいるかもしれない。なるべく早くこの城から逃げなければ、船着き場で待つ劉備達にも危険が及びかねない。
 耳を澄まし、炎の雄叫び、燃える材質の悲鳴の中から子供の声を探ろうとする。

 すると、背後から一人の足音が聞こえてきた。
 集中を中断して振り返り、瞠目。


「関羽殿」

「わたしも一緒に捜すわ」

「危険です。お戻り下さい」

「危険だから、急いで捜さないと! 夏侯惇達のこともあるし……早く新野を離れないと」


 関羽は幽谷の言葉を聞かず、背中を叩いて幽谷とは別方向に駆け出した。呼び止めても、彼女は止まってはくれなかった。
 彼女を追いかけようとも思ったが、不意に掠めた甲高い声にはっと首を巡らせる。もう一度関羽を見やって、声の方へと向かった。

 声は、近付く度に大きく、はっきりと聞こえてくる。
 子供の泣き声だ。
 火を避けながら扉を蹴り壊して中に飛び込むと、一層大きな声が耳をつんざいた。


「あついよー! おかあさ―――ん! うわああああん!!」

「!」


 駆け寄ると、泣き叫ぶ人間の少女を抱き締めるようにして守っていた猫族の少年が、幽谷に気付いて安堵に顔を歪めて大音声で泣き始めた。
 泣き声の合唱に一瞬怯んだが、幽谷は二人に駆け寄ってぎこちなく抱き締めた。


「二人でいらっしゃったのですね」

「お、おかあさんと、お、おとうさんとはぐれちゃって。そしたら、この子が泣いてたの」

「ひとりでこわかったの。そしたら、いっしょにいてくれたの」

「……ご立派です。お二人共」


 二人を片腕に一人ずつ軽々と抱き上げ、幽谷は部屋を出た。


「関羽殿と合流します。もう暫く城の中を走りますので、しっかりと捕まって、煙を吸わぬよう袖で口と鼻を覆っていて下さいまし」

「う、うん……!」


 別れてからすぐに子供達が見つかったのだ、関羽はそれ程遠くには行っていまい。
 関羽が走り去った方向へ、幽谷は一気に駆け抜けた。

 部屋を見て回らない代わりに耳を澄まし、小さな音すら拾わんとする。
 曹操軍に見つかってなければ良いのだけれど――――。

 夏侯惇とは、会いたくない。
 どうか、すんなりと関羽と合流出来れば良い。
 心から、そう願った。



‡‡‡




 子供達は何処!?
 関羽は凄まじい熱気に揉まれながら、必死に子供達を捜す。
 けれども、子供達の泣き声も、助けを求める声も聞こえない。

 どうか、無事でいて……!
 みんなで無事に逃げないと劉備がまた苦しむことになる。そんなの、絶対に駄目!
 それに早く見つけなければ猫族の為に、曹操軍がいるかもしれない城に飛び込んでくれた幽谷が夏侯惇に見つかってしまうかもしれない。夏侯惇に怯えている幽谷が、自分達の為に恐怖を押し込んで危険を冒してくれているのだ。絶対に幽谷を夏侯惇に会わさずに新野から出さなければならぬ。


「何処にいるの……!」


 呻くように漏らした、その直後。

 背後に殺気を感じて咄嗟に身体を反転させた。反射的に偃月刀を横に顔の上に置く。
 半瞬後に柄に金属がぶつかり火花を散らした。強い圧力がかかり、足腰に力を込める。

 相手を見、関羽は片目を眇めた。


「か、夏侯惇……!!」


 一番会いたくなかった人間が、関羽に迫っていた。


「十三支の女……貴様がここにいるということはあの狐狸一族の女もいるんだな」

「い、いないわ! この城には今、わたしだけよ」


 慌ててついた嘘。
 夏侯惇は鼻で一笑に付した。簡単に、看破されてしまった。


「ならば、迅速に貴様を倒し、あれを捕縛する」


 関羽を押しやって、一歩後退し、肉迫。
 鋭い突きを紙一重で回避した。


「……っ、どうして幽谷にそこまで執着するの!? 夏侯惇、あなた……異様だわ!」

「何故だと? それが、分からぬから、あいつを捕らえるのだ!」


 怒鳴るように言い、怒濤の如(ごと)関羽を責め立てた。
 激しく容赦の無い暴力的は夏侯惇らしくない。が、隙だけは全く無かった。
 それが幽谷に対する夏侯惇の激情を如実に表しているようで――――非情に不安定ながらも相手に逃げ場を許さない執念に関羽は戦慄する。これを、幽谷は真っ直ぐに向けられていたのだ。覚えも無いのに。
 これでは、人付き合いの苦手な彼女が怖がるのも当たり前だ。

 この夏侯惇に幽谷が捕まったら……絶対に壊される。
 そう、直感した。


「幽谷は……あなたには渡さないわ!!」


 仕方がない。
 夏侯惇はここでわたしが足止めしよう。
 その間に幽谷がきっと子供達を見つけてくれる。

 夏侯惇に見つかってしまった今、わたしが、幽谷を守らないと!!
 関羽は決然と得物を回し、裂帛(れっぱく)の気合いを乗せて夏侯惇へ斬りかかった!



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