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あの幽谷という女の人、明らかにわたしを避けてる。
関羽はぐるりと周囲を見渡してそう思った。
構い過ぎなのだと恒浪牙に窘(たしな)められたのだけれど、どうしても彼女のことが放っておけないのだった。
幽谷はしっかりしているように見えて、存外自分のことには無頓着に過ぎた。周泰が兄らしく補う部分もあるが、基本的に自分よりも他という概念が彼女にはあるようだ。
だから、世平の遺骨を熱いままに掴んで大火傷を負っても顔色一つ変えていなかったのだ。
それを思うと、また何処かで怪我をしてそのまま放置しているのではないかと心配になってしまう。年上の筈の彼女が自分よりも幼く思えてついつい世話を焼いてしまう。
幽谷がそんな自分の行動に戸惑って避けているのも分かっている。だがそれもまた人に不慣れであると思わせて放っておけなくさせるのだ。
劉備を連れて幽谷を探しに隊列の後ろまで退がると、ふと殿(しんがり)についている張飛が、幽谷と並んで立っているのが見えた。側には周泰の姿もある。
周泰も幽谷も無表情だが、張飛はままに笑顔を浮かべて二人に話しかけている。
いつの間に仲良くなったのかしら……。
一方的に話しているようにも見えるけれど、自分に比べればずっと仲の良い姿に、ちょっとだけ悔しくなる。
あの三人の中に混ざりたくなって歩き出した関羽と劉備に、しかし幽谷がいち早く気付いた。遠目からでも表情が強ばったのが分かる。
周泰と張飛に何かを言って足早に隊列を離れていく幽谷に肩を落としながらも、張飛達のもとへ向かう。
「よう、姉貴。劉備もこっち来たのか」
「うん! 幽谷とお話ししようと思って。でも、どっかいっちゃったね」
「あー、周囲の見回りに行くってさ」
ちらり。関羽の様子を窺いながら張飛は言う。どうやら、幽谷と関羽のことは彼も知っていたようだ。
その隣で、周泰が劉備に拱手していた。
落ち込む関羽を不思議そうな顔で見上げ、劉備はこてんと愛らしく首を傾けた。
それを見て、周泰。
「関羽殿」
「え? あ、はい」
「あまり勢いづけて接しない方が良い」
静かに告げる。
「あれは、他者との接し方が分かっていない。あまり圧されると、怯える」
「う……」
それは分かっているのだ。
けれど、どうしても……。
悄然(しょうぜん)とする関羽に、張飛は頬を掻いて苦笑する。
「姉貴、世話焼くのは劉備にだけで良いんじゃね? ほら、周泰だっているんだしさ」
「それは分かってるのよ……でも、」
「……」
周泰は静かに関羽を見下ろす。
彼は基本的に無口だ。誰かと長く会話をしているところを見たことが無い。それなのに、趙雲や恒浪牙とは仲が良いようで、存外社交的な部分があるのかもしれない。
が、幽谷と同じく隻眼の彼は非常に長身で、見下ろされるだけでも大層な圧迫感がある。それに、剥き出しの肌には痛々しい傷跡が幾つもある。全てが決して浅くないものだ。
居心地が悪くて肩を縮めていると、周泰は左上腕を隠す外套の下から何かを取り出した。関羽に差し出す。
懐紙だ。何が中に入ってるのだろうか。
じっと凝視して受け取らない関羽に、周泰はぼそりと、
「薬だ。後で幽谷に渡して欲しい」
「薬――――え、幽谷何処か悪いの!?」
「……いや」
「朝に子供が腹痛起こしてさ。幽谷が作った薬が良く効くってんで分けてもらったんだよ。けどその前に恒浪牙からの薬を別の奴から貰ってて必要無くなったって訳。返そうと思ってたら見回りに行っちまったから」
張飛が口数の少ない周泰に代わって説明してくれた。
それに首肯し、「頼む」と短く言う周泰は、ただ、と言葉を続けた。
「あまり、親しくない相手に善意を強引に押しつけるな」
「え、ええ。分かったわ。気を付けます……」
「美点は人によって欠点になる」
「……はい」
頷くと、頭に何かが載せられた。手だ。周泰の。
上目遣いに見上げると、彼は無表情に関羽の頭を撫でた。大きな手で器用に耳を避けながら。
「え、えと……」
「幽谷は押しに弱い」
「え、あ、ええ……分かったわ」
再び頷けば手が離れる。
劉備を見やり、拱手した。張飛にも向き直って、
「見回りに」
「おう。頼むな」
ひらりと親しげに片手を振って送り出す張飛は、関羽を見やって笑って見せた。
「後は上手くやれよってさ」
「そうね……なるべく自制するわ」
「幽谷マジで押しって言うか積極的にされるの苦手だからなー。姉貴、恒浪牙と一緒に行った方が間違いはな無んじゃね?」
「……そうかも」
じゃあ、休憩の時にでも頼もうかしら。
おっとりした腹黒地仙――――ではなかった、鷹揚な天仙の常時の笑みを思い出しながら、関羽は一つ頷いた。
それと……今度、心を砕いてくれた周泰にお礼を言わなければと思う。
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