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 蘇双らは一斉に周瑜へ冷たい視線を向けた。


「あのさ……周瑜。周瑜って関羽じゃなくて幽谷が本命なんじゃない?」

「は? 何で」


 周瑜は眉間に皺を寄せ、蘇双を睨む。機嫌は未だ悪いものだ。

 されど蘇双達は胡乱(うろん)げに周瑜を見つめる。そこには非難の色が濃く表れていた。


「だってどう見たってさっきの……」

「自分以外の異性とやたら仲の良い幽谷に……」

「勝手に本気で焼き餅を焼いて不機嫌になってたとしか……気付いてなかったのかよ?」


 蘇双から関定、関定から張飛が言葉を引き継ぎ、趙雲と周瑜を交互に見る。
 周瑜の機嫌は更に悪くなった。


「おいおい。そんな訳がないだろ。何でオレが、」

「でも関羽にあんな露骨に不機嫌に出したことは無いよね。関羽には、迫るけどからかって困らせるだけで終わる、みたいな」

「だなぁ。本気で入れ込んでる反応がどっちかって訊かれたら普通、幽谷への態度って答えるだろうな。あれで周瑜本人が自覚無しって……」

「女性経験豊富って空気醸(かも)してた割に、結構、恋愛下手だったりして」

「夏侯惇と言い、幽谷って面倒なのに好かれるよなあ。幽谷と良い感じな奴でまともなのって、趙雲と諸葛亮くらいじゃね?」


 張飛が趙雲を見やり、周瑜を見て一つ頷く。
 身内の贔屓目無しに考えても、この周瑜に比べれば諸葛亮も趙雲も周瑜よりもましな男だと思う。
 嫉妬はするかもしれないが、周瑜のようなことにはなりそうもないし、幽谷が苦労することはまず無いだろう。

 なおも周瑜をじっと見つめながら張飛は呻いた。


「なあ……周瑜より趙雲か諸葛亮のどちらかとくっついた方が、幽谷には丁度良いんじゃねーか?」

「おい……好い加減にしろよ」


 ぐんと、先程以上に声が低くなる。

 不穏な怒気に張飛は口を噤(つぐ)んだ。
 だが、やっぱりどうも……周瑜は幽谷に気がある。いや『気がある』程度ではない。自覚も無いのに独占欲じみた感情を表に出す程、入れ込んでいる。
 他人から指摘されてもなおどうして認めたがらないのか、張飛には分からなかった。

 いつになく怒っている周瑜を困惑して見ていると、趙雲がそこで口を挟んだ。彼も、敵と相対するような顔つきだ。


「……では、お前は本当に幽谷に気が無いんだな」

「ああ。無い。オレが欲しいのは猫族の関羽だ」

「そうか。ならば幽谷の行動に干渉するのは止めるんだ。彼女は精神的にも本調子ではない。無駄に負担をかけないでくれ」


 周瑜は鼻で一笑した。


「それは出来ない相談だな。いつ、誰が猫族に狐狸一族を引き込むか分かったものじゃない」

「……それはつまり、我らが信用ならぬということか」


 言葉を返したのは、趙雲ではなかった。
 張飛でも蘇双でも関定でもない。

 周瑜の後ろから現れた周泰だ。

 周泰は無表情だが、その色違いの瞳は冷たく蔑むように周瑜を睨んでいた。


「心外だな。お前がそう思っていたとは」

「そうか? 甘寧は気分屋に過ぎる。孫権を見捨てて劉備につかないと言い切れるのか?」

「……」


 周泰は目を伏せ、やおらかぶりを振った。


「お前は、俺の忠誠すら軽く見ていたのだな。残念だ」


 此度の戦、お前に背を預けて戦えそうにない。
 周泰は失望の眼差しを向けながら周瑜の脇を通過し、趙雲に声をかけた。


「趙雲殿。本国から報せが入った。近々孫権様がこの地にお出でになると、諸葛亮殿に伝えてもらえないか。母より役目を任されている身では、あまり歩き回れぬ故」


 皆一様に驚いた。


「なんと、それは……急ぎ報せてこよう」

「すまぬ」


 趙雲は頷いて身を翻した。大急ぎで諸葛亮を捜しに行く。

 周泰は、周瑜に詳しいことを話そうとはせず、猫族に拱手してその場を離れようとした。

 彼に呉の都督が待ったをかける。


「周泰。それはオレに真っ先に話すべきことじゃないのか」

「……」

「おい、周泰」

「狐狸一族が信用で出来ぬのであろう。なれば、狐狸一族の俺ではなく呉の伝令兵から詳細を聞くが良い」


 素っ気なく突き放し周泰は大股に歩き去った。広い背中は、明らかに怒りを滲ませている。

 蘇双は小さく溜息をついた。


「自業自得」


 ぼそりと呟くと、周瑜は忌々しそうに舌を打った。早足に周泰とは別方向へ立ち去る。

 彼を見送りながら、張飛はぽつりと呟いた。


「……なあ、あいつあのままだとヤバいよな」


 今ので明らかに周瑜と周泰の中に亀裂が入った。
 このままだと二人は仲違いしてしまうかもしれない。
 狐狸一族を長く呉と協力関係に据えておきたい彼自身の言葉が招いた亀裂だ。
 自分で駄目にしてどうするんだと、内心呆れる。

 これに、蘇双も関定も同意した。


「幽谷も周泰も怒らせて……幽谷が好きだって認めない限り狐狸一族を籠絡されない為だって言い張るから、自分から狐狸一族が離れていくような展開に持って行くよね、多分」

「このままずっと下手に理由付けてると、狐狸一族もホントに愛想尽かすよな、多分」

「幽谷は周瑜とくっつかない方が良いと思うけど……あれもあれで迷惑で問題。曹操との戦の前にこれはヤバいよ」


 何か理由があって幽谷ではなく関羽を欲しているのだろうとは、何となく、思う。

 張飛は、関羽に言い寄る周瑜に対する対抗意識が今は薄まっている。
 周瑜の言動が不可解で不安定に思えるからだ。
 本当は幽谷に気があるくせに、自分の感情を無視してまで関羽を欲しがる程の理由が分かれば、そんな風には思わなくなるのかもしれない。……分かる機会は、無いだろうけれど。
 本当にどうしちまったんだか、あいつ。
 張飛は肩をすくめ、両手を挙げた。


「オレ、一応これ蒋欽辺りに話しとくわ。そうすりゃ狐狸一族も周瑜のこと、もしかしたら長い目で見てくれるかもしれねえし」

「ボク達は幽谷と一緒にいるよ。もう周瑜と接触しないだろうけど、念の為」

「おう。ありがとな」


 張飛は蘇双達と別れ蒋欽を捜しに走る。



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