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広間には、周瑜と諸葛亮が会していた。
周泰は部屋の隅では、二人のやりとりを傍観している。先程までは周瑜と行動していたのだが、諸葛亮が周瑜に話しかけたのに自ら距離を取ったのだった。
だが、必要あらば甘寧に報告する為、話は聞いておく。
「さて、めでたく縁談もまとまったお陰で、アンタらとの同盟が決まったわけだけど……本当にいいのか?」
「何がだ」
「アンタらの長が本当に好きなのは、あの子だろ。まぁ、別に好きだなんだで、結ばれるような世の中じゃないけどな」
諸葛亮は淡泊だ。涼しい顔で言葉を返す。
「一族を統べる立場で個人的な感情にまかせた判断をされては困る。もっと物事を大局的に見て頂かなくては」
「それはそうだ。まぁ、オレにとっては好都合だしな。これを機に一気にあの子を掻っ攫わせてもらおうかな」
「勝手にしろ。それで、曹操とのことだが……」
諸葛亮は冷徹に話を進めようとする。彼にとって現在重要なのはこの先に待ちかまえる大戦だ。狐狸一族は劉備の動向によっては然したる助力もするまいとは、すでに甘寧の方から諸葛亮に伝えられている。それを踏まえて、劉備には厳しく長であれと強いるのだろう。
周瑜は諸葛亮の促しに肩をすくめた。
「はいはい。曹操の出方だが、呉が曹操との同盟を断って猫族と組んだと分かれば、相当数の兵を出してくるだろうな」
「物量の差はいかんともしがたいが、質では勝っている。呉の誇る水軍ならば、数倍の曹操軍にも十分に対抗できるだろう」
「加えれば、狐狸一族は周泰や幽谷以外は海の上を走れる。奇襲を仕掛けて敵陣を乱しながら大打撃を与えるのも可能だ。……ま、そこんところは蒋欽と甘寧の采配に委ねているけどな。こうしてくれないかと相談や頼みはしても、オレ達に上から目線で狐狸一族に指示する権利は無い」
「ああ。それは構わない。どう動くかは事前に、蒋欽殿が軍議にて伝えることになっているのだろう。それからまた組み立てる。現時点では、呉の水軍に重点を置いて準備を整える」
周瑜は周泰に頷きかけた。甘寧に伝えておけということだろう。
了承の代わりに片手を挙げてみせた。
「なら、やることは決まりだ。オレたちは一刻も早く江夏にいる猫族たちと合流して、曹操軍を迎え撃つべく陣を張る」
「陣を張るべき場所は?」
「陸口だ。ここを曹操軍に取られれば長江南岸へ敵の陸戦部隊の侵入を許すことになる。柴桑まで水陸両面から攻められるということだ」
どうだ、と視線で問う。
諸葛亮は思案も浅くすぐに「異存はない」頷いた。
「今はいかに速く動くかが鍵だ。すぐに動ける部隊だけでも出発させたい」
「ああ、いいぜ。じゃあ、今動ける部隊を二手にわけて、一方は陸口へ向かわせる。オレたちは、アンタらを乗せて江夏へ向かい、猫族と合流する。まあ、こんなとこだろ。それじゃあ、甘寧に話を通して返答があり次第出発するか。周泰、今すぐに頼めるか」
「問題無い。母上はこの城におられる。ここで暫し待て」
周泰は諸葛亮に拱手し、広間を出た。
廊下を右に歩き、ふと角の手前で立ち止まる。
「――――どうなさいますか、母上」
角から、赤い尻尾が現れ、揺れた。
そこに甘寧がいる。今の会話は全て聞いていた筈だ。
「陸口にはうちからも何人か出そう。オレと周泰、幽谷、蒋欽、封統、それから婿は周瑜と共に猫族と合流する。猫族に一番近い蒋欽がいた方が、オレだけが厳しく当たるよりマシだろう。それに……あいつから珍しく劉備のことを任せて欲しいと言ってきた」
「大兄上が、ですか?」
「ああ。余程、猫族が心配らしい。ま、あれも馬鹿じゃない。あまり傾倒するなと言っておいたから大丈夫だろう」
長兄は、甘寧よりも猫族に近い。
その意味を知る周泰は、目を伏せ沈黙する。ややあって、「では、そのように」ときびすを返した。
「ひとまずは、劉備の様子次第で手を貸そう。諸葛亮にそう伝えておけ。ついでに、これを劉備にも言えとな」
「はい」
「それと念の為聞いておくが、……お前、このまま猫族の側にいて良いのか。劉備の邪気に当てられて、身体の調和が崩れているんじゃないのか」
周泰は動きを止めた。
角の向こうに立つ母親を振り返り、
「今はまだ、赫蘭が整えられる程度です。濃密な邪気でなければ問題はありません」
「そうかい。だが、」
「殺せば良い」
淡々と、周泰は言う。
自分がどれだけ危険な生き物か、よく分かっている。
劉備の傍にいれば、邪気をその身に受ければ、この身体は邪気を吸収してしまう。飢えを満たすように。
甘寧は答えを返さなかった。
それを彼女の返答とし、周泰は足早に広間に戻る。
――――背後で母がどんな表情をしているか、彼は知っている。
彼は母の優しさを、その身に受けて育ってきたのだから。
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