2.君の隣にいたかったんだ
これの続き
2.君の隣にいたかったんだ(張角×幽谷←趙雲)
関羽達が幽谷の姿を再び目にしたのは、奇(く)しくも反董卓連合の陣中であった。
たまたま陣の中を歩いていたところを、張飛が見つけたのだ。
「あーっ、お前!」
張飛が声を荒げて近寄った。
彼女もこちらに気付いて足を止めるが、不思議そうに首を傾げた。
何かを思い出そうとしているのか、赤と青の眼差しは何処か遠くに焦点を当て、さ迷う。
関羽はそっと優しく話しかけた。
「張角が死んだ後、あなたは何処にいたの?」
ぴくり。
肩が微動した。
ややあって、彼女は一歩だけ後退した。
「いきなりごめんなさい。でも、……あなたはあれからどうしていたの?」
逃げ出さないうちに再び問いかけると、彼女は目を逸らした。沈黙し視線をさまよわせる。
張飛が急かすと、小さく謝罪する。
言いたくないのか……そう思ったけれど、言葉を探しているようにも見える。
話が苦手なのかもしれない。元々あまり話すような性格ではなさそうだし。
張角の一件のことから幽谷に対して警戒を露わにする張飛を宥めて、関羽は幽谷の言葉を待った。
幽谷が言葉を探すのに、かなりの時間を要した。
「……あれから、は……ただ歩いて、いました」
「それからは?」
「……」
また、遠い目をする。
関羽は張飛を押さえつけてひたすらに待った。
けれども――――彼女が言葉を発する前に、
「幽谷!」
「え……趙雲!?」
幽谷を呼んで駆け寄ってきたのは関羽とも親しい趙雲だった。
彼は幽谷の肩を掴んで背中に隠すと、関羽達に苦笑して「すまない」と。
「彼女は最近になってやっと話せるくらいになったんだ。悪いが、そこまでにしておいてくれないか」
「あ……そうだったの。ごめんなさい。でも、黄巾賊にいた彼女とどうして趙雲が……?」
趙雲と知り合いだと言うのなら、彼女は恐らくは公孫賛に仕えているのだろう。
だが、最近になってやっと話せるようになったとは、どういうことなのだろうか。
趙雲は関羽達が幽谷を知っていると察すると軽く目を瞠って幽谷を振り返った。
「幽谷、二人とは知り合いだったのか?」
「……張角様を、殺めた方々だったと記憶、しております」
「そうか……」
幽谷の肩を軽く叩き、趙雲は関羽に視線を戻す。
そうして、関羽の問いに答えた。
「幽谷は、俺が遠駆けに行った際見つけたんだ。ぼろぼろの身体で倒れていたのを俺が連れ帰り、以後は公孫賛様の計らいから公孫賛様の部下として幽州に身を置いている」
趙雲曰く。
彼女は出会った当初はほとんど抜け殻だったらしい。ただ、張角の望みの為に生きようとしていた彼女は、しかし張角という大きな支えを失ったことで壊れかけていた。
それを趙雲と公孫賛が気を配って今の状態に持ってこれたと。
ただ、四凶であることから幽州でも周囲から迫害を受けている状況ではあるらしい。またいつ抜け殻に戻ってもおかしくないと危惧し、こうして趙雲が常に側にいるようにしているとのこと。
「そうだったの……」
「すまない。黄巾賊のことであまり彼女を責めるようなことはしないでくれ。未だに張角のことを引きずっているようだから……」
「分かったわ。でも、ずっと気になっていたから、姿が見れて良かった」
趙雲の身体を回って幽谷の隣に立ち、関羽はその手をぎゅっと握り締めた。
幽谷は不思議そうに関羽を見下ろした。
「戦が終わるまでになるけど、これからよろしく」
「……?」
彼女は緩く瞬くだけだった。
‡‡‡
趙雲は隣を歩く幽谷を見下ろす。
出会った時に比べると、だいぶ反応が出るようになった。それに、僅かながらに表情も動く。
笑えば、彼女は美しいだろう。
元々容姿が良いのだから、表情が豊かになれば異性を惹き付けるに違い無い。
四凶という事実がそれを霞ませるかもしれないが、別にそれでも構いはしなかった。
ただ、自分が彼女の豊かな表情を見たいだけだ。独占出来るのならそれでも良い。
彼女を守るのが自分だけであれば良いのにと――――そう願うようなったのは、いつだっただろうか。
気付けば幽谷という異性に惹かれていた。
幽谷は周りの花も色褪せて見える程に、趙雲を魅了した。
されど、そんな彼女は一生趙雲になど振り向きもしないだろう。
彼女の心を捕らえて放さないのは張角ただ一人。
趙雲がどんな話をしても、彼女は必ず張角との思い出に繋げてしまう。そして、泣きそうな目をするのだ。
趙雲にはそれが苦しくて仕方がない。
隣にいられるだけで良い。
今はまだ、そう思っていられる。
だがもし――――もし、箍(たが)が外れてしまったら?
この感情が溢れ出してしまった時、自分を抑えつけられるだろうか。
「……趙雲殿?」
「何だ?」
幽谷に話しかけられて思考を中断する、
そっと笑いかければ、彼女は首を傾けた。
少しだけ間を置いて問いを発した。
「陣中の、桶などに何か、不都合でもあったのですか」
「え?」
「……箍が、外れてしまったらと、申されておりました、故に」
言われて口を手で覆う。
しまった。まさか口に出しているとは思わなかった。
適当に誤魔化してかわした彼は「それよりも」と話をすげ替えた。
「それよりも、俺達以外とも話が出来るようになったみたいだな。良い傾向じゃないか」
「はあ……」
彼女は緩く瞬いて趙雲から視線を前へと戻した。
それに、ほんの少しだけ寂しさを感じた。
この関係を壊したくはない。
が、壊したいと熱望する自分がいるのもまた事実だ。
隣でいられれば良い。それだけで良い。
そう自分に言い聞かせた。
彼女を守るという名目で傍にいることが出来る。それだけで自分は満足なのだ。
これ以上のことを望んではいけない――――。
●○●
『忘れられない〜』の続きです。
からかわれない、苦手意識を持たない脱け殻夢主と趙雲でした。
書いてて、ちょっと違和感感じてしまいました(^_^;) 調子を崩される方が定着してるってことですかね。
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