1.それは間違いですか?



1.それは間違いですか?(袁術)
※袁術と夢主が兄妹という設定です。



 自分の後に生まれた女は、四凶饕餮だった。
 勿論家の者は即座にその赤子を殺そうとした。

 だが――――唯一、生みの母親だけは例外だったようだ。
 以前はあんなに毛嫌いしていた凶兆であっても、自分が生んで奇跡的に母性が働いたらしい。
 父親ですらも罵倒し、必死に守ろうとする姿は、一種の病を思わせた。
 それは四凶の力なのか……分かる者など当然いやしない。

 幽谷と名付けられたその妹は、母親にそれはもう大事にされた。部屋を出たのが母親が屋敷中を大声で探し回るくらいだ。
 それを、本人はどう思っているのだろう。
 疑問に思った自分は、母親がいないのを見計らって妹に接触してみた。

 両親のどちらにも似ていない彼女は、兄である自分のことは知っていたらしい。扉から不躾に入ってきた自分を見て青と赤の双眸を丸くした。
 妹の姿を見るのはその時が初めてだった。
 幼いながらに、女として十分すぎる美しさを備えた彼女は、興味深そうに兄に歩み寄って、首を傾けた。その様もまるで人形のようだった。

 見とれていた。目的を忘れた。
 四凶であると言うのに――――脳を鷲掴みにされたと言っても良い。
 たった一目でその妹に心を奪われたのだ。

 それから足繁く通っていくと、母親に気付かれた。
 離されるかとも思ったが、幽谷を可愛がっているのだと知った途端気を良くして笑顔で許した。

 国を治めるようになると本家に帰ることは出来ず、幽谷とは疎遠となった。
 けれども本家の使者から話を聞くには、幽谷が四凶としての力を使い、兵士の致命傷を癒したそうだ。それに加えて何処で学んだか、あらゆる武術を体得しているとも。本家に使える武将は誰も敵わないのだとか。
 話を聞いてすぐに母親に文を送り、幽谷をこちらで《保護》すると申し出た。

 これは良い口実だった。
 武力として扱われることを嫌うであろう母親なら、兵として使わせぬようこちらで預かると言うこちらの薦めに従う筈だ。

 かくして――――思惑通りに事は動いた。

 約半月後に、幽谷が一人で城を訪れた。母親に言われたのだろう。片目を眼帯で覆い隠して。
 彼女はたった一人で心細かったのだろう。兄の顔を見るなり安堵して微笑んだ。小走りに駆け寄って、袖を摘んでくるのだ。
 その人間臭い仕種が、どうしようもなく嬉しく、愛おしかった。
 これが四凶でなければ、などと思うのも馬鹿馬鹿しい。

 四凶である彼女は、驚く程に純粋に育った。
 昔から、己をどんな目で見ているのか分かりもせずに、兄に絶対的な信頼を寄せていた。

 この時も、敬愛する兄の心中が醜い感情で満たされていたことに、彼女は気付きもしなかっただろう――――。



‡‡‡




「兄上?」


 部屋を訪れると、彼女は機動性を重視した軽装だった。
 腰には兵士に支給される剣が差されてある。

 袁術はそれを見、舌打ちした。


「……幽谷。まさかついてくるつもりじゃねえだろうな?」

「はい。兄上は、反董卓軍に参加されるのでしょう。ならば私も、少しはお役に立てるかと」

「要らねぇよ」


 ……兵士の話を聞きやがったな。
 頭を掻いて袁術は幽谷を寝台に座らせた。


「お前は、戦わなくて良い。っつーか、その為にここに連れてきたんだ。戦のことであれこれ考えてんな」


 頭を撫でてやると、幽谷は不満そうな顔をする。
 四凶としての力は彼女は一番分かっている。
 兄の為に何かしたいという気持ちも、正直嬉しかった。

 だが、女性として魅力十分な彼女を誰にも見せたくなかった。特に、袁紹にだけは。
 彼にだけは、永遠に幽谷を見せたくはなかった。


「幽谷」


 軽く両手を広げてみせれば、幽谷は怖ず怖ずと抱きついてくる。その頭頂に唇で触れた。
 それは昔からずっとやっていたことだった。
 無知を利用して、口に触れることだってある。
 恋人のような行為を、袁術は兄妹だからと偽って平然とする。身体を重ねたことだって、一度だけある。ただ酒の勢いに乗った過ちである。二度目は無いだろう。

 背徳なんて言葉は知らない。
 ただただ、自分の強い欲求に従っただけだ。

 どうせ恋人になれないのなら、この関係を利用して自分に縛り付けておくまで。

 間違い?
 いいや、違う。

 これが袁術にとっては正しい形なのだ。


「お前は気にすんな。分かったな?」

「……しかし、董卓のもとには、呂布という猛将がいるのでしょう。ならば私の力がお役に立てるのでは……?」

「そんなん紀霊がいりゃ十分だ」


 確かに幽谷の力も膂力もかの凶将に匹敵しよう。
 だが、それでも戦に幽谷を出すつもりなど、袁術には毛頭無かった。


「大丈夫だ。幽谷。お前はここで俺様が帰ってくるのを待っとけ」

「……分かりました」


 悄然と肩を落とす幽谷を抱き締め、袁術はその背を軽く叩いてやった。






 袁術には分からなかった。
 幽谷が、彼に黙って反董卓軍に混じって戦に参加することを。

 また、そこで、彼と彼女の世界が壊れてしまうということも――――。



●○●

 誰だ、切なく書こうとした奴は。…………あ、私でした。
 安定の予定無視です。若干狂ってる感じになっちゃってます。

 もし夢主が誰の妹だったらと考て、袁術で試しに書いてみました。
 機会があれば次、誰にしようかなぁ……。



.

- 56 -


[*前] | [次#]

ページ:56/60