幽谷と関羽と世平





 関羽と陣屋の中を歩いていると、世平が誰かを探すように辺りを隈無く見渡していた。
 幽谷は関羽と顔を見合わせた。


「世平おじさん、どうしたの? さっきからキョロキョロしてるけど……誰か探しているの?」


 世平は二人に気が付くと足を止め、こちらに歩いてくる。丁度良いとばかりに渋面を作って、


「ああ、お前ら、張飛を見なかったか?」

「張飛? それならさっき関定と一緒にどこかへ出かけたわ」


 関羽に確認するように問いかけられ、幽谷は首肯する。何処へかは分からないが。

 世平は後頭部を掻いて長々と溜息をついた。


「また逃げられたか……」

「どうかなさったのですか?」

「ああ。今日こそはきちんと劉備様に対する態度を改めさせようと思ったんだが」

「劉備に対する態度?」


 確かに、彼は蘇双や世平達とは違い、劉備に対して砕けた態度を取る。
 しかしそれが問題なのだろうか?
 幽谷が猫族の村に来た時にはすでにそうだったのだから、てっきり周囲も容認していたのだとばかり思っていたのだが。
 幽谷は首を傾けた。


「二人もわかっている通り、劉備様は猫族をまとめあげた族長の末裔。猫族がこうして暮らしているのは劉備様たち劉一族が、代々俺たちをまとめあげてくれたおかげだ」


 劉、一族……。
 劉一族。
 幽谷は口の中で反芻(はんすう)し、首を傾げる。


「張飛にも、劉一族を敬い、劉備様を守る者としての自覚を持ってもらいたいのだが……」

「確かに、敬っているっていうより可愛い弟っていう感じかもしれないわね」

「……それの何が、いけないんでしょう?」


 劉備は張飛の態度を受け入れているし、二人はとても仲が良い。
 それに関羽だって、劉備に対しては張飛と似たような態度だ。
 不思議そうな幽谷に、世平は寸陰押し黙った。


「もちろん、劉備様を大切にしているのはよくわかっている。だが、もう少し尊敬の姿勢が必要だ」

「でも、わたしもみんなに比べれば尊敬の姿勢が足りないかもしれないわ。劉備のことを様付けで呼ばないのはわたしと張飛くらいだし……」


 わたしも改めなければいけないかしらと、頬に手を添えて幽谷を見上げる。

 それに、幽谷ももっと敬った方が良いのではないかと、そんな必要も無いのに見当違いな方向に考え込んだ。
 幽谷が何を考えているのか分かったらしい世平は苦笑した。幽谷の頭をぽんと撫で、関羽を見やる。


「お前は例外だ。そもそも劉備様自身が、今のような関係を望んでおられる。俺たちよりももっと近い存在として、お前は劉備様に選ばれたんだ」

「劉備に、選ばれた……」


 そこで、関羽は遠い目をする。何か、記憶を手繰っているかのようだ。
 瞑目して頷くと、薄く微笑んだ。


「じゃあ、劉備に感謝しないと。劉備のおかげで、混血のわたしがみんなと一緒にいられるんだもの」


 そう思うと、自分も劉備に感謝をしなければならない。
 幽谷も劉備に受け入れられたからこそ、この猫族に迎え入れられたのだ。
 ……やはり、態度を改めなければならない。


「私も、更に敬った方が」

「お前は良い。むしろ俺たちを敬い過ぎだ。もっと砕けてくれ」

「いえ、そういう訳には参りません」


 関羽は主。その彼女と対等な猫族は、敬意を払うべき対象なのだ。
 きっぱりと断じると世平は関羽と顔を見合わせて肩をすくめた。


「……まあ良い。関羽、それは違うぞ」

「え?」

「確かに劉備様にとってお前は特別な存在。だが、みんながお前を認める理由はそれだけじゃねぇ。お前は小さい頃からずっと人一倍努力をしていた。武芸も、勉強もな」


 少しでもみんなのためになろうと頑張るお前の姿を見て、みんながお前を認めているんだ。
 穏やかに言って聞かせる彼に、関羽は瞠目する。少しばかり潤んでいる。


「だが、あまり無理はするなよ。お前はもう十分頑張っているんだ。お前が無理をして倒れでもしたら劉備様も心配されるだろう。もちろん、幽谷や俺、他のみんなもだ」

「ありがとう、世平おじさん」

「ああ。……それと、分かっているとは思うが、幽谷もだからな」

「え?」


 「私ですか?」幽谷は驚いたように軽く目を見開いた。

 それを見て、世平達は吐息を漏らす。
 つい最近風邪で倒れて意識不明になったのは何処の誰だ。


「……お前は、いつになったら自分の身体を大事にするんだ」

「十分しているつもりですが」

「……」

「っ、」


 殴られた。
 幽谷は心底不思議そうに世平を見上げる。

 しかし、世平は苦虫を噛み潰したような顔をするだけで、もう何も言わない。
 一体、何度大事にしろと言えば彼女は聞き入れてくれるのか……頭が痛い。


「……それじゃあ、俺はまた張飛でも探すか。お前たちも、もし見かけたら逃げないように見張っておいてくれ」

「ええ、わかったわ」


 幽谷は頭を下げる。
 されど、今更張飛に尊敬を持たせて、逆に劉備が戸惑ってしまわないだろうか?
 そんなことを思った。

 そんな彼女の隣で、関羽もまた思案に耽る。
 そして不意に両手に拳を作り、


「劉備の為にも、わたしがもっとしっかりしなくちゃ!」


 そう、力強く宣言する。

 彼女の過去を知らぬ幽谷は、また不思議そうな顔をした。



○●○

 またまた桃園ネタです。
 夢主はこれ以上敬ったらどうなるんでしょうね。



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