犀煉と???
漆黒の闇を、犀煉は一人歩いていた。赤い隻眼だけが暗闇の中不気味に浮かび上がる
彼は前後不覚の世界で迷う素振りも無く彼は道を行く。
彼はまるで闇の化身だ。
魔物とも思える無機質な赤の瞳。全てが怪しく、危険だ。
彼は一体何なのか……そう思うのは彼が先程接触した混血の娘だけではないだろう。
何者も近付けぬ闇の気配。魔物――――そんな彼の目的は何なのだろうか?
「さーいれん」
――――不意に、闇のそこから軽快に弾んだ声が発せられた。深く重い闇の中にはあまりに不釣り合いである。
しかし犀煉はそれに警戒もしなかった。
右の一点を一瞥し、嘆息する。
「……お前か」
「うん、僕僕。君の相棒」
「ふざけるな」
犀煉は冷たく斬り捨てる。
すると「えー」と間の抜けた声を出し、《それ》は犀煉の前に立つ。
《それ》は人懐こい笑みを浮かべ、犀煉を見上げる。その表情が見えるのは犀煉だけ。常人にはこの闇が邪魔をして捉えることは出来ぬであろう。
「まあ良いや。で、《あれ》かなり進行してたでしょ。僕の見立て通り」
「……それを聞きに、わざわざここに来たのか」
「うん。だって暇なんだもの」
それに自分の占いが当たったかどうかくらいは知りたいしね。
何処までも自分の調子を崩さない《それ》は、犀煉とは旧知の仲だ。だが、《それ》は呂布の部下ではない。否、誰の部下でもない。《それ》は《それ》、孤高の存在なのであった。
「……でもさぁ犀煉、進行止めてどうするの? 他はもうお役目を果たせないんだから、《あれ》に託すしかないと思うんだけど。あの御方はこれ以上器を作り出せないよ。中身だって、疲弊しきってる。あの御方にとって《あれ》は最後の砦だ。進行を止めたら果たせるお役目も果たせないんじゃない?」
「お前が知る必要は無い。お前はただ俺の知りたいことを教えろ」
「またそれ? 僕、確かに君に協力してあげてるけど、そんな上から目線で頼まないでくれる? いくら温厚な僕でも、いい加減腹立ってくるんだよねぇ」
腰に両手を当てて《それ》は犀煉を睨め上げる。
だが、犀煉にしてみれば大して恐ろしくはない。
彼の抗議は黙殺し、彼は再び歩き出した。大股に《それ》から離れていく。
彼の背中を、間延びした声が追った。
「おーい、運命共同体ー。もうちょい世間話しよーよー」
犀煉が応じることは決して無かった。
‡‡‡
詰まんないの。
《それ》は鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「もうちょい構ってくれたって良いじゃん」
滅多に人界には降りないんだしさー。
犀煉の後を追おうかとも考えたが、すぐに止めた。そんな気分じゃない。
腕を解いて、跳躍する。
《それ》の脚力は凄まじい。膝を曲げて跳んだだけで、すぐ側に立つ木の天辺(てっぺん)に至るのだ。
微かな月光を浴びて姿が露わになる。
少年か、少女か。中性的なかんばせからはどちらとも判断出来ない。年の程は十四・五。黒の髪をうなじで束ね、肩甲骨の辺りまで垂らしている。
その頭には二つの三角形が付いていた。
――――猫の耳だ。
《それ》は猫族だったのだ。
しかし驚くべきは耳ではない。その双眸だ。
右目は金。それは猫族の特徴である。
が、左目は――――。
暗く深い、闇の色。
「さぁて、これからどうしよっかなぁ……。折角降りてきたんだし、犀煉に会っただけってのはあんまりだよね」
《あれ》に会って少し刺激してみようか。それで《覚醒》したら事故ってことで済ませてしまえば良い。
犀煉に従ってる訳ではないのだし、別に良いよね。僕の気分なんだもん。
「……決ーめたっと!」
《それ》は腕を上げ、ふっと落下する。この高さでも、頭から落ちれば人間であろうと猫族であろうと死ぬ。
されど彼は頭から落ちてくるりと一回転して着地した。痛がる素振りも全く無い。
「さぁて、《あれ》に会ってみ」
「《あれ》には絶対に手を出すなと俺は言った筈だが」
「ぅわっ!?」
突如として背後から首を掴まれる。殺気の籠ったその声音には覚えがあった。
……というか、ついさっきまで言葉を交わした相手だ。
「さいれーん。驚かさないでよー。僕心臓悪いんだからさ」
溜息混じりに言えば首が解放される。
振り返れば、先程よりも鋭利に尖った眼光に射抜かれる。
しかし《それ》は怯む様子も無くぐにゃりと顔をしかめるのだ。
「別に良いじゃん。僕は犀煉の部下でも何でもない。ちょーっと協力してあげてるだけだ。僕自身の行動まで制限して欲しくはないな」
「お前の気分で厄介事が生まれては困る」
「自己中心的思考は駄目ー。皆のこと考えて下さーい」
わざとらしく口に手を添えて言う《それ》に、犀煉は舌を打った。こいつは、飄々として本性がなかなか掴めない。
《それ》は頬を膨らませて不満そうに犀煉を見上げていたが、やがて大仰に吐息を漏らして肩をすくめた。
「もう良いや、犀煉が怒るから気分じゃなくなっちゃった。適当に回って帰るー」
くるりと身を翻して軽快な足取りで踊るように闇に紛れる。
犀煉は目を細めて《それ》の姿を見据える。そうっと外套の下で暗器を取ったが、すぐに離して彼も同様に闇に身を投じるのである。
周囲は、異様な程に静かだった。
虫の声すらもせぬ。
風すらも、吹いていない。
まるで時が止まったかのようであった。
●○●
《それ》とは誰でせう。
近くない未来に出ると思います。近くないが重要。
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