4.手をつないでキスして


※拍手の学パロ設定です。


4.手をつないでキスして(夏侯惇)



 体育祭も文化祭も、学校の人口が増える。
 それに、正直言えばクラスの出し物も面倒臭いし、どうも……苦手だ。
 元々祭りなどにはとんと興味の無い幽谷にとって、この文化祭にはあまり身が入っていない。

 去年も開催されたのだが、その時は関羽と学校を回っている際複数のナンパに遭って、楽しむどころではなかった。
 その苦い記憶も、幽谷の憂鬱とした心境に起因する。

 幽谷のクラスの出し物は喫茶店だった。
 しかも、男子は女装、女子は男装をして接客に当たるという……そんなに女子が男装するのが珍しいのか、客に良く写真を撮られる。
 ウェイター姿の幽谷が接客をすると、男女共に客が増えることから、担任に長く接客を担当するように言われている。売り上げでランキングを付けられるそうだから、少しでも上位になろうという魂胆だ。一位になれば、何か商品が貰えるそうで。
 はっきり言って、地獄だ。


「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さい」

「あの、写真を撮らせていただいてもよろしいですか!」

「……どうぞ」


 にこりともしないのに、客の少女達は喜んで幽谷にカメラを向ける。見たところ、中学生のようだ。
 何枚か撮れば満足したのか、彼女らはメニューに目を通し出す。すぐに決めてくれたので、その場を一旦離れることは無かった。

 注文を書き留め、一礼して裏方へ内容を伝える。
 それが終わると部屋の隅に立ってはあと吐息を漏らした。

 少女達のようにただ写真を求めるだけならまだ良い。
 たまに、……尻を触ろうとする若者(チンピラ)がいるから困る。
 文化祭だと、嫌でも冷やかし目的の客は現れる。先程も、女子が言い寄られていたのを幽谷が諫めて――――こちらにも被害が来そうだったので少々痛めつけて追い返した。それが、また人を呼んでしまったのだが。
 この憂鬱な時間が、早く終われば良いと、彼女は切に願った。



‡‡‡




「幽谷さん! お客さんのご指名だって!」


 興奮気味に声を張り上げたのは委員長だ。
 もしかして世平達が来たのだろうかとコーヒーを淹れていた手を止めて表に顔を出せば、委員長が入り口で手を振っている。

 その後ろを見て、あっと声を漏らした。

 隻眼の青年が、周囲をきょろきょろと見回ている。
 幽谷が駆け寄ると彼はこちらに気付いてほうと吐息を漏らした。


「夏侯惇殿」


 どうしてここに?
 そう問いかけると、彼は夏侯淵に会いに来たついでだと答えた。ああ、なるほど。
 三年生は受験を控えている為、希望者のみ集まって出し物をする。夏侯淵も、友人の女生徒に巻き込まれて参加させられていた。何をしているのかは、知らないけれど。

 久し振りに会う恋人の夏侯惇がわざわざ足を運んでくれたのは嬉しいが、正直、彼には今のウェイター姿を見られたくはなかった。……関羽によって多少の化粧もさせられているし。


「しかし、忙しそうだな」

「ええ、まあ……」


 苦笑混じりに頷けば、委員長が幽谷の背中を押した。


「休憩、行ってきて良いよ」

「え?」

「幽谷さん、先生の所為で今日も明日も朝からずっと働き詰めにされてるでしょ? だから、丁度お昼だし、皆より長めに二時間、回って来なよ。先生には、私からキツく言っておくから!」


 ……二時間も抜けていたら、怒られそうなのだけれど。
 渋れば委員長はぐいぐいと幽谷を夏侯惇に押しつける。

 委員長はにっこりと笑う。


「代わりに、着替えないでね。帰ってきたらすぐに働いてもらうから!」

「いや、だから……」


 さすがに二時間は、と声をかけようとした幽谷は、不意に腕を掴まれてぐいと引かれた。
 夏侯惇だ。


「あ、あの……」

「これ以上ここにいても邪魔になるだけだ。厚意に甘えておけ」

「ちょっ」


 夏侯惇はそのまま廊下まで幽谷を引っ張り出してしまう。腕を一旦放して手を握った。
 「いってらっしゃい」と委員長の声が二人を送り出した。

 夏侯惇の腕に引かれて人並みを縫うように歩く。


「ちょ、ど、何処に……」

「その辺を彷徨(うろつ)いていれば良いだろう。食事も、適当に買うぞ」


 ただ立ち寄っただけの夏侯惇に、付き合わせてしまって良いのだろうか。
 幽谷は夏侯惇の背を見つめながら、ほうと吐息を漏らした。

 すると、不意に夏侯惇は立ち止まる。周囲を睨むように見渡し、何かを牽制しているかのようだ。


「どうかなさいましたか?」

「……いや」


 彼と同様に周囲を見回してみるも、人が行き交うばかりで彼が何を睨んでいたのかは分からない。
 ……やはり、こうした場に長居するのは嫌なのではなかろうか。
 幽谷が手を離すと、夏侯惇が不思議そうにこちらを振り返る。


「どうした、幽谷」

「すみません、委員長の厚意とは言え、付き合わせてしまって。もしこうした場がお嫌いなのであれば、このままお帰りになっていただいても構いませんが……、っ!」


 突如左から衝撃。
 通り過ぎようとした男と身体がぶつかってしまったらしい。急いでいたようで、勢いは強かった。
 よろければ夏侯惇に支えられた。直後に、溜息。

 幽谷はすぐに体勢を整えて夏侯惇に頭を下げた。


「申し訳……」

「手を離すからこうなるんだ」

「は?」


 彼を見上げると手を握られた。さっきよりも力強く。
 幽谷は困惑して首を傾けた。


「あの……手を離さなかったからと言って結果は変わらなかったと思いますが」

「つべこべ言うな」

「は、はあ……そうですか」


 突っ慳貪(つっけんどん)に返された。

 ……どうも、彼の様子がおかしい。
 幽谷は目を細めた。
 機嫌が悪いように思える。
 やはり、この状況は嫌なのではなかろうか。


「夏侯惇殿、」

「……」


 舌打ち。
 幽谷が目を剥いた直後昇降口へと足先を変えてしまう。
 体勢を崩しつつも、階段を上っていく彼に従うと屋上への扉の前に立って壁に押しつけられた。


「なん……っ」


 唇を塞がれた。
 乱暴だが、すぐに離れた。


「……いきなり何をするんですか」

「腹が立つ」


 夏侯惇はぼそりと呟くと、首筋に顔を埋めた。

 直後に感じたチクリとした痛みに片目を眇めてさっと青ざめた。
 今の痛み――――!
 咎めるように名前を呼んだ。


「お前の姿に、どれだけの人間が見取れていたと思う」

「は、」

「廊下を歩いている間、ずっとだ。……今思い出しても腹が立つ」

「……」


 この男は、馬鹿か。
 一瞬、そんなことを思った。

 確かに、男装した女は目を引くだろう。
 けども、夏侯惇はこの近辺では特に有名な男だ。それに見目も良い。どちらかと言えば、夏侯惇に見取れた人間がほとんどなのではなかろうか。

 つい何度目かの溜息が漏れそうになったが、その前に夏侯惇が言葉を続けた。


「お前は、どうせ男装する女が物珍しいからだと思っているだろうがな」

「思っていますが」

「……だから、余計に腹が立つんだ」

「つ……っ」


 また、首筋に痛み。
 かと思えばざらりとした物が這った。
 幽谷は慌てて彼を押し退けようとして片手を握られていて何も出来なかった。
 繋がれた手は下ろされる。

 抗議しようとすれば、彼は口を塞いできた。

 下からは賑わい。
 いつ人がここに来るか分からない。
 そんな状況下でこんなことする訳には――――。


「マジで!? やったじゃん!」

「!!」


 若い男のはしゃいだ声に、幽谷は咄嗟に夏侯惇の足を踏みつけた。

 途端夏侯惇はくぐもった声を上げて顔を離す。
 その隙をついて幽谷は手を剥がして夏侯惇から距離を取った。壁に手を付いて息を整える。


「こんな場所で……正気を疑います」

「あの状況で足を容赦無く踏んでくるお前も相当だがな」

「……至極当然の行動です」


 胸を撫で下ろして夏侯惇を恨めしそうに振り返る。

 力一杯足を踏みつけたというのにというのに、夏侯惇には気分を害した様子は無かった。肩をすくめて手を差し出してくる。興が殺がれたとでも言いたげな顔だ。

 ……まさか、今のはからかわれたのか。
 幽谷は唇を曲げた。
 眉間にぐぐっと皺を寄せつつ、しかしその手に己のそれを重ねる。

 指を絡めて、しっかりと握った。



○●○

 完全にオチが迷子です!
 こんな筈じゃなかったのに!

 ちなみに、関羽のクラスはお化け屋敷です。



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