10:結局何だった?
※性別転換続き。
10:結局何だった?
一晩明ければ、元の性別に戻っていた。身体もいつものそれとなり、幽谷は心から安堵して天幕から出た。
関羽に手伝ってもらいたいことがあって、彼女の天幕に行ったが、そこに彼女の姿は無かった。
彼女を探して陣屋の中を歩いていると、幽谷に気付いた関定が小走りにやって来た。
「身体、戻ったのか。良かったじゃんか、幽谷」
「ありがとうございます」
けど、すぐに戻るんだったら男の幽谷を洛陽に連れて行けば良かったぜ。
冗談混じりに笑い、関定は幽谷の背中を軽く叩く。
幽谷は苦笑を返した。
「……ってことは、蘇双も戻ってるってことだよな」
「はい。恐らくは」
「ま、あいつの場合戻ってても、顔がどっちか分かんないし――――な゛ぁっ!?」
「!」
突如、関定の後頭部に激突したのは木の椀であった。かなりの速度だったから、相当な痛さだったであろう。
幽谷は飛んできた方を振り向き、あっと声を漏らした。
「喧嘩売ってる? 関定」
「げっ、蘇双!」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せた、中性的な少年――――蘇双だ。ああ、どうやら性別は戻っているようだ。良かった。
ほっと胸を撫で下ろす幽谷とは反対に、関定は「やっべぇ……」と口端をひきつらせ幽谷の背後に隠れてしまう。
すると、蘇双の眉間の皺が一層深くなるのだ。
「そ、蘇双……今のは幽谷を元気付ける為の冗談なんだって! 昨日の晩はお前も幽谷のこと心配してただろうが!」
「何、関羽との話立ち聞きしてた訳? 張飛に関羽の天幕に下心つきで聞き耳立ててたって言ってやるよ。幽谷を元気付けようとしてくれた礼として」
「全っ然感謝の気持ち込められてねぇし、むしろ報復行為じゃねぇか!!」
「嫌ならさっさと消えて」
二人のやり取りに幽谷は苦笑をなかなか消せない。
関定が逃げるように走り去っていくと、蘇双は大仰に吐息を漏らして幽谷に向き直った。
「取り敢えず、戻れて良かったね」
「ええ」
薄く笑って、蘇双は幽谷の手を取る。細く白い指は、まさに女のそれだ。
「蘇双様、心配して下さってありがとうございます」
「……花瓶で自分の頭を殴られたら、心配にもなる。傷は、もう治したんだ」
「はい。昨日、関羽様が水をかけて下さいました」
包帯は巻かれていないし、傷跡も残ってはいない。
幽谷は頷いて、再び礼を言った。
蘇双は再び手を見下ろし、小さく漏らした。
「……良かった」
「私以上に、蘇双様がご安心なさっていますね」
そう言うと、蘇双の顔に朱が走る。さっと顔を逸らされてしまった。
「それは……だって、さ……」
幽谷を守れるから。
そう言おうとして言えないことを、幽谷は分かっている。彼はとても優しい人だから、いつも関羽のように心配してくれるのだ。
「ありがとうございます」
三度、謝辞を述べる。
途端、蘇双はより顔を真っ赤にして幽谷を睨んできた。
「……からかってるよね、幽谷」
「いいえ。そのようなことは」
くすりと笑って言うものだから、蘇双はますます不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「ボクが幽谷に勝てないからって……酷いんじゃない?」
「申し訳ありません。嬉しく思いましたので、つい」
「……ああ、もう」
今度は溜息をつかれてしまった。
「もう良いよ。それよりも、あの茸(きのこ)のこと、何か思い出せた?」
「はい。それでしたら、昨日の夜に。あれは、大昔に人間に弄(もてあそ)ばれた仙女の呪いがかかったと逸話のある、強力な毒薬に使われる茸です。茸だけの効力は人の精神を入れ換えるか、性別を転換させるか、どちらかだったと聞いております。ただ、これは一部地域の確証無い伝説上の物でしたから、こんなところに生え、張飛様が見つけられるなんて……」
思い出して、更に疑問は浮上している。
関羽に手伝ってもらいたかったのは、森の探索である。勿論、世平にも手伝ってもらうつもりだった。
あの茸は、見つかれば採取しておかねばなるまい。また、誰かが採ってしまうとも限らないのだ。幽谷は解明よりも、まずは被害者を減らすことをとった。
「蘇双様。関羽様はどちらにいらっしゃるかお分かりでしょうか」
「関羽? 関羽なら朝早くから劉備様のところに行ってるよ。世平叔父も一緒だった筈」
幽谷は僅かに肩を落とした。まさか、折悪く二人揃って出掛けているとは。
さすがに、一人で山を探すのは骨が折れる。動物達に手伝ってもらうにも、誤って口にしてしまう可能性もあるし……。
「どうかしたの?」
「いえ、今からあの茸が誰かの口に入らぬよう採取に向かおうかと。生えていないとも限りません故」
当初は関羽と世平に手伝いをお願いするつもりだったのだと付け加えると、そこで蘇双はぐっと眉根を寄せる。
「……あのさ、幽谷」
「はい」
「そこで、どうしてボクに頼らないの?」
「え? いえ、蘇双様は昨日のことがありますし……実物は見たくないでしょう。形を知らぬとは言え……」
「……ボク達、一応は恋人同士だよね」
「ええ、そうですが……それが何か?」
先程よりも不機嫌になった彼は、嘆息して幽谷の手を掴む。それから大股に歩き出すのだ。
「あの、蘇双様」
「形は知ってるの?」
「はい。ですが、」
「張飛と関定も手伝わせる。どうせ暇なんだし、張飛は元凶だしね」
被害者である蘇双に手伝わせることは憚(はばか)られたから、彼に頼むのを避けていたのだが……。
幽谷の腕を強く引っ張って関定と張飛を探す蘇双の背中を、彼女は複雑な心境で見つめた。嫌な記憶だったろうに、本当に、申し訳なく思う。
後で、何かお詫びをした方が良いだろうか――――。
「幽谷」
「はい」
「……もう少し、頼ってよ」
あまり頼られないと……男として自信が無くなる。
後ろから見た彼の頬は、薄く赤らんでいた。
幽谷は弛く瞬いて、はたと目を見開く。
「蘇双様……」
「早く行こう」
ぐんと速度を上げた幼い恋人に、幽谷はふと目元を和ませた。
そして、小さく謝罪するのである。
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性別転換の続きです。
夢主と蘇双では、微妙にすれ違ってます。彼女にとっては蘇双は恋人でも関羽の部下として守るべき人と認識がまだ強く残ってます。
多分これからも蘇双が非常に頑張ると思います。
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