07:失明
07:失明 (夏侯淵)
失態だった。
まさか夏侯淵を庇って、幽谷は目に敵がかけた毒を交えた砂が入ってしまうなんて、思わなかった。
体内に入れるなら平気なのだが、目に当たるのは初めてだ。
お陰で現在目が見えないし、目の付近が麻痺して不快な感じがする。
それで、何故か自分は曹操の屋敷にいるのだが。
治療は終わったし、猫族の陣屋に帰ったって良いと思う……が。
「……」
「あの、黙って側におられますと、こちらも非常に困るのですが……」
何故か自分は半ば無理矢理一室に収容され、夏侯淵に監視されているような状況にある。
幽谷は瞑目しながら苦笑し、彼に声をかけた。
しかし夏侯淵は何も言わない。
まあ、無理もない。彼を庇って幽谷は失明したのだから。
幽谷との力量の差に悔しがる彼が、この事態に気に病むのは当然のことだろう。
だがここで何か慰めを言ったとしても、夏侯淵が更に落ち込むことは目に見えている。
故に彼が気が済むまで好きにさせているのだが、さすがに無言でいられるのは困る。しかもこちらを見つめているみたいで、視線がチクチクと痛む。
幽谷は苦笑を浮かべた。
「取り敢えず、何か喋っていただけませんか?」
「……すまなかった」
「いや、そんな言葉を聞きたかった訳ではないのですが……」
それに、あれは幽谷も避けられたものだ。相手が毒を使って相手を錯乱すると聞いていなかった筈はないのに、油断をしてしまった。
これは夏侯淵の所為では決してない。
「夏侯淵殿……これは私の落ち度なのですから」
「だが、あの時オレが油断しなければお前がオレを庇うことも無かった」
それはそうだが、絶対的な人間は一人もいないのだから、失敗なんて当然あるに決まっているのだ。
幽谷だって、ああいう失敗もするに決まっている。
それを言ったところで夏侯淵の気が収まるとは思えないから、代わりに話を少しばかり逸らしておく。
「好きな方をを守りたいと思うのはいけないことですか?」
「い、いや……それは悪くはない、が……」
つと手を伸ばせば、そっと握られる。幽谷も握り返した。
「私はあなたの傍であなたと共に戦いたい。あなたが危険な時は私が一番にお守りして差し上げたい。それではいけない?」
「だがそれで幽谷が傷つくのは嫌なんだ。オレだってお前を守りたいんだ」
幽谷は笑った。
「ならば、私が怪我をしそうな時はあなたが守って下さい」
「……分かってる」
これで話が終われば良いのだが――――。
その時である。
扉の向こうで想像しい足音がしたかと思えば、突然扉が乱暴に開かれたのだ。
「ッ!!」
「幽谷っ!! 無事かーっ!?」
ああ、この声は関定か。
泣きそうな声音に幽谷は苦笑すると共に、それ程に心配してくれたことを嬉しく思った。
だが、夏侯淵の慌てたような声がしたのに少し驚く。
「貴様ら! 怪我人の前で騒ぐな!」
「あっ、ああ、悪い。幽谷が毒を浴びたって聞いてつい……」
「で、大丈夫なの?」
これは蘇双だ。
来たのは二人だけなのだろうか。目が見えないから分からない。
「目に毒を含んだ砂が入った所為で、今は一時的に目が見えない状態になっている。他に酷い外傷は無い」
「そう。それを聞いて安心したよ。幽谷。劉備様が心配しておられたよ。帰りたいなら、ボク達で運んで行くけど」
「だ、駄目だっ!」
声を荒げて蘇双の問いかけに答えたのは幽谷ではない。夏侯淵だ。
「……ボクは幽谷に訊いたんだけど」
「あ、はは……まあ、毒を浴びましたので、あまり身体を動かす訳には参りません。もう少しここでお世話になってから、そちらには戻ろうと思っています」
苦笑混じりに答えると、二人は溜息をついた。
「……幽谷。そいつの所為でそんな風になったんだから、気を遣わなくて良いと思うよ」
「いえ、あれは私自身の失態でしたから……」
それに、また筋違いの自責に苦しむ彼を放っておくのは如何なものかと思うのだ。
幽谷はゆるりとかぶりを振って断った。
蘇双は釈然としていないだろうが、幽谷の意思を尊重してくれるようだ。それ以上は食い下がることが無かった。
「それじゃあ、世平おじにはそう言っておくよ。だけど幽谷、見えるようになったら早く戻っておいで」
蘇双はそう言って、関定と共にさっさと出て行ってしまう。
それを音で確かめて、彼女は夏侯淵を呼んだ。
夏侯淵は即座に反応し、答えた。
「どうした? 目が痛むのか?」
「いえ、一つお願いがあって」
「何だ、オレに出来ることなら何でも言ってくれ」
即座に食らい付いた夏侯淵に、苦笑が浮かぶ。本当に、彼の所為ではないのに。
「見ての通り、私は今視界が閉ざされております。ですので、ここにいる時、夏侯淵殿の時間がある時にでよろしいので、私を助けてはいただけませんか?」
「分かった!」
またすぐに了承する夏侯淵。
幽谷はくすくすと笑い、「お願いします」と頭を下げた。
○●○
普通に仕事が手につかなそうな気がします。
というか、夏侯淵に対して夢主は妙にお姉さんな気が……。
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