05:猫耳
05:猫耳(趙雲VS張遼)
「せ、せせ、世平おじさん!!」
どたばたと慌ただしく駆け込んできたのは関羽である。
世平は酷く慌てた様子の彼女に驚き、怪訝に眉根を寄せた。
「どうした関羽? 何かあったのか?」
「幽谷が、幽谷の頭には、生え……生えて!」
上手く話せていない。
取り敢えず、関羽を落ち着かせた方が良さそうだ。
世平は関羽に近付き、背中を撫でた。
「落ち着け。ゆっくり話せ」
「ご、ごめんなさい……あまりにもびっくりして」
「で、幽谷どうしたんだ」
「それが――――」
関羽は寸陰押し黙り、躊躇うようにゆっくりと話し出す。
《それ》を聞いた世平は、絶句した。
‡‡‡
「幽谷……その耳は一体……?」
幽谷の姿を見るなり、趙雲は首を傾げた。
幽谷は気まずそうに手で耳を隠し、彼から距離を取る。それを見た関羽が苦笑した。
徐州下邱で暮らすようになってから早一ヶ月。今まで何も無く、どうしてこんな耳が生えたのか分からない。
こんな――――猫の耳が。
猫族でない幽谷に何故生えたのか至極不思議だ。
突然の出来事に、幽谷は嬉しいやら、反応に困るやら……自分でも思う以上に混乱している。
幽谷は耳を隠しつつ、嘆息を漏らした。
すると、趙雲はその手を剥がし、まじまじと見つめてくるのである。
さすがに、恥ずかしい。
身を捩って離れようとすると、彼は耳に触れた。
猫の耳というのは、思いの外敏感らしい。身体を震わせ、幽谷は堅く目を瞑る。
「ああ、すまない。気持ち良さそうだったから、つい」
「気持ち良さそうって……」
確かに、手触りは良い。だが関羽達に比べると、だいぶごわごわしている。
幽谷は自身の耳を触り、顔を歪めた。
「本来の耳は消えたのか?」
「はい。触ってみましたが、何も」
髪をめくって見せれば、そこには人間の耳は無かった。
聞こえる場所が違うから、それも不慣れで困っている。
「理由が分からないとなると、戻し方も分からないな」
「ええ。どうすれば良いのか……」
「――――おや、饕餮さん」
ぴくりとの幽谷肩が動く。
振り返ると、そこにはゆったりとした佇まいの青年が微笑んで立っていた。
「ち、張遼!」
関羽が彼の名を呼んだ。
張遼は呂布と共に小沛に滞在している。たまに、呂布の遣いでこの下邱に彼が来ることもあるが、つい最近来たばかりだったのだが……今日も呂布の遣いなのだろうか。
幽谷は咄嗟に手で耳を押し潰して隠す。結構、痛い。
張遼は幽谷の頭を見て、首を傾けた。
「どうして隠されるのです? とてもお似合いですよ。呂布様の思った通りです」
「……呂布の?」
幽谷は柳眉を顰めた。
「それは、つまり……私のこの耳は呂布の手によるもの、だと……」
「はい。先日お渡しした点心に、呂布様の煎じられた特別な薬を混入させておりました。今日辺り効果が出ると呂布様が仰せでしたので、様子を伺いに参りました」
……謎が解けた。
幽谷はぴきりと頭の中で何かにヒビが入ったような気がした。口角がひきつる。
そっと耳から手を離して暗器を隠す外套に手を伸ばそうとすると、張遼が幽谷の頭を見、不意に外套に伸びた彼女の手を引いて抱き寄せた。
「!」
「ああ、やはり。耳の毛が乱れてしまっています」
「な……っ!」
そっと撫でられ、ぞわりとした感覚が背筋を駆け抜ける。
咄嗟に張遼の肩を押して離れると、彼は少しばかり残念そうに微笑んだ。
「饕餮さん。呂布様がもし耳が生えていたならばお連れするようにと言われております。どうか、私と共に小沛へおいで下さいませ」
「遠慮しま――――」
拒絶の言葉は最後まで言えなかった。
背後から腰に手を回され、また引き寄せられたのだ。
「すまないが、幽谷は小沛には行けない。呂布にはそう伝えておいてくれ」
「……」
「それは困りました……呂布様には必ずお連れするようにと言われておりますので、ここで帰る訳には……」
「……」
何かもう……面倒になってきた。
幽谷は今、半眼になって趙雲に抱き締められている。
勿論、趙雲とは恋仲でも何でもないので非常に不本意な状況であった。
「申し訳ありませんが、趙雲殿。暑苦しいので離してもらえませんか」
素っ気なく言いつつ、腰を離さぬ彼の手をべりっと剥がす。それからさり気なく関羽の後ろに隠れた。
すると、張遼が幽谷を呼ぶ。
「饕餮さん。どうか、私と共においで下さい」
「下邱からわざわざ来てくれたところ悪いが、断る」
「それは私が答えるべきことだと思うのですが」
はあと吐息を漏らし、幽谷はこめかみを押さえる。
幽谷に代わって断り続ける食い下がる張遼に、関羽はこてんと首を傾けた。
張遼は幽谷のことになるとやけにしつこくなるような気がする。先日点心を渡しに来た時も、彼女と話をしたがっていた。朝方の訪問だったのだが、結局夕方までいた程だ。
「幽谷……もしかして張遼に好かれてる?」
「気味の悪いこと言わないで」
辟易したように、彼女は吐息混じりに言う。
趙雲のこともあってか、幽谷は好意を寄せてくる男性に一種の恐怖を抱いているようだ。趙雲が少し積極的すぎるのだ。
更に二人と距離をとろうとする幽谷に、関羽は苦笑を禁じ得なかった。
「幽谷……」
「……」
「……世平おじさんのところに行く?」
「是非」
即座に頷く。
……そんなに、嫌なのかしら。
わたしとしては幽谷がもっと人に好かれるととても嬉しいのだけれど……。
けれどこのまま悪い方向に転がって男性不信に陥ってしまわないだろうかと、そんなことを思ってしまった。
杞憂だとは思うのだけれど。
○●○
今回は趣向を変えてみました。
けどvs色はそんなに強くない……かな。
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