03:成長




03:成長 (劉備)



 青天白日。
 その日は大変心地好い気候だった。

 一人の青年が、猫族の村を歩いていた。
 豊かな銀の髪は長く衣服と共にゆらゆらと揺れ、金の瞳は和やかな色を映し出す。
 やんわりとしつつ、何処か儚げな美貌を備えた彼は、猫族の宝であり、象徴であった。

――――劉備。
 それが、彼の名である。


「関羽!」

「あら、劉備。どうしたの?」


 洗濯物を抱えて歩いていた妙齢の女性を劉備は呼び止めた。

 関羽は劉備に笑いかけ、足を止めた。


「はい、これ。関羽に」

「わたしに? ありがとう、とても綺麗ね」

「ああ。……でも、それでは持てないね。後で、花瓶に差してあげるよ」

「ごめんね、ありがとう。……あ、幽谷なら家にいるわよ。幽谷にも、お花を渡すんでしょう?」


 笑いながら言うと、劉備ははにかんで頷く。


「ありがとう。行ってくる」

「ええ」


 再び歩き出す彼を、関羽は微笑ましく思いながら、その背中を見送っていた。



‡‡‡




「幽谷!」


 飛び込むように家に入ると、寝台に座って暗器の手入れをしていたらしい幽谷は驚いて、すぐに相好を崩した。


「劉備様。如何なさいましたか」

「花を摘んできたんだ。ほら、幽谷の目の色と同じ花」


 目の前に差し出せば、幽谷は目元を和ませた。

 二輪共、以前――――幼い劉備が彼女に持ってきてくれた花と同じ種類の花だ。
 受け取って礼を言えば、劉備は嬉しそうに笑った。

 幽谷が暗器を片付けて、花瓶に花を指す。

 劉備は寝台に腰かけて戻ってきた幽谷を抱き寄せた。


「劉備様?」

「やっと、君を抱き締められた」


 幽谷の肩口にすり寄り、劉備は安堵したように笑う。
 長い時をかけてようやっと成長した。幽谷の華奢な身体をすっぽりと包めるくらいに。

 昔の自分が欲したもの。
 邪に囚われる心配も無く、今、この腕で幽谷を抱き締めている。
 それがたまらなく嬉しかった。

 幽谷は首を傾げながらも、彼の頭を撫でる。猫の耳がピクリと動いた。

 金眼が劉備の中から消えた後も、猫族の呪いは続いている。
 だが、これは決して悪いものではないと、劉備は思う。

 それもまた猫族としての歴史の一部なのだから、受け入れて当然なのだ。
 この呪いの所為で人々からは忌み嫌われる。でも趙雲のように可愛らしいと言ってくれる者もちゃんといるし、何より幽谷が好きでいてくれてるし、彼女に撫でられるととても心地良いのだ。

 金眼から受けた呪いだとしても、決して悪いことばかりではなかった。


「ねえ、幽谷」

「何でしょう」

「幽谷は、後悔していないのかい?」


 劉備が金眼の呪いに囚われ、非道な行いをしたことから、曹操は人里離れた場所に村を用意し、そこに猫族を住まわせた。

 互いに干渉せずに、ひっそりと暮らすことが出来る場所だった。
 劉備がしたことは、人間達に恐怖を植え付けた。徐州の民すら、もう受け入れてはくれないだろう。

 仲良くなった徐州の民に恐がられてしまうのは、正直非常に悲しくて寂しい。
 けどもこれは自分がしたことの代償だ。

 幽谷や趙雲も、自ら猫族と共にあることを選んでくれた。その上幽谷は、自分と共に生きたいとまで言ってくれたのだ。

 償いきれぬ大罪を犯した自分に、斯様(かよう)な僥倖(ぎょうこう)が許されるのだろうか。


「劉備様。私は自分の意思でここに、あなたのお傍にいます。私があなたから離れるのは、私かあなたが死ぬか、あなたが私を拒絶なされた時でしょう」


 劉備が幽谷を拒絶――――有り得ない。
 劉備は顔を離し、幽谷にそっと口付けた。


「……ありがとう、幽谷。僕と共に生きてくれて、本当にありがとう」


 先程までよりも強く抱き締めれば、幽谷の手が背中に下ろされ、優しく、優しく撫でられる。

 酷く安堵した。


「……ごめんね。僕は本当はこんな風に幸せばかりでいてはいけないと分かっているんだ。けど、幽谷が居てくれることが凄く嬉しい」

「劉備様、あなたの大罪は猫族皆で背負うと、関羽様達が仰られたではありませんか。あなた一人で気に病むことはありません。私達は、あなたのことが大好きなのですから」


 幽谷は額に己の額を当て、両手で頬を包み込む。自分は汚れていると言う彼女の手はとても温かかった。

 劉備は目を伏せる。


「……ありがとう」


 薄く笑う彼に、幽谷はその鼻先に口付ける。

 劉備が驚いて目を開けると、くすくすと楽しそうに笑うのだ。

 するとつられて劉備も口許を綻ばせる。


「幽谷」

「はい」

「愛してる」

「……私もですよ。だから、あなたの罪は、私も背負います。死ぬまで、ずっと」


 幽谷は劉備が優しく、そして脆いことをよく知っている。だからこそ愛したのだし、守りたいと思う。

 劉備には泣いて欲しくない。
 だから、自分はここにいるのだ。

 再び唇に重なる劉備のそれに目を閉じながら、幽谷は劉備の腕にそっと手を置いた。



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 劉備ルートエンディングから数年後です。色々変えたり捏造したりしてます。



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