01:目が覚めると
01:目が覚めると(夏侯惇)
固。
夏侯惇は女を瞠って、目の前ですやすやと眠る女を凝視した。頭はすでに混乱している。まともな思考が働かない。
いや、この女が自分の寝台に入っていたとて、そういう関係なのだから何ら不思議は無い。
だが問題は彼女の身形だ。
――――何故か、ハダカ。
如何せん記憶が無い。昨夜、戦勝の宴の途中から、寝るまでの経緯を全く覚えていない。
裸なのは彼女だけ。
自分は普段の服だ。夜着には着替えていない。
裸なのは、彼女だけ――――。
「〜〜〜〜っ!!」
彼女の胸元が視界に入りそうになり、彼は慌てて寝台から出た。が、何故か激しい頭痛に襲われる。
するとその気配に彼女が目を開ける。頭を抱えて呻く夏侯惇を見、緩く瞬いた。
「……夏侯惇殿? どうして、ここに?」
「それはこちらのせり――――待て起き上がるな!! ……つうぅっ!」
「は……ああ、そう言えば」
何かを思い出したように頷きながら、彼女――――幽谷は夜具を引き寄せ胸を隠し、上体を起こした。
「言っておくけれど、夏侯惇殿が私を連れ込んだのよ」
「な……」
「まあ、脱がしただけで寝落ちしてくれたのには正直苛立ったけれど。着替えさせていただいても?」
服、あなたの足元にあるのだけど。
夏侯惇の足元を指差して幽谷は苦笑する。
夏侯惇ははっと足元を見下ろし大慌てで部屋を出ていってしまった。
「……二日酔い、みたいね」
まあ、あんなに飲んでいたのだから無理もないだろうけれど。
くすくすと笑い、彼女は寝台から降りた。
‡‡‡
記憶が無いから、余計に混乱する。
自分は一体何をした?
というか宴で一体何が遭った。
ああ、分からない。
分からないから不安が増幅する。おまけに二日酔いで頭が非常に痛い。
今日は一日休むべきか……いや、将としてたかが二日酔い如きで責務を放棄するとは何たる愚行。何たる怠惰。
緩くかぶりを振って夏侯惇は頭の鈍痛に顔をしかめた。
「何が遭ったんだ一体……」
「飲み比べをしたのよ」
舌打ちして独白すれば、扉を開けて幽谷が答えながら現れる。少しばかり乱れた髪を戻しつつ扉を閉める。
「世平様が泥酔なされて、あなたに絡んだの。私はお酒を取りに行っていてその場にいなかったから、何故そうなったのか理由は分からないけれど」
「――――あ」
『お前みてぇな男じゃ、幽谷を幸せにゃ出来ねぇよ』
思い出した。
そうだった。猫族の張世平が、酔って夏侯惇に喧嘩を売ってきたのがきっかけだった。
所詮は酔っ払いの戯れ言だ。こちらも相手にしなければ良かったのだが、如何せん聞き流せない言葉があったから、夏侯惇も反応してしまったのだった。
誰かの提案で世平と飲み比べをすることになって――――ものの見事に酔い潰れてしまった。
それから介抱してくれたのだろう幽谷を中途半端に襲って、寝落ちしたと……。
情けない。
「……すまない」
「別に良いわ。でも、一体どうしてそんなことになったの?」
「それは、……い、言えん」
幽谷は首を傾げた。だが、それ以上は何も問わずに「なら良いわ」
「夏侯惇殿、あなたは今日一日休んでいた方が良いのでは?」
「たかが二日酔いで休めと? そんな間抜けなことが出来――――」
「わっ!!」
「――――ッ!!」
夏侯惇は頭を抱えて身体を折った。二日酔いのところに耳元で大声を出されれば、そうなる。
幽谷はそれ見たことかと腰に手を当てて吐息を漏らした。
「……鍛練場の騒音はさすがにキツいのでは?」
呆れた風情の彼女に、夏侯惇は何も返せない。口を噤んで唸る。
「ほら、あなたは休んでいて下さい。鍛練場のことでしたら、私と関羽様で何とかするから……」
夏侯惇の背中を押し、部屋に押し戻そうとした。
しかし、夏侯惇は幽谷の手を逆に掴んで、部屋に連れ込む。
それから強引に寝台に引き込んだ。
「え、あの……」
「黙っていろ」
腕を幽谷の腰に回し、しっかと抱き寄せる。抜け出ようとしても、この腕の強さでは難しかろう。ましてや彼は二日酔い。抵抗するのも憚られる。
……これは、私も一緒に寝なくてはならないのかしら?
彼には抱き枕が無ければならないのは、知ってはいる。たまに幽谷がその抱き枕代わりになっていることもある。
だが、それはそれで困る。
「あの、夏侯惇殿。私はこれから鍛練場に行かなくてはならなくて……」
「黙っていろと言っているだろう」
「んっ」
左の脇腹を撫でられる。
それにぴくりと幽谷は身体は震わせた。恐らくはわざとだ。
それから非難するように睨むのだが、夏侯惇はすでに眠る姿勢で、目を閉じている。
というか、私休めと言っただけで別に眠れとは言っていないのだけれど。
……まあ、戦で彼も疲弊していたのだから睡眠を取った方が身体にも良いのであろうが。
「……」
幽谷ははあと吐息を漏らし、夏侯惇に自ら寄り添う。胸板に頬を当てると、腕の力が強まったように思う。
後で関羽様にお伝えしなければいけないわ。
……いつ出られるか、分からないけれど。
この状況に辟易しつつも、いつしか健やかな寝息を立て始めた夏侯惇のかんばせを眺め、幽谷はふっと笑うのだった。
○●○
世平さんも二日酔いで自宅待機です。
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